ワクドナルドで交わした会話と、結んだ約束
「ねえ、武人くん。ポテトとちょっとあげるよ」
「お、センキュ」
蓮が差し出してきた袋からポテトを二、三本つまんで、口に運ぶ。外はカリっと、中はホクっとしたワックのポテトはやはり最高だ。
ここへ来る途中、お互い軽く自己紹介のようなものを済ませ、その時にタメであることがわかり、敬語を使わなくていいと伝えたのである。
「でもよー、お前、全然食わねえな。実はあんま腹減ってなかったのか?」
「ううん、そんなことないよ。お腹は減ってたけど、僕じゃここのポテトは全部食べきれないから」
「へえ……」
この大手ハンバーガーチェーン、ワックが学生から多くの支持を受けるのは、安いというのはもちろん、その値段に対しての圧倒的なボリュームである。
ので、こいつが全部食べきれないというのには納得するが、じゃあなぜわざわざ一番大きいサイズにしたんだっていうと…ま、最初っから俺に少し分ける気だったんだろうな。
あいつは先程の校舎裏での発言を、相当気にしているみたいだ。ここまで来る間も、そのことをずっと謝ってきていた。
確かにあのときはカチンとなって、胸ぐらを掴んで大声で怒鳴っちまったが、もう俺はそんなこと気にしてねえってのに、律儀な野郎だ。
むしろ、勢いで掴みかかった俺の方こそ不甲斐ねえと思ってる。
不良の世界に憧れて飛び込んで、喧嘩だ天下だと息巻いていた一年前の自分と、どうしようとも届かねえ人達に埋もれただ漠然と生きる今の自分。
そんな理想とはかけ離れた毎日を送る自分が、とても不甲斐ない。
だからここは俺が奢ると言ったのだが、それは頑なに断られた。
「武人くんこそ、よく食べるんだね。ここのバーガーを二つも食べるなんて」
「そうか? 確かにここのは他に比べりゃだいぶでけえけど、バーガー二つくらい、大したことねえだろ。……おい、それよりあそこのカップル見ろよ。女の方、すげえバカでけえバーガー食ってるぞ。なんだあれ、自分の顔よりでけえんじゃねえか?」
「え、どこどこ……あ、本当だ。ははっ」
「しかも口に大量のケチャップつけてやがるし……。あの制服、ありゃうちの生徒だぜ」
しっかし、こっちは男二人だってのに、カップルで放課後デートとは幸せな連中だな……。
まあしかし、普段は下っ端でいることに何の疑問も持たずにへらへらしてる気に食わねえやつらとのチームの話か、体育倉庫での殺伐とした名ばかりの集会ごっこくらいしかやることがなかったので、こういうのもたまには悪くねえがな。
ただバーガーを食べながら、たわいもない話をしているだけなのだが、不思議と心が満たされていくようだった。
それは、こいつが、他の奴らとは違う、俺と同じ意識を持った人間だからなのかもしれない。
このひ弱そうなチビ、中井蓮はどうやら「斬新部」とかいう訳の分からん連中に憧れているらしい。
どうやらその連中というのがとんでもない奴らみたいで、にわかには信じ難いようなことをいくつも巻き起こしているらしいのだ。それでも、蓮が知るようなことはその内のほんの一部だけみたいで、その数々の事件の詳細は謎に包まれているらしい。
そして、何の変哲もない、変化も進化もない日々に流されることしかできず、けれどその現実を受け入れることもできないような自分に嫌気が差しているらしい。
それにしても、本当にどんな奴らなんだ、斬新部ってのは……こっちが気になってきたぜ。
一番驚いたのは、あのD組の双子崎が、男……いや、オカマだったってことだが……。
「双子崎さん……くんと、来られたら良かったのにね」
「お前それいじんのも大概にしろよ!? あとそのわざわざ一回間違えて言い直すのもやめろ!」
「ごめんごめん、冗談だってば……」
このカップルがどうとかって流れで言ってきてんじゃねえよ!
