困惑する二人の男女 in 放課後の二年A組
「……誰!?」
「いやお前が誰だよ!」
反射的にツッコんでしまったが、俺は今、とても困惑している。
俺はここ二ヶ月間ずっと感じ続けている喪失感に、飽きもせず未だ襲われながら、机の上に放り出したまま忘れてしまった体操服を取りに来た。
それだけだった。しかし、そこで俺を待ち構えていたのはーー
ーーとてつもない変態だった……!
「変態じゃないわよ失礼ね!」
「人の体操服握りしめたまま言われても説得力ないんだけど!? ていうか俺まだなにも言ってないし!」
「いや、あんたの目がそう言ってる! 『やーい、お前の名前は明日から"変態子"だー』って言ってる!」
「俺そんないじめっこの小学生みたいな目してねえよ!」
駄目だ、向こうも向こうでかなり混乱しているようで、全然まともな話もできない。
……ていうか、本当にこいつ、誰なんだ? この学校はそれなりに大きくて同学年でも知らない奴ばかりだか、さすがにクラスメートの顔と名前くらいは覚えてる。ってことは、こいつはよそのクラスの人間ってことだ。
じゃあ、何故ここに? まさか、わざわざ俺なんかの体操服を盗みにきたりしたわけじゃないだろう。
「で? お前は誰で、なんでここにいて、どうして俺の体操服を持っているんだ?」
「それはこっちが聞きたいわよ、まったく……。ていうか、これはあんたのじゃなくて、神楽坂くんのでしょ?」
んん? 誰だ、神楽坂くんて。そこは間違いなく俺の机で、それは間違いなく俺の体操服だ。それは事実だ。
ていうか、ただでさえ目の前に知らない女子がいるのに、そいつの口から知らない男子の名前が出てくることで、俺の脳は更に混乱する。しかも、この目の前の女子生徒は、俺の体操服をその男子生徒の体操服であると言い出す始末だ。まったく持って訳が分からない。
「じゃあ、仮にそれが神なんとかくんの物だったとして、なんでお前が持ってんだよ」
「……!そ、それは……、か、確認よ、確認!」
「確認って……服屋の娘ってわけでもないだろうに、どうしようってんだよ。ていうかそもそも、なにを確認するんだよ」
「それはさっき自分でもツッコんだし、他人から言われるとなんかむかつくからやめてくれない?」
「潔いくらい理不尽だな……」
顔を真っ赤にして明らかに動揺する彼女だったが、どうやら大変残念なことに思考回路が俺と似たような構造だったらしく、『ツッコミの内容が自分でしたものと同じだった』という、至極理不尽な理由で俺に対して辛辣な言葉を投げ掛けてきた。
「いや、いいや。初対面の女子相手に腹を立てても仕方ない。とりあえず、先ずは誤解を解くか。おい、変態子」
「変態子呼ぶな!」
「その体操服の胸の刺繍を見てみろ」
「え……? 刺繍……?」
彼女は恐る恐るといった風にして、手に持った俺の体操服の胸の辺りを確認する。そこには、黒い文字ではっきりと『浦澤』と刺繍されていた。
それを見た彼女は驚きで目を大きく見開きそしてーー
「!! うひゃあ!」
ーー奇妙な声をあげながら床に叩きつけやがった。
これにはさすがの俺も、ちょっと傷ついた。
「…………」
「あ、ご、ごめん、つい反射的に、その……い、今拾うから!」
やめてくれ。さっきまでの態度が一変、心底申し訳なさそうに誤りながら体操服を拾う姿を見て、余計にいたたまれない気持ちになった。
「でも、なんでB組じゃないあんたの体操服が、神楽坂くんの机に乗ってるわけ……? はっ、もしかしてあんた、まさかそういう……?」
「いや特殊すぎるだろ。それにお前にだけはそんな目で見られたくない」
こいつ、あろうことか俺を変態を見るような目で見てきやがった。
男子の机に自分の使った体操服を置く趣味なんてねえよ。
ていうかそんなことよりこいつ、今おかしなこと言わなかったか……?
「はぁ……ていうか大体、なんでこの教室にB 組の私物が置かれてると思ったんだよ?」
「……?何言ってるの、B 組の教室に、B 組の物が置いてあるのは普通でしょ?」
「…………あー」
「な、何よ……」
そうか。そういうことか。だったら今までのこの、あまりにも噛み合わなかった会話にも合点がいく。
なるほどな。つまりこいつはーー
「ここ、A組だぞ」
「!!?」
ーー要するに、ただの馬鹿だったってことだ。