36 真夜中の小さなハプニング
うとうとし始めてからどれくらいたったんだろう?
手探りでランプに灯をいれて時計を見て見ると、明け方近く……という事は、けっこう眠ったんだ。
座ったままで窓にもたれて眠ってたから、自分の重みで腕が痛い。
窓の外はまだ真っ暗で、まだ星が輝いていた。
朝食にはまだ早すぎるし。今度はベッドでもうひと眠りしようっと。
あくびをひとつしてベッドに潜りこんでランプを消した時だった。
俺はどこからともなく聞こえるカサコソ音で目が冴えてしまった。
どこかで聞いた事のある音。
……この音って、もしかして素早い動きをして、あまつさえ時には自分めがけて飛び掛かってくる、台所にいるあの虫…? ま、マジかよ?
俺は以前、不意に顔に張り付かれて大パニックになった事があってさ、そんなんじゃ冒険なんてできっこないねぇ、って母さんに冷やかされた苦い思い出がある。
暗闇の中目をこらしても何も見えない。でも一匹じゃない事は確かだ。
音は……ふたつくらい聞こえる。
もう一度ランプに灯を入れると俺がいるベッドを中心に、ふわっと明かりが広がる。
俺はヤツを見つけたらすかさず攻撃するために部屋にあったスリッパを右手に、ランプを左手に持ってベッドの下や部屋の隅なんかを照らして見た。でも何も見つけられなかった。
あんまり広くない部屋だから、これ以上捜しようがないし。
おかしいなあ……じゃああの音はなんだ? ひょっとして目に見えない……この世のものじゃないアレ? ゴクッと息を飲むと冷や汗が背筋を流れた。
こういう時は寝てしまうに限るよな! うん、そうしよう。
俺はそう決め込むと怖い思いをする前にベッドへ素早く潜った。
でもこういう時ってなかなか寝付けない。自分の鼓動と息遣いしか聞こえない妙に静まり返った部屋に、またあのささやかだけどはっきり耳に届く音が聞こえてきた。
ああ、もう!
俺のイライラはマックスになり、恐怖心なんてどこへやら。その正体を絶対暴いてやる!と決め、目を閉じて神経をその音だけに集中させた。まぶたの裏に部屋の全体像が浮かぶ。
カサ……コソ…… 音はまだ続いている。俺は目を閉じたまま音のする方へと顔を向けた。うん、確実にこっちだ。パッと目を開けたら、それはベッドの下…足元の方からだった。そうっとランプを音のする方向へ照らすと、小さい陰がやっぱりふたつ、ササッと動くのが見えた。
ベッドの下に潜ろうとしてる!
俺はなるべくそっとベッドへ上がると、スリッパが変形するほど力ほ込めた。
そしてスリッパを振り上げた瞬間、
「ひぇ! お~助け~っちょ!」
小さいけどなんとも情けない声で悲鳴がハモって聞こえてきた。
俺はスリッパを持ったまま固まっていると小さな人影がふたつ、ぺたんと床に座っているのが目に映り、ようやくはっとした俺は、ランプをかざしてそれが何なのかをよく見てみた。
それは俺のと似たような黄色のバンダナを巻いて、緑色のシャツとズボンをはいた小人だった。ひとりはおさげがふたつ揺れてたから、もしかして女の子?