ったく……こいつ、俺をいじって楽しんでやがる。どうやらこいつは、斬新部が絡んだ話になると途端に生き生きとし始めるようだ。やはり、自分との違いによる嫉妬心のようなものを差し引いても、奴らに憧れているのだろう。
「それにしてもあの人、あの巨大バーガーをもう食べちゃったよ。女の子なのに、すごいよく食べるんだね」
「ああ、そうだな。だけどお前、あんまり女子によく食べるとか言わねえ方が良いと思うぞ」
「そうかな? 純粋にすごいと思うんだけど……」
「まあ、お前に悪気がねえことくらいわかってるよ……実際、あのサイズを一人で食べきるのはすげえしな」
「うん、本当に大きかったよね……見てるこっちが食べられそうだったよ」
「いや、こっちが食べられそうってどんなバーガーだよ……」
「こっちが食べられそうってどんなバーガーよ!」
遠くから俺と同じことを叫ぶ大食い女。被った……。
一瞬、こっちの会話が聞こえていたのかと焦ったが、距離的にあり得ないことと、そいつの様子から見て、どうやら彼氏の方が蓮と同じようなことを言ったようだった。
まったく、蓮といい、今日は普段そこら辺にいるような奴が、やけに目につくぜ……。
その二人のカップルーー実はそうではなかったようだがーーと、更にもう一人加え、俺と蓮を含めたそこら辺にいるような奴らが五人集まり、どうでもいい日常を送ったり、送れなかったりするのだが、それはまた後の物語であり、この時の俺はまだ、そんなことは微塵も考えていなかったのである。
ただ俺は目の前の自分と似ている少年がポテトを囓る姿を見て、呟くのだった。
「ま、なんだかんだ言って今日は、なんとなく楽しいわ」
「え? なんて?」
「なんでもねえよ……」
中井蓮。小説のような非日常に憧れる、普通の少年。
見るからにひ弱で、チビで、なよっちい奴ではあるが。
こいつとこうやって過ごす放課後ってのも、なかなか良いもんだ。
俺は久しぶりに、心から笑うことができたのだった。
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「なあ、お前がさっきずっと大事そうに抱えてたノート、なんなんだ?」
僕がようやくポテトを全て食べきり、残ったコーラを飲んでいたところで、もうすでにバーガーもジュースも食べ終わっている武人くんは、そんなことを聞いてきた。
「え……? なんで……?」
「いや、なんでって……ただのノートをあんな持ち歩いたりはしないだろうし、気になってたんだ。聞いちゃまずかったか?」
「う、ううん! そ、そそそそんなことないよ……!」
「尋常じゃないくらいまずそうなんだが……?」
「そんなことないそんなことない! コーラ美味しいよー?」
「もう会話もままならねえじゃねえか……いや、別にそれほど興味があるわけでもねえし、言いたくないなら別にいいよ」
「そ、そう……? ありがとう……」
答える僕は、ひどく動揺してしまって、会話もろくに出来ていなかった。
しかし、あのノートの中身は、絶対に誰にも見られたくないし……武人くんがあっさり引いてくれて、助かった。
まさか、僕を主人公にした『中井蓮の物語』を書いているだなんて、しかもそれをずっと持ち歩いているだなんて、絶対に知られたくない……!
「それともう一つ聞くが。お前、その斬新部ってとこ、入んねえの?」
「…………え?」
武人くんが、おかしなことを聞いてくる。
僕が斬新部にだって? まさか、ありえない。
「何言ってんのさ、武人くん。"あの"斬新部だよ? 僕みたいなやつが、入れるわけないじゃない」
「いや、でも、いくらぶっ飛んでるつったって、要はただの部活動だろ? だったら、お前にさえその気があれば、すんなり入れるんもんなんじゃねえのか?」
「入ってどうするの?」
「あ?」
「だから、仮に僕が斬新部に入れたとして、そっからどうすんの?」
「どうって……普通に、活動すればいいだろ」
「普通じゃ、活動できないんだよ、あそこは。僕には笆生さんみたいな行動力も、潜間くんのような頭脳も、掌拳寺くんのような戦闘力も、宇和島さんお嬢様バージョンの時の財力やド貧乏バージョンの時みたいな根性もない」
「宇和島さんが気になって仕方がねえわ。どんな複雑な家庭状況なんだよ」
「でも、本当に一番気になってるのは双子崎さん……くんなんでしょ?」
「お前まじでぶん殴るぞほんとに」
「うわ、ごめん! ……そう、双子崎さん……くんみたいな特徴だって、僕にはないし」
「だからいいかげん、その『さん……くん』ってやつやめろよ! なんで一々間違えんだよ、絶対わざとやってるだろそれ!」
「そ、そんなことないよ……! ……結局、僕には"個性"がないんだよ。だから、彼らに受け入れられるはずなんて、ない」
「……そうかい……」
そこまで言って、僕はまたはっとする。
しまった、さっき反省したばっかりなのに、またやっちゃった……。僕は、本当に駄目な奴だ。
「ごめん……武人くんは、僕のことを思って言ってくれたのに……」
「いや、お前が無理だってんなら仕方がなねえ。俺にそれを強制できる筋合いはないしな」
「…………」
「本当は、『お前それ、逃げてるだけなんじゃねえの?』って言ってやりたい気分だが、俺だってそんなこと言えた義理じゃねえしな」
「ううん、僕は、ただ、逃げてるだけだよ……。憧れからも、現実からも」
「しゃあねえよ、それは。世の中じゃ、どんなに足掻いても自分じゃどうにもできねえことなんて、腐るほどある。そして、それをなんとかしようとしても、どうにもできないことが分かっちまったときの悲しみも、悔しさも、俺は知ってる」
「……武人くん……」
「へ、悪かったな、変なこと言っちまって……気にすんな。俺もお前と一緒だ」
「……ありがとう」
「礼なんか言う暇あったら、さっさとそのコーラ飲んじまえよ。炭酸なくなるぞ」
そう言って笑う彼は、やっぱりとても優しかった。不良だっていうのが、嘘みたいだ。きっとこの人がしたかったのは喧嘩であって、悪事を働いているわけではないのだろう。これは勝手な想像だが。
……でも、彼はもう一年近く喧嘩もしていないらしい。普通に考えればそれは当たり前のことなのだが、彼にしては、けっこうなことなのだろう。……毎日が、どうでも良くなってしまうくらいに。
彼、藤崎武人は、いわゆる不良だ。
と言っても、ドロップアウトしているとか、グレているといった風ではなく、ただそういう世界に憧れてこうなっているだけのようだ。授業にも行事にも、きちんと参加しているみたいだし。
……それは、本当に不良といえるのか?
