懇談する二人の男女 in 放課後のワクドナルド
「ん~、おーいーしーいー」
自分の顔ほどあるのではないかというくらいの、大きなハンバーガーを満面の笑みで頬張る彼女、木下さやかの姿を見て、俺の心も満たされていく。
俺たちは今、大手チェーンのハンバーガーショップ、「ワクドナルド」、通称「ワック」にいる。
そこで二人向かい合って、仲良くハンバーガーを食べているというわけだ。
「何? じっと見て。私の顔になんかついてる?」
「口元にケチャップがついてるな」
「あ、ほんとだ。ありがと」
そう言って彼女は、口元についたケチャップを舌でペロッとなめとる。その子供のような仕草が、少し可愛らしい。
あの後、俺が誘うという形で、ワックに行くことになったのだが、ここまでの道中、そして食事中での会話で、一つ気づいたことがある。
それは、こいつがなかなかに「良いやつ」であるということだ。
出会いが出会いだったこともあり、彼女の人格に対して、あまり良い印象を持っていなかったのだが、それはどうやら不意に起こった突然の状況に混乱しているだけだったようだ。
ーーそして、これは彼女の教室、二年B組で確信したことなのだが、彼女は至って「普通」の人間だ。
そして、その「普通な自分」を受け入れられず、現実の理不尽に押し潰されているみたいであった。
……俺と、同じように。
抗おうとして、足掻こうとして、それでもどうすることも出来ずに、なにかを変えることを諦めたような。
しかしだからと言ってそんな自分の現状を受け入れることが出来ず、どうにかしたいと思いつつもどうにも出来ないことがわかってしまっているような。
だから俺は、あの言葉を聞いたとき、笑わなかった。笑えなかった。
必要以上に詰め寄ったのも、なんとなく自分と似たような雰囲気を感じたからだ。それがなぜかはわからないけれど、まるで自分自身を見ているかのようだったのだ。
「ねえ。ここ、よく来るの?」
と、そんなことを考えていると。
どうやら巨大ハンバーガーを食べ終わったらしき彼女が、俺に質問を投げかけてくる。話の種として振ったというよりは、ただ単純に気になって聞いているという様な感じだ。
「……いや、最近は来ないな。前は、部活終わりにみんなでよく来てたけど、もう辞めちゃったし」
「へー、あんた部活してたんだー。何部だったの?」
「……サッカー部だよ」
「サッカー部かぁ……なんか、最近調子良いらしいね。たしか、超すごい一年生が二人入ってきたとかで。すーぱーるーきーってやつ」
「……みたいだな」
心臓がズキっと痛む。思い出すのは、去年までの覇気のない練習風景と、それでも必死だった数人の先輩や同期の姿。そして、最近活気に溢れてきた元チームメイトとの会話。
俺はこの話をこれ以上続けたくなくて、木下に気取られないようにごく自然に話題を変える。しかしその声はどこか、上擦ってしまっていたかもしれない。
「お前は、よく来るのか?随分と食べてるけど」
「いや、私も二年になってからは初めて来た。なんか、最近みんな神楽坂くんーーさっき言った転校生ね。と、天王寺さんの話ばっかりで、なんか疲れちゃって。放課後は毎日、そのまま家に帰ってたから」
「……そっか」
「うん……て、ていうか、別にそんなに食べてないし!ハンバーガー一個だけだし!」
「その一個の大きさが尋常じゃなかったけどな」
「そ、そんなことない!普通のよりちょっと大きかっただけじゃん!」
「いや、あれはやばいぞ。見てるとこっちが食べられそうだったもん」
……こっちが食べられそうってどんなバーガーだ。
「こっちが食べられそうってどんなバーガーよ!」
あ、被った。認めたくはないが、どうやら俺とこいつの感性は結構似ているらしい。自覚はないが、さっきもなんか被ってたらしいし。
しかし、俺の声の変化に一々突っ込んでこないところを見ると、やはりこいつは良いやつなのだろう。ただ単に気付いていないだけかもしれないけど。
どうやら木下の話によると、今俺たちの学校では木下のいるB組を中心に、神楽坂と天王寺による恋愛漫画のような物語が展開しているらしい。
で、そんな物語の渦中に立ち輝く人間や、それを遠巻きから見ているだけの存在であることになんの疑問も持たない友達を見て、なんだかやり切れない気持ちで毎日を過ごしているのだそうだ。そして、そんな自分に嫌気が差しているのだという。
……本当に、俺みたいなやつだな、こいつ。
その後、俺たちはさらに数十分たわいもない会話をして、別れた。
帰り道、色々な感情が渦巻き、頭と心に駆け巡るが、たった一つ、これだけははっきりと言葉にできることがある。
「今日は、なんだか久しぶりに楽しかったな」
木下さやか。恋愛漫画のような恋に憧れる、普通の女子高生。
今日初めてあったばかりで、お互いのことはまだなにも知らないけれど。
彼女とはなんだか、仲良くなれそうな気がした。
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「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「うん、あんたもね」
食事を終え、店を出て、互いに別れの言葉を告げる。私と浦澤は帰り道が逆なので、ここでお別れだ。……もうちょっと話したかったって気持ちも、なくはないんだけど……まあ、クラスは違うとはいえ同じ学校にいるわけだし、もしかしたらばったり会うこともあるだろう。
なんてことを考えていると。
「また明日な」
「……へ?あ、う、うん!また明日!」
浦澤は最後に一言告げて、背を向けて歩き出した。それに私な、少し動揺しながらも答えを返し、もうこっちが見えているはずもない彼に向けてぶんぶんと手を振る。まあ、背中に目でもついてなきゃ見えないんだけどね。
と、彼が後ろを向きながら手を挙げた。
え、ええ!?まさか、ホントに背中に目がついてんのぉ!?
