デート…のようなもの Ⅰ
それからの毎日も、それまでの毎日と変わらなかった。
必死で古文書を分類し解読する絵里花。その解読したものを読み下し文になおし、研究の糸口を見つけ出そうと必死な史明。
無駄口なんて利く暇さえない。静寂が漂う収蔵庫の中で、古紙の擦れる音とお互いの息遣いだけが響く。
「うん?ここは……?」
時折、史明の方から沈黙が破られる。すると、決まって絵里花はビクッと体をすくませた。
恋い慕う史明から声をかけられてドキドキする……そんな甘い感覚ではない。
「読み間違えてないか?……意味が通らない」
史明に指摘されて、絵里花は焦って元文書を確認する。すると、史明の読みの通り、間違えていることが多かった。
どんなに些細な点でも見逃さない史明の眼力の鋭さ、解釈能力の高さ、そして厳格ともいえるその研究姿勢は、絵里花の想像も及ばないものだった。
「元文書が手元にあるからいいようなものだけど、よその史料館にある文書だとこう簡単にはいかない。だから、解読する人間は細心の注意を払ってくれないと困る」
そこには自分の研究を手伝ってくれているという感謝の念や遠慮などはなく、ただ研究者としての信念があるだけだった。
それでも、史明と二人で仕事をするようになってから、絵里花の古文書を扱う技術や解読する能力も飛躍的に向上することができた。
史明が優しかったら、ダメだったと思う。これまでの人生、その容姿のせいでチヤホヤされ、見せかけの優しさに慣れてしまっていた絵里花には、史明の辛辣で厳しい言葉の方が心に響いた。
そんなある日のこと、いつもにも増して、史明の史料を見る目が鋭くなった。
……というのは比喩で、絵里花にはビン底メガネの向こうの眼光は確かめられなかったが、明らかに〝何か〟を追い求め始めたのは、側にいてすぐに分かった。
「こっちにあるのは、まだ解読してない文書?」
「はい。楢崎氏関係の抽出してるものが右の箱で、それ以外のものは、左側のたくさんある方です」
「そうか……」
史明は確認すると、右の箱の文書を開いては、ものすごい勢いで読み始めた。走り読みでも、その内容が読み取れているのだろうか。
――あれなら、私がわざわざ解読なんてする必要もないのかも……。
話しかけることさえ許されないようなオーラを感じ取って、絵里花が息を潜めて様子を窺っていると、史明は3通ほどの古文書を絵里花のもとへと持ってきた。
「こっちの文書を、先に解読して」
絵里花は神妙な顔で、うなずいた。この緊迫した状況で、失敗は許されないと思った。
その間も、史明は抽出に漏れた大量の古文書の方も、一つひとつ開いて確認を始めた。
絵里花も3通の古文書を慎重に解読して、それらに共通することに気がついた。
「……磐牟礼城というお城……」
絵里花が思わずつぶやくと、史明は文書から目を離さずに相づちを打つ。
「君は、磐牟礼城って聞いたことあるか?」
「いえ……」
絵里花はとっさに首を横に振った。聞いたことがあるどころか、近世のお城がどこにあったかも怪しいのに、中世の小さな城のことなんて知っているはずもなかった。
「そうだろう?俺も聞いたこともない城の名前だよ」
それを聞いて、自分の無知を史明に知られずに済んで、絵里花はホッと胸をなでおろす。
しかし、興奮気味に史明が続けて言ったことを聞いて、息を呑んだ。
「『牟礼』って言うからには山の上にあった城なんだろうけど。もしかして、今まで存在を知られていない城かもしれない」
「……えっ!?」
絵里花の驚く顔を、史明も文書から目を上げて確かめる。
「ちゃんと確認したいから、階下の史料館の蔵書の中から楢崎氏の城に関する文献を見つけてきてくれないか」
「はい……!」
絵里花はすぐさま立ち上がり、収蔵庫を走り出た。
もし〝知られていない城〟だったならば、このこと自体も大騒ぎするほどの大発見になる。
エレベーターのボタンを押す絵里花の指も震えていた。それほど、興奮する史明の心と共鳴して、絵里花の心も逸っていた。