37 ふたりとひとり
「よかったじゃん! ふたりともオーブ、手に入ったんだな!」
さっきの寂しそうな表情が嘘のようにアルが言った。
でも俺にはなんだかカラ元気のような感じがして。
「アル……は?」
もしかして……そんな予感がしてそう聞いたのに、アルはあっけらかんと言った。
「おれ? オーブなんてさ、別にどうでも良かったんだよ。話のタネにと思ってセレモニーに参加しただけだったから」
やっぱりだめだったんだ……。
「でも、魔法がなかったら、元には戻れな……」
「おれは、あの魔法使いの言葉、信じちゃいねえんだ。時間かかってもいいから、自分の力で元に戻る方法を絶対探してみせる!」
俺の言葉の先を遮るように、アルはきっぱりと言った。
「じゃあ、そのお手伝い、あたしたちにもさせて? セレモニー用のボトルが手に入ったのはアルのおかげって言ってもいいくらいよ? だからせめてそのお礼としてならいいでしょ?」
シャルミィがアルの目をまっすぐに見て懇願するように言ったけどアルは即座に首を横に振った。
「礼なんていらねぇさ。逆に、おれの方があんたたちを利用したって感じだろ? こんなおれではひとりじゃ、結界の洞窟まで行けなかったさ」
「そんな言い方しなくっても……」
シャルミィがおもいがけない自嘲的なアルの態度に途中で言葉を失った。
「それにさ、シャルミィにはもしかしたら自分がしなければならねえ大事な事あるんじゃねぇのか?」
さっきとはうってかわって急に優しい口調になり、シャルミィは驚いた顔で頷いた。
「だったらおれなんかにかまっている場合じゃねえ。リベラルも魔法が手に入ったんだから、本格的な冒険ができるじゃん。おっと、その前に修行しないとせっかくのオーブを失う事になるかもな。自信がついたらガンガン魔法使って冒険者としてのレベル上げたいんだろ?」
「でも……」
とりつくしまのないアルに、シャルミィと俺はお互い戸惑いを隠せずにいた。
「これからは、お互い自分の事で手いっぱいになるだろうし、おれもそうだから、ここでお別れだ」
お別れ……? もう一緒にいる事は……ない?
あまりに唐突で想定外なアルの言葉に、俺の頭は真っ白になった。
「アル……」
「そんな顔すんなって! おれが元に戻ったらまたいつか会えるさ」
アルはそういって、ベッドに腰掛けた俺と、目を潤ませたシャルミィの頭を背伸びして思いっきりくしゃくしゃにした。ほとんど子供扱いだけどほんとはアルの方が年上なんだ。すっかり忘れていた。
不覚にも涙がにじんできた。
シャルミィはすでにハンカチに顔を埋めている。
アルはそんな俺たちを見て困ったように頭をポリポリ掻いた。
「おれ、辛気臭いのはヤだから、とっとと退散するぜ。じゃな!」
そう言うが早いか、アルはさっとドアを開けて、素早く姿を消してしまった。
「どうして……? アルが……いなくなるなんて考えた事なかったのに……」
シャルミィは突然の出来事にすっかり動揺してしまっている。
俺も同じで、ほんのわずかな時間だけど放心状態になってしまっていた。
だけどさっきのアルの言葉を頭の中でリフレインさせているうち、だんだん納得行かなくなってきた。
なんかさ、まるで自分だけ魔法がないから俺たちの足手まといになるって言い方だったよな? 俺たちだって魔法が使えるようになったところで、果たして上手く扱えるかどうかって、まだ確実じゃないんだ。それでかえってアルの足を引っ張る事になって事も充分あり得るんだ。
相手に対して『足手まとい』って言葉を本気で使ってしまったら、もうそれでおしまいなんだと思う。
俺はもちろん、アルに対してそれを言う気は全くない。だったらとるべき行動はひとつ……!
