デート…のようなもの Ⅱ
絵里花は史料館の蔵書だけでなく、県立図書館に所蔵されている学術雑誌の類までかき集めて来て、史明と一緒なって『磐牟礼城』に関する記述を探した。
いろいろ手を尽くして探しても、『磐牟礼城』に関する記述は見つからない。けれども、史明と絵里花の手元にある古文書には、しっかりと『磐牟礼城』と書かれた文字がある。
「これは……、本当に今まで存在を知られてなかった城……?」
その日の就業時間も過ぎた頃、方々調べ尽くした絵里花がつぶやいた。すると、それを肯定するかのように、史明は視線を合わせた。
「でも、文書に書いてあるだけじゃ、ただの〝まぼろし〟なんだよ。実際、どこにあったのか比定できないと、研究として意味はなさない」
その可能性を見出した時には、あれだけ興奮気味だった史明が、極めて冷静な声でその現実を絵里花に示した。
絵里花も、すっかり高揚してしまっていた気持ちを消沈させる。
しかしその時、絵里花の頭に、ある一つの映像と共に一つの可能性がかすめた。
「そういえば……、先ほど確認した明治時代の古地図」
それは、公文書館から借りてきていた明治期の地図のコピー。絵里花は作業台の上にもう一度、それを広げてみる。
「この地図のここが今回、一連の史料が発見された家のあった場所ですよね?」
「うん」
史明も立って作業台の側に寄って、絵里花の指先を見つめる。
「この村からちょっと離れた所に、『城山』ってあった気がしたんですけど……」
と言いながら、絵里花がその記載がある場所を探すと、史明も地図の上に目を走らせた。
「……あっ!ここ!!」
絵里花がその文字を見つけて、指で指し示すと同時に、史明もそこを指さしていた。
二人の指先が、一瞬触れ合った。
「……!!」
絵里花の全神経が指先に集中して、息が止まった。心臓が跳ね上がって、視線は宙を舞い、自分が今なにをしていたのか分からなくなる。
けれども、史明の意識の中にはもうすでに絵里花は存在していなかった。絵里花に触れた指先はボサボサの髪の中に隠れ、史明は頭を掻きながら考え込んだ。
そして、山積みになっている書籍の中から、雑誌を一冊取り出してページを開くと、そこに示された地図の上を指先はたどった。
「これは、俺の知る限りこの地方の古城や城跡に関する一番詳しい報告だけど、これにもその場所には城の存在は確認できてないな……」
史明は絵里花に話しかけるというより、まるで独り言のようにつぶやいた。
これはもしかすると、絵里花が見つけた「城山」と書かれて場所に、〝磐牟礼城〟はあったのかもしれない。
史明の興奮が伝染して、絵里花の胸がまたドキドキし始める。
もちろん、史明と心を一つにできることは嬉しい。でもそれ以上に、新たなことが少しずつ明らかになっていくこのワクワク感は、絵里花が経験したことのないものだった。
「俺、明日は仕事を休むことにする」
絵里花の帰り際に、史明はそう言った。
「えっ!?」
まさに今から新しい事柄を明らかにしていこうとしているのに、どうして休んだりするのだろう?そう思ってしまった絵里花の疑問はもっともだった。
「明日は仕事休んで、フィールドワークだ。この場所に行って、実際はどうなのか調べて来る」
「あ、そうなんですね……」
絵里花は、納得して頷いた。だけど、明日、史明はここには来ない。
明日は、この閉塞された空間の中、独りぼっちで作業をしなければならない。しかもその後は週末になるので、次に史明と会えるのは週明けということになる。