異世界転生準備中
神経を繋ぐ。顕微鏡を覗きながらピンセットでチマチマと、チマチマと、チマチ……
『ブチン』
「ぬあっ? 千切れた。ちくしょう……」
また最初っからやり直しかよ、これで何回目だ?目が疲れた。両手で眉のあたりをぐしぐしと揉む。骨はなんとかできた。骨は。でも筋肉と神経はやたらめったら細かいから、なかなか進まない。だいたい骨だけでも作るのに三年かかったんだぞ?このあと、筋肉、神経、内臓各種に脳髄。肉体というハードが完成してから、スキルにアビリティといったソフトを作って組み込まなきゃならん。これじゃあ、いったいいつ完成するのやら……
「できたー?」
「できるかボケェ!」
のんきに声をかけてきた創造神に振り向きざま、反射的に叫んでしまった。
ガシャーン
「……う、うぁ、うえぇぇぇーん」
創造神が、びっくりして持ってきたお盆を落っことして、お茶と羊羹が地面に落ちる。あぁ、やっちまった……。
「つ、疲れて、うぐ、お、お茶と、ひぐ、甘いものうえええぇぇぇん」
いかんいかん、イライラしてても、コイツにあたってもしょうがない。私は、創造神を抱きあげて膝の上に乗せる。泣き止むまで抱きしめて、背中をポンポンと叩く。
「悪かった。大声出して悪かった。よしよし」
なにもかもが上手くいかずに、頑張ってもなにも変わらず、もがけばもがくほどにろくでもないことになり、足掻くことにも疲れて自殺した。いや、自殺しようとした。そんな私を拾ったのがこの創造神なのだから、感謝はしている。しているんだけど、たまにイラッとしてしまう。
創造神といっても、創造神種族というひとつの種族であり、その名前の通り世界を創ることを生業としている。で、創造神種族の中でも位のようなものがある。同族を感動させるような美しい世界やドラマチックな物語のある世界を創る創造神は、同族の尊敬を受け姿形が美しく、またはカッコよく成長する、らしい。私はこのちんまい創造神しか知らないから、これはこの、ちみっこ創造神から聞いた話である。
半端な世界とか出来映えのいまいちな世界しか創れない創造神は、他の上位創造神に弟子入りしたりアシスタントになったりするらしい。他には得意分野を分担してチームで創作する創造神達もいる、という話だ。
で、このちみっこ創造神は、まともに世界が創れず、他の創造神に弟子入りしたり、チームに入ったりしても役立たずと追い出され、今ではどこにも受け入れてもらえないボッチ創造神に。成長も出来ないから、ちみっこのままなのだと。
「セカイに復讐しませんか?」
そんな誘い文句もどうかと思うが、私はこのちみっこに勧誘された。なにをしても上手くいかず、誰にも認められず、そんな己を取り巻く世界に引っ掻きキズのひとつでもつけてやりたい、そんな思いを胸の奥に持った私達は、共通の劣等感に苛まれる同士だった。
「僕の力であなたを他の創造神の創った世界に転生します」
転生したその世界をしっちゃかめっちゃかにしてください。おねがいします。これがちみっこ創造神の仕返し計画だ。
しかし、この計画には問題があった。ただ転生しては、その世界の創造神の法則に縛られてしまう。なので、転生先で使える肉体を創らなければならない。それも可能ならばその世界の魔王とか勇者に勝てる強さでなければならない。これが難航している。
泣き止んだちみっこに、筋肉と神経創るのが難しい、と愚痴ってみる。
「でも僕より細かいもの創るのは上手じゃないですか。頑張って最強の身体を創りましょう」
もうちょっと簡単に出来ないものかな?
「それが簡単にできるようなら、僕だって、僕だって……」
ちみっこの目に涙が溢れる。あぁ、ゴメンゴメン。抱きしめて、頭を撫でる。このちみっこ、何千年も他の創造神に使えないとか役立たずとか言われ続けたから、劣等感こじらせて少しおかしくなってる。それは私も同じだから、ちみっこを慰めるのは一周して自分を慰めているような気分になる。同病相憐れむというか、共依存というか。
150年かけて、ようやく身体の第一号が完成した。初めて創った転生先の私の身体。強さの方はどのくらいだろうか。転生予定先の生物各種と戦闘シミュレーションしてみる。
「あ、犬には勝ちましたよ。猫には逃げられちゃいましたね。熊は、一撃でやられましたね。狼には食べられちゃいましたね」
「ぜんぜん駄目じゃねーか!」
「でもでも、初めて創った身体が犬に勝ったんですよ!すごいです。僕より才能ありますよ!」
ちみっこはなんか興奮している。次の第二号はもっとずっと強くなりますよ。今度はツノをつけましょう。ツノ。なんか強そうじゃないですかツノ。
基本部分から設計を見直して、またイチから創ってみる。ちみっこと二人の共同作業。こんな時間の過ごし方も悪くはない。少しずつ、私とちみっこの心のささくれがとれていくような。そんな気がする。
第二号は千年くらいかけて、じっくり取り組んでみようか。
終