「アルを連れ戻してくる!」
シャルミィにそう言い残すとドアをバンッ!と開けて全力で走り出した。
階段を降りきった所から、表に出られる所はふたつ。
俺たちが入ってきた海辺側と、反対の街へ直接出られる方。その間のロビーで、若い男の人と女の人がが嬉しそうに立ち話をしているのを見た。この人たち、確かセレモニーで一緒だった人たちだ。アルを見たかどうか、ダメもとで聞いてみよう。
「あ、あの、さっきシルバーの髪の男の子、見ませんでした?」
ふたりは話を中断して俺の方を見た。
「あ、君はカニモンスターを撃退してくれたコね? あの時はありがとう!」
女の人がにっこり笑って言ってくれた。なんか嬉しいかも……ってそんな事考えてるヒマないって!
「その男の子なら、トモが転移魔法で送ってやったぜ」
男の人が俺の聞きたい事に答えてくれた。さっきの女の人を指差して。
「ええっ? オーブ手に入ったんですか? しかもそんな難しそうな魔法を使えるんですか? っていうか、なんでアルに転移魔法を使ったんですか?」
矢継ぎ早な俺の質問にも動じず、彼女は隣の男の人の腕に抱きついた。
「あ、この人私の主人なの。ね、キーボ」
わわ、ラブラブ。どおりで仲いいはずだよな。
「彼はもうオーブを持っていて、魔法のエキスパートなのね。私はまだ持ってなかったから、思い切ってセレモニーにチャレンジしたら、見事ゲット!って訳。そして、さっき軽くレクチャーしてもらったらテレポートが使える事が分かってね。早速さっき使ってみて、ふたりが初めて出会った街に行けた時はすっごく嬉しかったわ」
そこまで一気にしゃべると、ほうっとため息をついて余韻に浸っていた。
「あ、あのそれでアルはどこに……」
すごく遠慮しつつそう聞くと、キーボさんがかわりに答えてくれた。
「なんか、『結界の洞窟』って言ってた」
結界の洞窟って……アルの故郷でボトルの材料を取りにいって、アルの彼女、アステルがいる所だ! でもなんでそこへ行ったんだろう? とりあえず俺たちも行ってみないと。
「あ、あのっ、トモさんっ!」
余韻壊すようで悪かったんだけど、思い切って声をかけた。
「はい?」
「すみませんが、俺とあとひとり、転移魔法をかけてもらえませんか?」
ダメもと覚悟お願いしてみると、以外とあっさりと頷いてくれた。
「うん、いいよ。キーボも手伝ってあげて」
「わかった」
キーボさんもいい返事をくれたので、俺は速攻でシャルミィを連れてきた。自分の荷物も持って。
「いい? ふたりとも、その『結界の洞窟』ってとこをよく思い浮かべるのよ? しっかりイメージしとかないと、とんでもないとこに飛ばされるからね」
神妙に頷いた俺たちは、頭の中に結界の洞窟をひたすらイメージした。
トモさんは左の手のひらを俺の方に向け、キーボさんも同じようにシャルミィに左の手のひらを向けた。ふたりの指には小さい石のついた指輪が光を放っていた。
光が強くなるにつれてだんだん身体が軽くなってくる。
「トランスポート!」
ふたりが同時に呪文を唱えると、目の前がまっくらになって、ぐんっと上の方に引っ張られた感じがして、耳がキーンと鳴った。
転移魔法かけられたのって初めてで、心臓がバグバグしっぱなしだし、今自分がどんな状態になっているのか全く分かんなくって。
なんだか息まで苦しくなりかけた時、いきなり眩しい光とともに見覚えのある風景が視界に飛び込んできた。ついこの間来たばかりだから、全然変わっていない。
よかった……。ちゃんと来れた。
シャルミィも無事に一緒に来れて、不思議そうに辺りを見回していた。
「転移魔法って、すごいねぇ」
「俺もこんな魔法、使えたらなあ」
そう言えば、どんな魔法が使えるのかってまだ分かんないんだよな。それさえ確認しないでここに来てしまったのは、ちょっとはやまったかも。
「とりあえず、中に入ってみようか」
俺は自分のリュックからショートソードを取り出して装備した。
「また何かモンスターがいるかもしれないから、気をつけて行った方がいいわね」
シャルミィが洞窟の入り口から奥の方を見ながら言った。
「そだな」
でもアルはこの中にいるんだろうか?
もしいなかったら……という不安も抱えつつ、俺たちは中へと入っていった。