アレクサンダー (山田桜) の放課後異能散策 ~覗き魔の少年と、聞こえてきた喧騒~
部活棟の方に行くと、そこには一人の男子生徒が、ある部室の中を、窓から覗いていました。
「…………」
その少年は、何も言わず、ただじっと、その中の光景を目に焼き付けているようでした。……『もしもここに自分が入れたら』というようなことを考えているようにも見えます。
それは、"あの人"を想う私の目と、少し似ているような気がして、気になった私は珍しく、この、初めて見る男子生徒に、声をかけてみることにしました。
「おい、貴様。ここで何をしている」
…………しまった。
つい、アレクサンダーモードで話しかけてしまった。やばい、絶対引かれる……。しかも、なんか映画とかで割りと序盤で殺されちゃう警備員みたいな言い方になっちゃったし……。ああもうどうしよう、なんで話しかけちゃたんだろう、スルーすれば良かった、もうやだ帰りたい……。
「!! うわあ、すいませんすいません、ちょっと中の様子が気になってただけで、決して怪しい者じゃーーあれ? ……君、だれ?」
彼は焦った様子でこちらを振り向きながら弁明していたが、声の主が私であるということを確認すると、逆に質問を浴びせてきた。
対する私は内心悶々としながらも、もう後には引けないのでせめて格好だけでも毅然に振る舞おうと、仁王立ちで腕を組みながら彼を見つめている。
私が人見知りでもなくツッコミ気質に溢れた人間なら、ここで盛大に「いやお前が誰だよ!」とか返していたのだろうが、初対面の男子にそんなことを言う度胸もないし、そもそもまさかのアレクサンダー発動でテンパってしまっており、それどころではなかったのです。
「私が誰かなんて、そんなことはどうでもいい。お前はそこで、一体何をしているんだと聞いている。質問に答えろ」
…………またやっちゃいました。
ここまで来ると、もうこの人にはこれで押し通すしかありません。せめて、もう二度と会わないことを祈るだけです。
「ご、ごめん。先に質問されてたのは、僕の方だったよね。……でも、なんていうか、その……すごい、アレな喋り方だね……」
「う、うるさい! いいからさっさと答えろ!」
"アレ"ってなんでしょう。すごい気になります。でも、絶対良い意味ではなさそうなので、あえてそこには触れないでおきましょう。
「ふ、ふん! 答える気がないのなら仕方がない、もう私は帰るとしよーー」
「ま、待って! ……話すよ、僕がここで、何をしていたのか」
「っ……! そ、そうか。いやでも、無理しなくてもいいんだぞ。話したくないなら、話したくないで」
「いや、話すよ。……誰かに、聞いてほしいんだ」
「…………よ、よかろう。では話せ」
もう一刻も早くこの場を離れたくて、強引に立ち去ろうとしたのだが、なぜかもう良いと言っても食い下がる彼の視線に負け、話を聞く流れになってしまいました。
「僕は、この人達ーー『斬新部』のみなさんに、憧れているんだ」
そう語る彼の目は輝いているようにも見えましたが、表情はそれとは対局に、暗く、重いものでした。
「彼らは、僕なんかとは違って、特別で。現実では到底あり得ないようなことも、当たり前のようにやってのける、特殊な人達なんだ」
「……そう、すごいんだな、その斬新部というやつらは」
今度、"あの人"のことについて何か知らないか、聞いてみてもいいかもしれない。
「うん。本当に、すごいんだよ。……だから僕はこうやって、毎日ここに来て、中を覗いているんだ」
「……それは、単なる覗きなのでは……あ、いえ、覗きではないのか? それほど憧れているのであれば、直接会いに行けばいいだろうに」
あぶないあぶない、危うく素が出てしまうところでした……。
この状況になってしまうとむしろ、アレクサンダーモードでしか話せません。山田桜は、この人の前では封印です。
「僕が、会いに……? 無理だよ、そんなの」
「……? 何故だ? そこに、いるんだろう? その、お前の憧れである、『斬新部』とやらは」
「いるけど、無理なんだよ。こんな僕が出て行ったりなんかしても、彼らは多分相手にしてくれない。僕と彼らは、生きる世界が違うんだよ」
「……何故、そう決めつける? 相手にしてもらえないだなんて、生きる世界が違うだなんて、どうしてそう言い切れる?」
私の声は、次第に大きくなっていきます。
しかしそれは、仕方がないことでしょう。
だって、彼の言葉はまるで、私が今やっていることをーーこれまでずっと続けてきたことを、想いを、否定するようなことだったのですから。
「何故出ていかない。目の前にいるのに。手を伸ばせば、その気になれば、いつだって届くところに、あなたの『憧れ』はいるのに!……なんで……!」
ほぼ素を出して、声を荒げる私に彼は驚いた様子を見せるが、その口から吐き出される言葉は、容赦なく私の心を抉る。
「なんでって言われても……無理なものは、無理なんだよ」
「無理じゃない!!」
もう、彼の言葉が聞くに耐えなくて、とうとう私は、大声を出してしまいました。
