来訪者 Ⅰ
絵里花のこの恋を発展させるためには、どうしたらいいか……。
学生時代にはそれなりにモテて、何人かと付き合った経験のある絵里花にも、それは全く見当がつかなかった。
それで、毎日渾身の力でオンナを磨いているつもりなのだが、それがいっこうに史明には響かない。粗は探してくれるのに、オンナの部分は見てくれない。
そもそも、史明が歴史以外に心を奪われることなんてあるのだろうか……?
史明が恋をして、誰かを愛することあるなんて、絵里花には想像もできなかった。
史明には眼中に入れてももらえず、絵理花の想いばかりが募っていたある日のこと、普段は人気のない収蔵庫が、花が咲いたように明るくなった。
地元の大学で歴史を研究している女子大学生が、この歴史史料館の見学に来たのだ。
「それじゃ、岩城さん。ここは、お願いするよ?」
収蔵庫の案内は、いつもここに詰めている史明に託された。
普段、絵里花には無愛想極まりない史明が、大学生の女の子相手に、満足な案内なんてできるわけがない。
……と、訪ねて来た女の子の可愛らしい容姿をチラッと確認しながら、絵里花はそう思って、自分の胸騒ぎを宥めた。
しかし、実際はそうではなかった。
そこで遭遇したのは、かつてないほど饒舌な史明だった。
「この歴史史料館の収蔵庫には、この県内外の古くは鎌倉時代から江戸時代までの史料を収集して保管しています。どれも貴重な史料ばかりだから、収蔵庫は水害の心配のない上の階に設置されています。万が一火災が発生したときも、収蔵庫内には窒素ガスが充填されて、消火される仕組みが採用されてます」
滑らかに史明の口から流れ出てくる説明に、女子大生はさも感心したように、頷いた。
「へぇ~、そうなんですかぁ。でも、それじゃ、もし火災が起きたら、ここにいる人はどうなるんですか?」
「ま、普段ここは人がいるところじゃありませんから」
「…え、でも。あの人は……?」
と、収蔵庫の端にいる絵里花の存在が気になった女子大生は、史明に尋ねる。
「ああ、焼け死にはしませんが、窒息死する予定です」
この史明の物言いを、女子大生は冗談だと思ったらしく、楽しげな笑い声をあげる。でも、史明が冗談を言うような人間ではないことを、絵里花は誰よりも知っていた。
――コイツ……!私が、死んでもいいんだ?!
自分を話のネタにして笑っていることが、ピクリと絵里花の癪に触ってしまう。
「そもそも、あの人はこんな収蔵庫の中で何をしているんですか?」
「あれは、収集された古文書を読んで表題を付けて、目録を作って整理する作業をしています」
――私のことを、『アレ』だとう…?!
絵里花は虫喰いだらけの折紙(古文書の一形態)をそっと開きながら、その背中に不穏な空気を漂わせた。
「わぁ!古文書ですか。私もやってみていいですか?」
清楚で可愛らしい見た目によらず、案外積極的みたいだ。
「いや、あんな虫の糞だらけの古文書なんて、触らない方がいいですよ」
――私は毎日、その虫の糞と格闘してるんですけど…!?
絵里花はこれが仕事なのだから当然なことだと分かっているのに、史明がやたらと女子大生に気さくで親切なことが癪に触った。
「さらに上の階には、仏像や武具なども収蔵してますが、見てみますか?」
「ええ?!いいんですか?是非!!」
そんな会話をしながら、二人は楽しそうに連れだって姿を消した。