34 結果は海だけが知っている
セレモニーを終えた船が港に着くと、出発の時と同じようにたくさんの人たちが出迎えてくれた。その中には少し向こうには手を振るプロキオンの姿もあった。
「プロキオ……」
俺たちが近寄ろうとしたら十人くらいの人たちに行く手を阻まれてしまった。腕章してるし手にはメモを持ってる人もいるから、もしかして新聞記者だったりして?
そのうちのひとりが取って付けたような満面の笑みを張り付かせてインタビューしてきた。
「お疲れ! 無事にセレモニーを終えた感想を聞かせてくれるかな? オーブをゲットできそうな手ごたえはあった?」
なんて馴れ馴れしい感じで。
手ごたえも何も、あんな微妙なとこにボトルを投げ入れてしまったんだから確信なんてあったもんじゃないよな。
なので俺もかなり事務的にさらっと言っとく事にした。
「カニに邪魔されたのでなんとも言えないです。じゃっ」
さらにからまれそうな空気だったので、ここは冒険で培った反射神経を使って逃げるっきゃないよなっ。相手はたった十人。俺はアルとシャルミィに目配せすると記者たちの脇とその先の人ごみをサッとすり抜ける事に成功。そして無事にプロキオンの元へ。
プロキオンは俺たちを見つけるとニッと笑った
「おうっ、うまくいったかぁ?」
「それがさあ、せっかく虹色んとこに投げ入れようとしたらでかいカニのモンスターが襲ってきて、手元が狂って黒との境目に沈んでいったみたいなんだ」
俺がため息混じりに言うと、プロキオンは目をまんまるにして驚いてた。
「おいおいマジかよ? 激ムズのあのブラックレインボーの潮目を狙ったのか?」
「あれってブラックレインボーって言われてんだ。そそ、それそれ。だってさ、一度っきりだからなるたけ確率が高いとこに賭けたかったんだ」
「もしかして、おまえたちも……か?」
プロキオンはアルとシャルミィの方に顔だけ向けた。
ふたりもこくこくと頷いている。
「なんとまぁ、チャレンジャーっていうか思いきりがいいというか……」
しょーがねーなって感じで苦笑いした後、俺の背中をドーンとどついた。
一瞬息ができなくって前へこけそうになるのを必死で踏みとどまる。
「いってぇな! 何すんだよっ」
俺もすかさずプロキオンの背中をどつこうとしたのに、スカッとあっさりかわされてしまった。
「そんだけの度胸がありゃあ、おまえたち冒険するのに魔法なんて要らねえんじゃないか?」
自分はもうオーブを持ってるからいいよな。
「俺たちはな、どうしてもオーブが要るのっ!」
思わずムキになってくってかかってもプロキオンは涼しい顔をしている。
「そうだよなぁ。やっぱあった方がカッコつくからな」
うううっ。悔しいけど、これが大人の余裕ってヤツかぁ。
「アル、シャルミィ。おまえらも何か言ってやったら……」
と言いかけて後ろにいるふたりを振り向いたら、さらにその向うからさっきのへタレ船員が息を切らして人ごみを泳ぐように走ってくるのが見えた。
「リベラルさんですよね? ああ良かった。まだいてくれて」
「どうして俺の名前、知ってるの?」
俺は直接こいつに名前教えた覚えないんだけど。
「だってセレモニー参加者の方たちの顔と名前を覚えるのはスタッフとして当然じゃないですかぁ」
船員は照れながら言うと、「あっそうだ」と一枚の白い封筒を俺に手渡した。
裏には碇と海鳥を模した金色の絵柄の印で封緘がしてある。
「船長がですね、さっき助けていただいたお礼にとホテルへ無料でご招待したいと言っていました。夕食と朝食もおつけします。この中にチケットがありますから、それをお泊まりの際フロントに出してください」
アルとシャルミィにも同じ物を渡しつつ、船員はそう説明した。
横から覗き込んだプロキオンがそれを見て、ひゅうと口笛を吹いた。
「これってあの船長がオーナーのホテルだぜ。すんげえ美味いものが出るので有名なんだ。いいなあ、おまえたち」
えっ? そなの?
