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BOTTLE UP!  作者: 海野真水
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6 記憶から消えた勇者

マイトを追って、俺も外へ出た。

すると、庭の門の所でマイトが立ち尽くしているのが目に飛び込んできた。

「マイト!一体何が起きているんだ?!」

 マイトは駆け寄った俺をぼうっとした虚ろな目でゆっくり振り返った。

「……竜巻だ」

 俺はマイト越しに、その向こうに広がる景色に目をやった。

陸路でただひとつの村の出入り口。

その向こうから見た事もない真っ黒い巨大な竜巻がまっすぐ村に向かって来ていた。

 畑でも、大勢の人たちが固まったまま竜巻の方を見ていた。

「ば、バカな! こんなところで竜巻が発生するなんて!」

 俺は自分がパニックに陥るのを必死でこらえた。

マイトはまだ茫然自失のまま。俺はマイトの両肩をつかんで、強引にゆすった。

「おい!マイト!何ぼさっとしてるんだ!」

でもマイトはゆすられるままになっていた。

 そんな弱気なマイトを見たのは初めてだった。

 思わず頭に血が上り、気がついた時にはもう手が飛んでいた。

その瞬間、乾いた音と同時にマイトはよろけて頬を押さえた。

「シーガル!何すんだよ!」

正気に戻ったようだった。

「マイト!ぼけっとしてる場合じゃねぇよ! なんとかしてみんなを避難させないと!」

「そ、そうだな。どうやら迷っている暇はなさそうだ」

マイトは気を取り直して竜巻と恐怖で身動きできない村人とを見た。

「しかしここは山間だから袋小路も同然だ。山を越えるルートは残雪がいつもの年より多いし道が険しすぎるから、俺たちはいいとしても女子供はまず無理だ」

 俺たちはいくつもみんなが助かる方法を考えたんだが、どれもこれも限りなく不可能に近いものだった。

「くそっ!このままだと村ごとみんなやられてしまう!」

「どうすれば……」

 ふたりとも、ほとんど絶望しかかっていた。

 竜巻は勢いを落とすどころか、ますますパワーアップしているのが遠目からもはっきりと分かった。

 その時、マイトは何か呟くと、くるっと向きを変えて家の中に走っていった。



「お、おい! どこへ行くんだ?!」

 予想すらしなかったマイトの行動に俺は驚きつつ、後を追った。

家の中では、ミサトが青い顔をして2階に続く階段を見上げていた。

「ねぇ、シーガル、何が起こっているの?マイトはいったいどうしちゃったの?」

 俺の顔を見た途端、ミサトは質問攻めにしてきた。

「ん、ちょっちトラブル発生、ってとこかな」

 こわばった作り笑いで答えた。

「マイトね、すごい勢いで上に上がっていったの。あの人、何をするつもりなのかしら」

 俺は軽く手を振って、

「俺が見てくるから、ミサトは座ってなって。じゃ、ちょっと上に上がらせてもらうよ」

と、わざと軽やかに2階にあがってみせた。

 2階には、廊下をはさんで部屋が2つあって、マイトはドアが開けっ放しの寝室にいた。

「マイト、いったい何をするつもりなんだ?!」

 俺は背中に声をかけた。

 マイトは黄色いバンダナをキリッと額にまくと、本立てから厚みのある本を取り出した。

 少し古びた、小さな鍵がついている本。その鍵をカチリと開錠するとページを開け、中からオーブを取り出して少しの間見つめると、何かを決心したように左手で握り締めた。

そして俺の方に向き直り、

「俺はこいつを使ってみる」

と、オーブを持った手で示してみせた。

「マジカル・オーブ……」

「そうだ。もしかしたらなんとかなるかもしれない」

俺はブンブンと首を振った。

「だめだ!もし効かなかったら……いや、万が一魔法が発動しなかったらどうするつもりなんだ?!竜巻の一番目の犠牲者になるつもりか?!」

「じゃあ他に方法があるのかよ?!」

マイトも語気を荒げて詰め寄る。

「それは……」

「俺は行くぞ!もし何かあったら……ミサトを頼む」

言葉の最後は搾り出すようにそういい残すと、マイトは階段を下りていった。




 俺が下りていくと、マイトはもう姿を消していて、

ミサトが大きなお腹をかばうようにして、玄関へと歩いていくところだった。

「ミサト!どこへ行くんだ!」

俺は慌ててミサトを止めようとした。

「マイト、あのバンダナしてたでしょう?きっと何か危険な事、起こっているのね?」

「そ、それは……」

「あのバンダナはね、私がプレゼントした物なの。あげた時にね、マイトは『きみを命がけで守らなくちゃならない時につける事にするよ。』って冗談半分で言ってたの。

でもさっきのマイトを見ていたら、いつもと違う何かが起こっている……ほんとに何か危険な事が迫っている……そんな不安な気持ちになるの。だから少しでも近くにいたいの!」

