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美女とマニアック Ⅰ




総合文化センターの朝、廊下にはヒールの音が高らかに鳴り響く。

出勤して来たばかりの職員たちの視線を一身に浴びて、颯爽とスーパーモデルのように歩いて行くのは、望月絵里花、27歳。



「おはようございます!」



明るく張りのある声が響き渡る。

今日も、こなれた感じのファッションに完璧なプロポーションを包み込み、美人を際立たせるメイクで可憐な笑顔を振りまく。



絵里花は、このセンター内の「歴史史料館」に勤めている嘱託の職員。史料館専用の入り口もあるのだが、同じ建物内にある図書館や公文書館の間を縫うように通って出勤するのが、絵里花の日課だった。


そこで働く職員たちは男性のみならず女性も、絵に描いたように美しい絵里花の姿を見て息を呑む。そんな羨望の眼差しを、一身に浴びているのを確認して、



――よし……!



絵里花は今日も密かにガッツポーズをして、気合を入れた。



それから、絵里花の足は「歴史史料館」へ。ここでの絵里花の仕事は、ここで他の研究員同様に研究に勤しんでいるわけではない。史料館の研究室から史料館専用のエレベーターに乗って、寒々しく寂しい上階へ向かう。


そして、重い扉を開いて、収蔵庫の中へと足を踏み入れる。整然と棚の並ぶその中は、窓もない閉ざされた世界。


その一角の照明に照らされた場所に、置かれた大きなテーブル。そこが絵里花の仕事場だ。

テーブルの側には、コンテナに入れられ積み重なる膨大な古文書たち。



「ハァーー……」



絵里花はひとつ大きな息をついた。

このコたちを毎日コツコツと解読して、表題を付け目録を作っていくのが、目下、絵里花に任されている仕事だった。



いくら絵里花が自分を磨いてお洒落をして、みんなが振り返ってくれるような完璧な美人になっても、ここでは誰も見てくれる人はいない。


ただ一人を除いては……。



「えらく大きなため息だな……」



その時、棚の間からフラリと人影が現れた。それと共に、そこはかとなく()えたような臭いが辺りに漂う。



「もう月曜の朝か?」



その男は、無精ヒゲの顔で眠たそうにあくびをしながら、絵里花にそう尋ねた。



「今日は火曜日です。この週末の三連休、またここに泊まり込んだんですか?」



絵里花は鼻で息ができないので、苦しそうに顔をしかめながら、逆に問いかけた。


この無精ヒゲの男、岩城史明は、この史料館の研究員の一人で、この地域の中世史を専門に研究をしている。


史明は、ありえないほどマニアックで、歴史のことしか考えていないような人間。

自分の身なりはおろか、生活のことにも頓着なく、研究の〝ツボ〟に入ってしまうと、風呂や歯磨き、食べることさえも忘れてしまう。


伸びっぱなしのボサボサの髪に、何日も拭かれていない曇ったビン底眼鏡。どこからどう見ても、ダサく冴えないうえに怪しい男。


要するに、自分の体の細部まで気を抜かない絵里花とは、正反対の人種と言っていいだろう。



……だけど、この男に絵里花は恋をしていた。



毎日気合を入れて自分を磨いて出勤してくるのも、歴史のことにしか興味を示さないこの男に、少しは自分のことを意識してもらいたいからに他ならなかった。



「さあて、今日も始めるか……」



史明のその言葉も、絵里花にかけられているものではない。

史明にとって絵里花は空気みたいなもので、絵里花が巷でどんなに完璧な美人だと噂されていて、その美人と二人きりになれていることなんて、頓着することもない。


でも、それもいつものこと。

史明の目に留まりたいがためにお洒落をしているにもかかわらず、史明のそんな見た目にこだわらないところも、絵里花は好きだった。





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