「いよいよ今晩にオーブが手に入るかどうか決まるんですよね。幸運をお祈りしてます! じゃ、確かに渡しましたからね! では」
そう言って船員は足早に戻っていった。 そうだった。いよいよ今晩どうなるかが分かるんだ。今まですっかり忘れてた。
「シャルミィ憶えてる? 船で下ってきた時に乗ってた魔法使いのばあちゃんが同じ事言ってたよな?」
シャルミィは間髪入れず「そうそう!」と頷いた。
「確か『次の日の朝、宿で目が覚めたら枕元にマジカル・オーブが現れてた』って言ってたよね」
「プロキオンの時はどうだったのさ?」
俺が聞いてみると、プロキオンは少しバツの悪そうな顔になった。
「セレモニーの後に飲み友達が『お疲れって事で奢ってやるよ』って居酒屋でとことん飲んでて、いつ家に帰ったのかも憶えてねえんだ。そんでそのまま昼過ぎまで寝てて寝返りを打った時ベッドから落ちて、その時に床にオーブが転がってるのを見つけたんだ」
「なんでそんなとこにあったんだ? でもよく踏み砕かなかったよな」
アルが呆れたように言う。
「もしその時自分が落ちてなかったらオーブがあったって事、分かんなかったんじゃない?」
シャルミィがそう推測すると、プロキオンは即答した。
「たぶんそうだろうな。なんせホコリのお陰で転がってくの止めてたようなもんだったし。そのまんまだったら掃除するまで気づかなかっただろうな」
あははは……。プロキオンの部屋ってあんまり俺の部屋と変わらないかも。
「おまえたち、昼メシまだだろ? セレモニーお疲れって事で俺も奢ってやるよ。っていうか俺が作るんだけど。セレモニーに参加したヤツに奢るとラッキーな事があるってジンクスがあるのさ」
意外な申し入れに俺たちはびっくりしてお互いに顔を見合わせた。
プロキオンっていいとこあるじゃん! 下心がちょびっとあったりするけどさ。
あんまり俺たちがカニにこだわってたので、カニ入りピラフをごちそうしてくれた。しかも自分の店だったので、わざわざ貸切にしてくれたんだ。
あの倒しそこなったカニよりはだいぶグレードが落ちるけど缶詰だって結構な値段がつくそうなんだって。その缶詰をひとり分に一缶ずつも使ってくれて、今まで食べた事もない激うまなピラフだった。
昼食を済ませてから、プロキオンの妹も混ざって今までの冒険話なんかに花を咲かせていたらあっという間に夕暮れ間近になっていた。
ホテルの場所はアルが知っているというので、とりあえずグラウ爺にセレモニーが終わった事の報告と、ホテルに招待された事を伝えに行った。
ホテルがある所は、ポルトツの港から少し離れた岬の上だった。
「あのさ、砂浜を歩いてみたいんだけど……いいかな? ねっ、お願い! 私歩いた事ないの」
「俺は別にいいけどさ、靴の中にいっぱい砂が入っても知らねえぞ」
ささやかなシャルミィのお願いにアルが苦笑いしている。「アル、ありがとう。リベラルも歩いた事ないよね? 行こっ!」
「わっ!」 俺はシャルミィにぐいっと手を引っ張られて強引に浜辺へと駆け出した。
でも実は俺も海辺、歩いてみたかったりして。
白っぽいさらさらな砂はちょっと歩きにくかったけれど、歩くたびに伝わるふわっ、さくっとした感覚が不思議な感じがした。
波打ち際には小さな貝殻がいくつか流れ着いていて、波のリズムと一緒にころころと行ったり来たりを繰り返している。
シャルミィもいつの間にか、貝殻と一緒になって波にぬれないようにしながらもはしゃいでいた。
しばらくするとちょうど辺りは夕焼けで綺麗なオレンジ色に染まっていた。確か冒険の旅に出発する前の日も、こんな感じだったよなぁ……。
俺は気づかないうちに立ち止まっていて、遠くの山に少しずつ沈んでいく夕陽を見つめていた。あの夕陽の沈む辺りかな? プチラの村は。
「おいおい、もしかしてホームシックか?」
アルがニーッと笑ってからかうように、潮風に吹かれてぼーっと遠くを見ていた俺のわき腹を小突く。いきなりそんな事を言われたので不覚にも焦ってしまった。
「ばっ、バカ! そんなんじゃねえっつうの! 夕陽に見とれてただけだっ!」
「えっ? 図星なの? そなの?」
さらに突っ込んでくるアル。シャルミィはくすくすと笑っている。
「早く行かねえとまっくらになるぜっ!」
俺は浜辺からホテルへと続く階段へダッシュで走った。
ホテルはそんなには大きくはないけど、全体が白い壁のおしゃれな感じの建物だった。
ここも最新の設備らしく「電気」というものが使われていた。玄関のガラスの扉もASAのオフィスと同じように、俺たちが近づいただけでスーッとスライドして開いた。何度見ても不思議な感じだし、驚いてしまう。
フロントにもらったチケットを差し出すと、すぐにそれぞれ個室に通された。
夕食まではまだ時間があったので少しの間部屋で休もうかという事になり、俺は荷物を簡単なクロゼットがあったのでそこに放り込み、靴を脱いでベッドへバタッと倒れこんだ。
うわー、俺んちのベッドよりもふかふかだぁ……。それにしわのないパリッとしたシーツ。おもいっきりふにゃーって脱力して、このまま眠れたらどんなに幸せだろうなんて思ってしまった。
こういったちゃんとしたとこで休むのって、冒険に出てからは初めてだと思う。
マジカル・オーブ。それを手に入れるためにひとりで冒険に出たのって、今思うとすっげえ無謀だったような気がする。だけどシャルミィやアル、そしてプロキオンやグラウ爺に出会えたおかげで、セレモニーを無事に終える事ができたんだ。
だけどいろいろとせっかく苦労してきたのにオーブを手に入れる事ができるんだろうか? 虹色と黒の潮目の境に入ってしまったクリスタボトル。虹色なら絶対オーブを手にする事ができるはずなんだけど、もし黒の方だったら……?
そう思い込んでしまうと気分はどん底。
オーブは手に入らないし、しかもさらなる不幸に見舞われるっていうじゃん。そんなの最悪過ぎる……!
でもさ、今更そんな事で悶々しても仕方ないんだけど。じたばたしたって結果はすでに決まっているんだ。魔法が手に入らなくても、どんな不幸が襲ってきても、冒険はできるんだよな!
俺っていつの間にか、冒険なしの生活なんて考えられなくなっていたんだ。へタレだったけど、以前よっか自信がついたきたような気がする。
……とにかく、オーブの事はなるようになるんだろうから、くよくよするのは止めよっ!
そう心に決めてベッドから起き上がるのと同時に、トントンとノックの音がしてシャルミィの声がした。
「リベラル、夕食だって。 アルは先に行っちゃったよ」
「あ、待って! 今出ていくから」
夕食はなんだろうな。めっちゃ美味いってプロキオンが言ってたから期待はしていいはず。
俺は靴紐を改めてしっかりと結び直すと、シャルミィと一緒に食堂に向かった。