「依存」 私の心に映るのは、いつまでも消えることのない陽炎のようなヒーローの姿
私の放課後はいつも、学校内の散策から始まる。
「さて、では今日も行くとするか。ーー我が恩人を探しに」
呟き、歩き出す。
そして私は「山田桜」という平凡な少女の仮面を脱ぎ捨て、炎と光と闇と時を司る戦士『アレクサンダー』として、かつて我が身を救った恩人の影を探し求めるのである。
来るべき、世界の存亡を懸けた決戦に備えて。
神より与えられた大きすぎる能力の代償として課せられた、血塗られた運命を打ち破るためにーー
……と、いう脳内設定を繰り広げつつ。
今日も今日とてちょこまかとあてもなく校内を練り歩くため、私は誰もいなくなった教室から、人気のない廊下に足を踏み出すのでした。
「まあいつも、何の収穫も得られないんだけどね……」
とにかく壮大なだけの、我ながら恥ずかしすぎるこの設定というのもしかし、まるっきりのフィクションというわけでもなく。
私が放課後、毎日欠かさず校内を散策するのは、どうにかして自分を助けてくれた命の恩人を探すためであるというのは、紛れもない事実であり。
それは、設定でも妄想でもありません。
「でも、今日こそは、会えるといいなーー『あの人』に」
そんな、叶わないであろう願いを口にしながら、一人、放課後の校内へと繰り出すのでした。
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私は中学生のとき、ある一人の英雄に命を救われました。
その英雄は、紅蓮の炎を身に纏い、私のピンチにどこからともなく颯爽と現れ、敵を倒してしまいました。
そんな彼に、私は憧れました。
そして、彼のように、彼らのようになりたいと思うようになりました。
元々ファンタジーなお話が好きだったということもあり、この世にはこんなにも恐ろしい怪物がいることや、そんな怪物達から世界を守っている戦士がいることを知り、もしかしたら自分にも、なにかしらの能力が備わっているのではないか、と考えるようになりました。
そしてその日から、私はアレクサンダーと名乗り、アニメの主人公にでもなったような気分で、自分の妄想の中に浸っていきました。
しかし、現実はそう都合の良いものではなく。
自分には、そんな能力などないことは、すぐに思い知らされることとなりました。
しかも、あの時のことを誰に話しても信じてもらえることはなく、私は友達から"ホラ吹き"のレッテルを貼られ、中二病だなんだと馬鹿にされ、嘲笑に晒され続けました。
その上とても不思議なことに、その事件がテレビで報道されることも、彼らの情報を集めようと、彼に助けられた場所の付近に聞き込みをしても、彼らや怪物の目撃者どころか、その事件のことを知っていた人さえ、見つけることが出来ませんでした。
悔しさがこみ上げましたが、私はあるとき、ふと、思いました。
『あれは全部、夢だったのではないだろうか』
そう思うとなんだか心が軽くなったような気がしました。
そしてもう自分のことを、アレクサンダーとは名乗らなくなりました。
しかし授業を受けていても、友達と話していても、どこかへ遊びに出掛けてもーーいつも頭の片隅には、今もどこかで怪物と戦っているかもしれない彼らの姿があり、何事にも身が入りませんでした。
そうして時は流れ、気がつけば中学を卒業して、私はどこか浮わついた気持ちのままで、天布令高校に入学しました。
思えば、それが私の転機だったのでしょう。
「山田桜です。好きなことは本や映画やアニメを見ることで、嫌いなことは勉強です。特技は射的で、夢はーー」
そこで少し間が空いてしまい、クラスのみんなの視線が集まる。
私は無意識に「ヒーローになることです」と言おうとしてしまっていた口を一旦閉じて、また開く。そして、淡々とした口調で、続きの言葉を吐きました。
その声は、とても冷たかったと思います。
「ーー特にありません」
新入生としての、クラスでの自己紹介を終え、席に着く。
そして、深いため息を吐と共に、誰にも聞こえない声で、呟く。
「どうせここにも、つまらない日常ばかりが溢れてるんだろうなあ」
そうして、居眠りをするかのように、腕を枕にし、そこに顔を埋める。
目を閉じると、瞼に映るのは彼の自信に溢れた横顔。
離れていても感じた、私を襲った怪物を灼きつくした炎の温度は、まるでつい先刻に感じたものであるかのように、鮮明に身体に残っている。
『間違いない。夢なんかじゃない、あれは、絶対に現実だ』
現実の方が虚構のような現実逃避を終え、ずっと心の中にあった確信を、頭の中で反芻した、その時。
「ねえ、なんかちょっと熱くない?」
「あ、確かにー。いきなりちょっと温度上がったかも」
微かに、近くで『炎』がメラっと燃え上がったような気がした。
それは、懐かしい感覚。
もう二度と体感することはないと思っていた、灼けるように熱く、しかし暖かな、全てを包み込んでしまうような、熱の塊。
私はバッと、勢いよく顔を上げた。
クラスのみんなや先生が不思議そうに私を見てくるが、そんなものは関係ない。
私は慌てて、きょろきょろと辺りを見回したが、炎も、彼の姿も、見ることはできなかった。
しかし私はそれを、『気のせいだったのかもしれない』とは思わなかった。
もう、私がヒーローになることはできないからと言って、彼らの存在をなかったことになんて、するようなことはしない。
今はもう姿は見えないけれど、彼はきっとさっきまでこのクラスにいたのだ。
そして、どこかへ行った。
つまりーー
彼は、この学校の生徒かもしれない。少なくとも、彼への手掛かりはきっと、この学校にあるはずー!
「ククク……なるほどな、面白くなってきたじゃあないか」
また、彼に会えるかもしれない。
私は彼らとは違う、至って普通の人間でなんの能力もない、ただの凡人で、端役みたいなものだけど。
会って、どうするかなんて、分からないけれど。
『また彼に合えるかもしれない』ーーその事実が、私の心を熱く駆り立てました。
「山田桜……? 誰だ、そいつは。私は炎と光と、闇と、えー、あと……と、時! を、操る戦士! アレクサンダーだ!」
そう叫びながら立ち上がると、もともと私に集まっていたみんなの視線が、突き刺さる。
とても恥ずかしくなって、私は教室を飛び出してしまいました。
なにはともあれ、その日から。
私の黒歴史のような高校生活と、彼の姿と情報を求めての、毎日の放課後校内散策が始まったのです。
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この放課後の校内散策を続けて、一年が過ぎました。
しかし、未だ「あの人」には出会えず、なんの情報も得られていません。
折れそうになってしまっている心をなんとか保ち、今日も私は、彼の幻影を追い求めます。
「じゃあ今日は、部活棟の方から当たってみようかな」
そうして、歩く。
その先に待つ、全く追い求めてもいなかった、出会いとも呼べない偶然の遭遇が待っていることも知らずに。
メインである五人の、最後の一人です。
彼女はこの「出会いの日」の様子も、過去や心情なんかも、前までに出たきた四人とは若干違っています。
彼女がモブとして生きる世界、物語は他の四人と比べてファンタジーな要素が強いですが、彼女自身はなんの能力にも目覚めていないようです。
この『モブカタリ』は、非日常も異能力もファンタジーもある世界観であり、いずれそういった要素が深く絡んでくる事件や、不思議な能力を持ったキャラクター達もたくさん出てくるので、楽しんでいただけると嬉しいです!