33 美味しそうな邪魔者
船尾に現れたモンスターは、ハサミも本体もでかいカニだった。軽く俺の三倍以上はあるんじゃね?
どうやって船の上に上がったのか知らないが、見た事もない巨大なハサミをガチガチ鳴らし、泡を吹いて威嚇しているみたいだ。
カニは、小さいものならプチラの村の沢でもよく獲れたなぁ。あれをカラアゲにするとさ、めっちゃ美味いんだな。
こいつは固そうだからカラアゲには向かないだろうけど、身がいっぱい詰まってそうで食べたらさぞかし……
「美味しそう……」
俺は思わずそう呟いていた。
それを聞いたアルは、いきなり俺の頭をスパーン!とはたいてきた。
「痛ってえな! 何すんだよ!」
思いっきり抗議すると、アルはやれやれという顔をして言った。
「おまえ、一応冒険者だろ? だったらモンスターの事くらい知っとけよなぁ。こいつはなぁ、ど・く・が・に! ヤツが吹いてる泡は猛毒! あれが少しでもかかった時点でアウトなのっ!」
俺は山育ちなんだから知ってる訳ねえだろっ!って言い返したかったけど、アルの言う事にも一理あるんだよなぁ……。
「ふたりとも、言い合いしてる場合じゃないでしょ? 早くなんとかしないと船が沈むかもしれないよ!」
いつになく厳しいシャルの声に、俺たちは思わず顔を見合わせて、同時に呟いた。
「そだな」
ヤツは? というと、船のデッキにハサミを突き立ててバリバリと板を砕き始めた。
その音に驚いて、船長もデッキに飛び出してきた。
「やばいぞ! あいつシザークラッシュ始めやがった! 船が浸水しちまう!」
みるみるうちにデッキにでかい穴が増えていく。
ほんとだ。これはかなりまずいかも。俺は船長に走り寄っていった。
「ヤツの弱点って何なんです?」
船長は俺に声をかけられて振り向いた。
「炎系の魔法が一番効くんだが……」
「誰か魔法を使える人はいるんですか?!」
すると船長は渋い顔で、ひとりの船員を指差した。
「いるにはいるんだが……まだ新米だしちょっと訳ありでな」
指差されたその船員は、船室の外壁に張り付いて震えていた。俺よっか年は下みたいだ。胸にはあのASAタッグが光っている。こいつも「冒険者」なんだ。
「あんた魔法使えんだろ? だったらサクッとやってしまえよ!」
気弱そうな船員に俺はハッパをかけた。
そしたらそいつは首をブンブンと横に思いっきり振った。
「い、嫌だ!俺の魔法なんてたいした威力ないし……届かないし……。 それに呪文唱えている間にヤツの毒泡を食らったら終わりじゃないか!」
うーん……こいつの言い分も分かるような気がする。俺も基本的にはへタレだし。でもどうしたらいいんだ?
アルとシャルミィはというと、果敢にもドクガニにソードで攻撃していた。ふたりで同じ側の足を狙って何度も斬る……というか叩いていた。
「このアホガニっ! セレモニーぶち壊しやがってぇ! 責任取りやがれっ!」
アルが怒りのおもむくままにに叩き込むと、シャルミィも、
「あんた最低! オーブがゲットできなかったらあんたのせいだからねえっ!」
とブチ切れモード全開になっている。い、いつものおとなしめなシャルミィはどこ行ったんだ?
でも、割と冷静に毒の泡とハサミ攻撃は機敏にかわしている。
俺もふたりに加勢した方がいいのか?でもふたりみたいによける自信、あんましないんだよなぁ……。やっぱりこのへタレ船員になんとかして魔法使ってもらうのがいいんだけどさ……。
まだ船室の外壁に張り付いて震えている船員に目をまた向けた時、そいつの頭の上に俺は懐かしい物を見つけた。
ここんとこ、ずいぶんとご無沙汰してたもの。それは大きめの弓だった。ロングボウって種類の。弓はソードを扱うよりも得意。ほんとはボウガンの方がもっと得意だけどさ。今はソードを上達させたくて、あえて弓は置いてきたんだ。
「なあ、この弓って使えんのか?」
船員に聞くと、一瞬きょとんとして、それから頷いた。
「船を岸に着ける時に、たまに使うんだ。重くて太いロープを飛ばすんだから威力もかなりあると思う」
これだ! これを使うしかない!
「たいまつをありったけ用意してくれないか? なかったら木の棒に布を巻きつけて、油をしみ込ませたのを作って欲しいんだ! そしてあんたの力……魔法で手伝ってくれ。あんたしか頼めるヤツはいないんだ! このままへタレで終わりたくないだろっ?!」
それを聞いた船員は、俺の作戦を分かってくれたみたいで、ぐっと唇をかみしめて頷いて立ち上がるとさっきのへタレ態度とは打って変わって他の船員にも声をかけて準備を始めた。
んじゃあ俺もそれまで時間稼ぎ、やりますか!