「あ、なんだ、私の返事が少し遅れてたから、声に反応しただけか……」
びっくりした。ここにきて実は超人なのかと思ったよ。
今日、放課後一緒に過ごしてみて受けた彼の印象は「良いやつ」。
そしてなによりーー「普通」。
本当にどこにでもいる、ただの男子高校生だった。
紛れもなく神楽坂くんや天王寺さんサイドではなく、私達サイドの人間。……ううん。『私「達」』なんかじゃない。
『私』と、同じ人間。
主役にななれない、ただの端役なのに、モブなのに……。そんな現実を、受け入れることも、打ち破ることもできずに、ただただ認識しているだけの人間。
そんな、彼だったから。
だからきっと私は、さっき教室で、あんなに自分をさらけ出すことができたのだろう。
一度吐き出すと涙腺までぶち壊してしまうほど押さえ込んできた、感情を。
自分の本心を。本音を。
自分自身ですら良く分かっていなかったような部分までをも、初対面のあいつは、受け入れてくれた。まるで、自分自身のことのように。
そんな彼、浦澤佑磨はどうやら今現在、虚無感に支配された生活を送っているらしい。
というのも、二年生に上がる前に退部した弱小だったサッカー部が、すーぱーるーきーの一年生によって活気づき、ある一部では全国出場の可能性まで示唆されているらしいのだ。
そんな青春ドラマみたいな物語を浦澤は期待し、一年間頑張ってきたのだそうだ。にも関わらず何も変わらなかったため、悩んだ末に退部を決断した矢先にこんなことになってーー自分よりもやる気のなかった元チームメイトまで急に活き活きとして練習に取り組みだしーーどうしようもないやるせなさに日々襲われているらしいのだ。
浦澤はサッカー部のことや自分のことについてあまり話したがらなかったので(私がその話題を振ってしまったとき変な声になってた。カエルみたいだった。あえて触れないでおいてあげたけど)、これは彼の会話の端々から私が推測したものだけど。大体こんなところだろう。
……しかし、本当に私とそっくりだ。
「……それにしても、『また明日』か……ふふ」
彼の去り際の言葉を思い出し、思わず笑みが溢れる。周りから見たら今の私、結構やばいやつだ。
「もう、あいつの中では、私とあいつは当たり前のように明日も会うんだな……」
そう考えるとなんだかとても楽しくて、嬉しくて、スキップでもしたい気分だった。恥ずかしいからしないけど。
ここ最近、いや、ずっと昔から感じてたもやもやが、ほんの少しだけ、楽になった気がした。
この気持ちは恋なんかじゃないし、出会いもロマンチックでもなんでもなかったし、相手はただの男子学生Aだけど。
悩みも不安も、まだまだいっぱいあるけれど。
浦澤佑磨。ドラマのような青春に期待する、普通の男子高校生。
初対面の女の子のことを変態だの大食いだの言うちょっと失礼なやつだけど。
彼と過ごす明日からの高校生活は、なんだか楽しくなりそうな予感がした。
今回は、前半が佑磨視点、後半がさやか視点となっております。
一応、前回の区切りに使った『●○』は視点そのままのただの場面変換、今回使っている『■□』は視点変換も含めた場面変換というように使い分けています。
なにかご意見、ご感想がありましたらぜひ、なんでも良いのでもらえるとすごく嬉しいです。
次回からはまた新たな二人の出会いが始まりますので、ぜひ読んで頂けると嬉しいです!
(もちろんこの二人もまた後からバンバン出てきます)