まあそれはさておき、彼は今、学校一の勢力を誇る実質No.1チーム『桐生一派』に属しているらしいのだが、しかしそれは彼も知らない間に流れでそうなってしまっていただけのことであったらしく、頭の桐生さんも、恐らく武人くんのことは認識していないのだそうだ。
そして、そんな下っ端でしかない自分と、その地位に甘んじてへらへらしている周りの連中に苛立ちを募らせていくだけの、やる気の起きない倦怠感に満ちた毎日を送っているらしい。
確かに僕と『同じ』だ。それはそうなんだろうと思う。
でも、さっきのような八つ当たりの愚痴みたいなものではなく、純粋に、すごいと思う。
だって、彼は僕とは違って、必死に何かを変えようとして、新しい世界に踏み込んだのだから。
まあ、またそんなことを言うと、怒られる……ことはなかったとしても、傷つけることになってしまうので、言葉にはしないけれど。
「じゃ、そろそろ帰るか。お前、明日も暇か?」
「うん? ……そうだけど、どうして?」
「いや、もし良かったら、明日も一緒に来ねえかと思ったんだけどよ……どうだ?」
その言葉を聞いて、僕はとても嬉しくなった。
だから、満面の笑顔で言葉を返す。
「うん! 約束だね!」
「お、おお……なら良かった。じゃあ、明日は俺、集会もないし、今日より早く終わると思うからよ。放課後になったら……」
「あ、ごめん、斬新部の見学があるから、何十分か後でいい?」
「……見学って、毎日すんのかよ…………ていうか、ただの覗きだし……。まあわかった、そこら辺で適当に時間潰してっから終わったら集合な」
「うん! 了解だよ!」
「じゃあ、そういうことで」
そう言って立ち上がる僕と武人くん。
そして別れ際、今日、最後の言葉を交わす。
「じゃあな、またこけんじゃねえぞ」
「うん。武人くんも、万引きとかしないでね」
「するか!! ったく、俺は健全な不良なんだよ」
「健全な不良って、なんだか支離滅裂だね……。ねえ、武人くん」
「あぁ?」
「明日も、こうやって、どうでもいいこといっぱい喋ろうね」
「……ああ、そうだな」
「じゃあ、また明日」
「また明日」
少し照れながら笑う彼に別れの言葉を告げて、お互い別々の方向へと歩き出す。
ふと前を見ると、さっきの巨大バーガーの女の子が一人でにやけながら歩行とスキップの中間みたいな移動をしていてびっくりしたけど、その気持ちも少しわかる。
きっと、僕と同じようなことがあったのだろう。
今まで心の中に巣食っていた、どうしようもない負の感情が、少しだけ取り除かれたような感覚。
あの、一緒にいた彼氏さんが、彼女にとっての、今日の僕にとっての武人くんのような存在であったのかもしれない。
藤崎武人。映画のような喧嘩に憧れる、普通の不良。
口は悪くて、態度も大きいけど、すごく優しい人。
彼と約束をした明日は、なんだかとても楽しみだ。
読んで下さった方、本当にありがとうございます。
そして、今回は、前に出てきていた、ユウマとさやかの出会いのストーリーとリンクしています。(もし、その話を読まずにこの話を読んで下さったという方がおられました、そちらもよろしくお願いします)
この四人は偶然か必然か、同じ日に出会ったというわけです。多分偶然でしょう(笑)
次回はこの出会いの日に一人だけ取り残された中二病少女、アレクサンダーこと山田桜の放課後のお話です。
ぜひ、見て頂けると、とても嬉しいです!
感想なんかももらえたら、もっと嬉しいです!
では、ここまで読んで下さった方に心から感謝しています。