「え……?」
「無理なんかじゃない……! 相手にしてくれないだとか、そんなこと、ありませんよ……! 彼らもきっと、あなたを受け入れてくれるはずなんです!」
「ど、どうしたの……? ご、ごめん! 僕、なんか悪いこと言っちゃったかな……」
泣きそうな声で叫ぶ私に、彼はとても申し訳なさそうにして、謝ってくる。
それでも私は、もう、止められなかった。
溢れてくる感情を押さえ込むことが、できなかった。
「だって、あなたは、いるじゃないですか! 今! 自分のすぐ側に! 顔も、名前も、どこにいるかも、分かってるじゃないですか! なのに、どうしてそんな風に……」
「…………ごめん」
「諦めないで、くださいよ……。頼みますから、私の前で、そんなこと言わないでください……そんな風に、『平凡な自分』と『特別な人間』を比較して、住む世界が違うだなんて、決め付けないでください……」
「分かった……悪かったよ、本当に、ごめん」
「……いえ」
そうして、涙が零れ落ちそうになってしまっている目を手で拭いながら、ボソッと、彼に向けて呟く。
「……贅沢ですね、あなたは……」
「……えっ……?」
「……なんでもありません」
そして、最後に私は一言、彼に質問を投げ掛ける。
「あなたは、本当に、これで満足なんですか?」
「え……? 満足って……そんなの……」
「してるわけ、ありませんよね。……それが分かれば十分です。あなたは確かに、他の人達とは少し違う」
「他の……人達……?」
「はい。モブとして生きることになんの違和感も感じない、憐れで滑稽な人達です。……まあもっとも、主役にもモブにも成りきれていないような私たちのような人間は、多くはありませんが」
「…………」
「それではまた。あなたとは、いずれどこかで会うかもしれませんね。……さらばだ」
ここまでずっと素で喋ってしまっていましたが、最後だけは、アレクサンダーで締めた。
そうして、もうこれで話しはお仕舞いだと言うように背を向けて歩き出した私に、彼は言葉を掛けてきた。
「待って!」
「……なんだ?」
「あなたは、誰なんですか? ……斬新部の新メンバー……とかじゃ、ないですよね」
振り返る私に、彼は一番最初に聞いてきたことを、もう一度聞いてきた。
なので今度は、ちゃんと名乗ってあげることにします。
「私は、炎と光と闇と時を司る戦士、アレクサンダーだ!」
「…………!」
もう、ヤケになっていたんだと思います。
目を見開き黙り込む彼に、どう思われているのかを察した私は、そそくさとその場を去りました。
こうして、貧弱そうな彼と私の、出会いとも呼べないような遭遇は、一旦終わりを迎えたのでした。
また翌日、再び遭遇することなど、予期せぬままに。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
そうして私は、今日も何も得ることは出来ず、教室に置いてある荷物を持って帰ろうと、二年生の廊下へと向かって歩いていました。
その道中に浮かぶのはやはり、先程会った貧弱そうな男子の言葉。
『多分、相手になんかしてくれない』
『彼らとは、生きる世界が違うんだよ』
『無理なものは、無理なんだよ』
それは、ずっと頭のどこかにはあって、しかし考えないようにしていた想いの数々。
もしも"あの人"に出会えたとして、私は受け入れられるのか? 覚えてもらっているのか? 仮に覚えてもらっていて、受け入れられたとして、そこから私はどうする?
まさか、助けてくれたお礼にと、部屋に上がり込んで、バレないように織物を織り続けるとでもいうのだろうか。
そう考えると、とても虚しい気持ちになってくる。
でも、あの男子に腹を立てるようなことはありません。
私はきっと、憧れのあの人が見えないから、どこにいるかも、どんな人かもわからないからこそ、いつまでも理想に縋って、探し続けることが、できているだけだから。
あの男子のように、目の前にもし"あの人"がいたならば、私はきっと、彼と同じで、何も出来ずに、見ていることしかできないから。
だから、もしもまた会うことがあったなら、彼には声を荒げて詰め寄ったことを謝らなければいけないな、と考えていた、その時ーー
もうみんな部活に行くか下校をしていて、誰もいないはずの二年生の廊下から、なにやら喧騒が聞こえてます。
距離からして、A組の教室でしょうか。
「……誰でしょう、こんな時間に。……まさか、あの人が戦っているとかじゃあーー」
もしそうだった場合、私は完全にただのお荷物で邪魔者なので、行かないほうが良いのですが、期待に胸が膨らみ、そんなことは考えていられませんでした。
まあ、結果的には、要らぬ配慮だったのですが。
A組のドアの横に張り付き、中の様子を伺うと、そこにいたのはーー
「変態じゃないわよ失礼ね!」
ーーなにやら意味不明な会話をする、至って普通そうな、二人の男女でした。
「……変態って……一体、何の話しをしているんですか……」
どうやら今日の放課後異能散策は、またもやどうでもいい遭遇をしてしまったようです。