共同作業 Ⅰ
その日から、本来の業務である古文書の整理はそっちのけで、絵里花は史明の研究を手伝った。
まずは、史明が持ち込んだ古文書の残り、整理していない古文書を一つひとつ確認して、関連するものがないか探し出す。すると、一連の文書がかなりの数あることが判明した。
それから、それらの文書を解読し、すでに明らかになっている史実のどこに位置付けられるのか検証していく。その作業は、煩雑で根気のいるものだった。
「岩城さん。この文書のここ、虫喰いでちょっと読めないんですけど……楢崎氏に関係ありそう……ですか?」
「うん?……ちょっと見せて」
普段は無愛想だった史明も、研究のことになると普通に会話をしてくれるようになった。
「虫喰いがあって、破れそう……。気をつけてください……」
「うん…」
絵里花がそっと古文書を史明に渡すとき、二人の手がかすかに触れ合う。たったそれだけのことで、絵里花の心臓は跳ね上がり、密かに息が乱れた。
こんなにも近くにいて、こんなにも心は史明を想って張り裂けそうなのに、いっこうに史明は絵里花の気持ちには気づいてくれない。気づいてくれないどころか、史明の意識はどんどん研究にのめり込み、それに魅了されていくようだった。
「……これも、一連の楢崎氏のものだと思うけど……。そういえば、楢崎氏の史料集成に似た内容のものがあったような……。望月さん、史料集成の方を調べてみてくれる?」
「はい」
このときに限らず、絵里花は史明の要求にはどんなことでも、文句も言わず身を粉にするように動いて応えた。まるで、自分の叶わない片想いを昇華するかのように……。
そんな毎日を過ごしているうちに、絵里花は改めて史明の研究者としての能力の高さに気づかされる。
その能力に見合う居場所は、こんな地方の史料館などではないはずだ。
でも、史明が国立の古文書館へ行ってしまうと、もう二度とこんなふうに二人で一つの作業をすることもなくなる。
その現実に目を向けると、絵里花の胸がチクンと痛んだ。どうしようもなく切なくなって、いつしか涙がその目に浮かぶ。
絵里花は史料集成の膨大なページを、1ページずつ繰りながら、堪え切れなくなって目を閉じた。唇を引き結んで、その想いを涙とともにぐっと抑え込んだ。
今はただ、史明のために――。
どんなことでも、愛しい人の役に立ちたかった。