小人っていたずらが大好きだそうで、小さい頃読んでいた絵本にもよく登場していた。どこかにはいるかもとは聞いてたけど、実際に見るのは初めて。大きさは全然違うけど姿は俺たちとそっくり。
思わずじっと見入っていると、ふたりは大きな瞳をウルウルさせてか細い声で嘆願してきた。
「いっ、いじめないでちょ!」
俺は思いっきり脱力してしまい、持っていたスリッパを手から無意識に離しベッドの上に座り込んだ。
「はあ。……ったくもう。あのさあ、急にこんな時間に人の部屋に入ってきてどういうつもりさ? まさか何か悪さをしようとしてたんじゃあ……」
俺はふたりを睨みつけた。
「ちっ、違うっちょ! そんな事する訳ないっちょ!」
「そうだっちょ! イリスの言うとおりだっちょ!」
ふたりともちっちゃい手足をバタバタさせて真っ向から否定した。
「じゃあ何の用?」 俺は二度寝するのを邪魔されて機嫌が悪かったので、つっけんどんに聞いてみた。
小人たちは顔を見合わせ、はぁ、と小さいため息をつくた。
「……しかたないっちょ。ほんとの事を言うっちょ」
おさげの髪の、イリスと呼ばれた方の小人がうなだれてつぶやいた。そしてふたりはベッドの下へ潜り、しばらくしてから何かを一緒に担いで出てきた。
「こっ、これを届けに来たんだっちょ。受け取ってちょ」
こいつらにしてみれば相当重いのか、よたよたふらふらしながらふたりが差し出して来た物を見た瞬間、俺は息を飲んだ。
どきどきしながら微かに震える手を伸ばしてそれを受け取ると、ふたりの小人は、ふにゃ~っとその場に座り込んだ。
それは手のひらの中に納まるくらいの大きさで、パッと見た感じはガラス球のようないつか見た事のあるもので、俺の冒険のきっかけを作ったもの。
……マジカル・オーブ……。
「じゃ、確かに渡したっちょ。姿をほんとは見られてはいけない事になってるっちょ。だから他の人間には絶対言わないで欲しいっちょ」
イリスはまたまた大きな目をウルウルさせてさらに手を合わせて俺を拝むようにお願いしてきた。
「わ、分かったよ。そんな顔するなっての」
俺が慌てて言うと、イリスは色白のぷくぷくほっぺたをほんのりピンクに染めてにっこりと満足そうに笑った。なかなか可愛いじゃん。
「ありがとうっちょ。ではアルコ、行くっちょ」
ふたりは向かい合わせになり、お互いの手のひらを合わせた。
「せえ」
「のっ」
「ちょ!」
ふたり同時に掛け声をかけると、ポンッと音がしてあっという間にふたりの姿は消えた。
俺はしばらく呆然としていたが、手のひらの嬉しい重みにすぐに現実に引き戻された。
改めてそっと両手で持ってみる。
その時、いつの間にか陽が昇ってきて、オーブがその光を受けてキラキラ輝いた。
持っているだけで身体の中からあったかい力が湧いてくるような気がする。
オーブをゲットしたら、きっと狂喜乱舞するだろうなって思ってたんだけどこうして実際手に入ってみると静かな嬉しさが少しずつこみ上げてくる、っていう感じがする。
そうしてひとりしみじみ想いに耽っていた時。
素早いノックが数回聞こえたかと思ったらドアが急にすごい勢いで開いて、昨日と同じ服装のシャルミィが飛び込んできた。
あ、あれ? 鍵って閉めたままのはずだったのに?
「シ、シャルミィ?」
俺はびっくりしてオーブを落としそうになった。
「リベラル……これ」
そういうのがいっぱいいっぱいだったのか、後は俺をじっと見つめたまま小刻みに震える片手を差し出してきた。てのひらはぎゅうっと握ったままで。
「もしかして……それ……」
俺の言葉が終わらないうちにシャルミィは何度も大きく頷いた。その度にちっちゃいしずくが俺の手に落ちてきた。
そしてそっと開かれた華奢なてのひらの上には、ペンダントにしたらすごく似合いそうな、ビー玉くらいのサイズのオーブが光っていた。
「やったな! シャルミィ! それにしてもすげえじゃん。俺のよっか小さいって事は俺より魔力あるって事だよ……わっ!」
急にシャルミィが抱きついてきたので右手で自分のオーブをぎゅっと握ぎ締めつつ左手でシャルミィを支えるような格好になってしまった。
シャルミィは俺の左胸に顔をうずめて小さい子供みたいにしゃくりあげている。
俺ってこういうシチュエーション、慣れてないんだよなあ……。こんな時どうしたらいいんだろ?
俺がものすごく困っていたら、開けっ放しのドアの向うにアルがいるのが目に入った。
その時のアルは、何故かとても寂しげな笑みを浮かべながら俺たちを見つめていたんだ……。