 今にも溢れそうな涙を浮かべたまま、ミサトは俺に訴えた。

そんな真剣なまなざしを向けられたら、もう隠し事はできない、って思い、

俺は玄関まで、ミサトを支えるようにして出て行った。



 開けっ放しのドアまで来た時、俺もミサトも絶句した。

 村の出入り口のゲートまで竜巻が迫っていた。

 それに向かって、マイトが全速力で向かっているのが見えた。

「マイト!」

 ミサトが悲鳴のように叫んだ。

「ねえ!マイトは何をするつもりなの?!」

 必死で俺に掴み掛かる。

「マジカル・オーブを使うつもりだ」

 その言葉を聞くと、口を手で覆ってミサトはその場に座り込んでしまった。

 その間にも、マイトと竜巻の距離はだんだん縮まっていく。

「私もやるわ」

 俯いたままそう呟くと、ミサトは長い髪を束ねていたハンカチをほどいた。

ハニーブラウンの髪が、甘い香りと共にふわっと肩に広がる。

 そして、一緒にくるんであった小さなオーブを手に取ると、両手でそっと包んだ。

 そのまま組んだ手を額につけると目をつぶった。

「お願い!マイトを守って!」

と、掠れた声で言うとひたすら祈り続けた。

 一方、マイトはあと少しで竜巻に拳が届きそうな所まで来ていた。

 最後の気合を入れる為か、

「うおおぉぉぉっっっ!!!」

と雄叫びをあげながら、オーブを持った左手がついに竜巻に接触した!

 その瞬間、マイトは眩しい閃光に竜巻ごと包まれて見えなくなった。

 思わず目を覆った後、しばらくして目を開けて見た。

 竜巻の姿はもうどこにもなく、代わりにその場所にマイトが立っていた。



「マイト!」

 俺がありったけの声を振り絞って叫ぶと、その声がマイトに届いたのか、

こっちを向いて手を振った。

「ミサト!マイトは無事だ!」

 ミサトは泣き笑いの表情で俺に頷いてみせると、マイトに手を振った。




「やったな!」

「ああ。上手くいってラッキーだったよ」

戻って来たマイトと肩を叩きあいながら笑いあった。

 服はぼろぼろになっていたが、傷は全くなかった。

「私も魔法、使っちゃった」

 ミサトが嬉し涙を拭いながら、えへっ、とはにかんだ。

「ミサト、ほんとに助かったよ。やっぱりあれ、君だったんだな」

マイトはミサトの肩に手を置いた。

「竜巻にぶつかる瞬間に巻き込まれそうになったんだけど、急に俺の周りだけ、風が途切れたんだ。だから、いける!と確信が持てたからそのままオーブごと拳を叩きつけた時、辺りが真っ白になって何も見えなくなったんだ」

といって、左手を開いてみると、オーブにピシッとひとつ、ひびが入っていた。

 そのオーブをしばらく無言で見つめていたが、

「ま、いっか。とりあえず解決したんだし」

と笑い飛ばした。

 そんなマイトにミサトは何も言わずに抱きついて胸に顔をうずめた。

 はいはいはい、ラブシーンはよそでやってくれっつーの。

 俺はそんなふたりから目をそらし、眼下に広がる畑を眺めた。



 うん。村の人たちもみんな無事みたいだな。

 そう思って、一時はほっとしたんだけれど、何か様子がおかしいのにすぐに気づいた。

 まだ呆然と鎌を手に持ったまま畑の中に立ち尽くしている人

 気を失って倒れてしまった奥さんに必死に呼びかけている人

 火がついたように泣いている子供をぎゅっと抱きかかえてしゃがみこんでいる人。

 みんなまだ恐慌状態から立ち直る事ができずにいた。

 あんな事があった後だ。無理もない。

 マイトとミサトも、すぐにその異変に気づいた。

「みんな、かわいそうにね」

 ミサトも再び顔を曇らせている。

「なんとかしてあげたいけど、こればかりはな……」

 と俺が言いかけた時、マイトは俺の顔の前にオーブを突き出した。

「おまえも手伝え」

「どうするつもりだ?!」

 マイトはさらに俺に詰め寄る。

「魔法の力で、みんなの記憶からこの出来事を消す。」

「そんな事、できる訳……もごもご」

マイトは俺の口を手で塞ぐと、きっぱりと言った。

「つべこべ言わずに、おまえのオーブを持ってこい。今すぐに、だ!」



 鞄の中からオーブを取ってくると、3人で向き合う形になって、それぞれがただひとつの事を念じた。

「竜巻があった事、みんなの記憶から消して!」

しばらくすると、辺りが薄暗くなり、雨がぽつ、ぽつと降ってきた。

その雨に当たった人は、はっと我に返り、

「おお、いかん。一旦家に戻らんとな」

と慌てて走りだしたり、

「早くお家へ帰りましょ。濡れちゃうわ」

と子供をせかして歩きだしたりした。

やがて村の人たちはみんな家に入っていって、畑には誰もいなくなった。

 その後、さりげなくその日の事を聞いたら、誰ひとり忌まわしい出来事を覚えている人はいなかった。

 その代償に、マイトのオーブはひび割れたまま輝きを失くし、ミサトと俺のオーブは手の中でキラキラした砂になっていた……



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