アルとシャルミィの側に行くと、ふたりとももうかなり息が上がっていた。でもその甲斐あって、頑丈そうな足に無数の傷がついていた。
「リベラルっ! 今まで何やってたんだっ!」
アルに思い切り睨まれた。
「あはは、悪りぃ。ちょっと作戦を練ってたのさ……おっと!」
やばいやばい。もうちょっとで泡がかかるとこだった……。
「俺も加勢するぜ! あの足狙えばいいんだな?」
泡をよけるタイミングを見計らって、俺もヤツの足元に切り込んだ。
両手でソードを持って、ありったけの力を振り絞って叩き込んだその瞬間、指先から全身へと一気に痺れが駆け抜けた。
か、固ってぇ! 全部の力が自分に跳ね返ってきたって感じ。
でもその時、ドクガニがグラッと体勢を崩しかけた。ようやく蓄積されたダメージが効いてきたみたいだ。
でもでかいハサミをふたつともデッキに深く突き立てて、また立ち直ろうとしている。今って、願ってもないチャンスじゃん!
「用意できましたぁ!」
めっちゃグッドタイミング! さっきのへタレ船員がありったけのたいまつを作って抱えてきた。
「さんきゅっ! じゃあたいまつに油しみ込ませたら、魔法で火をつけてくれ」
俺がそう言うが早いか、船員は用意したたいまつに人差し指を当てて短い呪文を唱えると鮮やかな透き通った青い炎が灯った。
「不思議な色の炎だな」
俺は思わず見とれていると、船員が自慢気に言った。
「この炎は水に強いんです。ヤツの泡くらいでは消えたりしないはずです」
魔法って、そんな事もできるんだ……なんて感心してる場合じゃないな。
俺はソードでそのたいまつに少し切れ目を入れて弓につがえられようにした。そして炎が手スレスレにくるぐらいにまで弦を思いっきり引いた。
狙うは、ドクガニの目玉。
満を持して放たれたたいまつは狙い通り飛んでいき、ヤツの目玉にクリーンヒットした!
「やりましたね!」
船員たちは小躍りして喜んだが、ヤツはまだ倒れる気配はない。なんて丈夫なヤツなんだ。
「しつこいなぁ。こうなったらみんなお見舞いしてやるっ!」
たいまつを取ろうとしたら、すでに火をつけてスタンバイしててくれた。こいつ、やるじゃん。今度のはオレンジ色の炎だ。
「これを、さっきみなさんで叩いていたとこに当ててみてください。普通の炎よりも温度が格段に上なんです。殻が薄くなった分効くと思います」
ほんとだ。たいまつの先にほんの少しだけちょろっとついてるだけなのに、すごい熱気が顔を火照らせる。
これもしっかり狙いを定めて、確実にヒットさせる事ができた。さすが俺。
すると、ヤツは片足をガクッと折って、動かなくなった。
「今です! この火薬入りのたいまつを胴体に叩き込んでください!」
わわわ、たいまつがバチバチと爆ぜているっ! 早くしないと自分がドカンだ!
焦る気持ちを抑えて深呼吸してから弦をいっぱいに引っ張る。腕と胸の筋肉がぷるぷるしてきそう。
息を一瞬止めて弦を離すと、すごいいきおいでたいまつは飛んでいき、甲羅のど真ん中を捕らえた。
それと同時に真っ黒い煙と同時に耳が痛くなるくらいの爆発音がして、煙が消えた時にはドクガニは、香ばしい匂いを置き土産に海のはるか向うへ吹っ飛んでいくのが見えた。
「やったな!」
「おまえら、やるじゃないか!」
俺とアルとシャルミィは、船員たちにわっと取り囲まれた。
シャルミィは真っ赤になって恥ずかしそうに、アルは得意気な顔でみんなの賞賛を受けていた。
「リベラルさん……っていうんですね。さっきはありがとうございました」
すぐそばにいた船員が声をかけてきた。あ、あのへタレと思ってた、若い船員だ。
「あんたの魔法がなかったら、ヤツを倒せたかどうか分からなかったぜ? こっちこそお礼言わないと。魔法使えるって、ほんと羨ましいな」
俺がそういうと、船員は照れながら自分のマジカル・オーブをポケットから出して俺に見せた。片手でようやく掴めるほどのオーブで、中心がほんのり赤く、アングルによって炎がゆらゆらと揺らめいているようにも見える。
「僕のオーブはほらこの通りデカいですからね。あんまし強力な魔法は使えないんですよ。あ、でも何故か炎系の魔法はレパートリーがあるんで雇ってもらえてるんですけどね」
「でもいいじゃん。こうやってオーブを手に入れてんだからさ。……俺たち、手に入るかどうかめっちゃ微妙なんだよなあ」
俺は船べりに寄って、さっき自分たちのボトルが沈んでいった、虹色と黒の境目に目を凝らしてみた。ボトルなんて、もうとっくに見えなくなっていた。
不安と期待と諦めとか、いろんな気持ちがごっちゃになってきてぼーっとしていたらアルとシャルミィがようやく船員たちから開放されて、俺の側に来た。
「リベラル、すごかったじゃない! 弓上手いんだね」
さっきとはうって変わったにこやかなシャルミィが俺に笑いかける。
やっぱシャルミィはこうでなくっちゃ。
「おまえ、剣よっか弓でバトルした方がマシなんじゃね?」
と、アル。褒められてんだか、けなされてんだか。
「ははは……」
もう俺は力なく笑うしかなかった。その時船長が俺たちの方に来て、労いの言葉をかけてくれた。
「セレモニー参加者のみなさん、お怪我はなかったですか? 冒険者の方、本当にありがとうございました。お陰で被害も少なく、港に戻れます」
はぁ。とうとうセレモニーが終わっちまったなぁ……。
果たしてオーブがゲットできるんだろうか? もしダメだったら、もう魔法を使える事にはならないんだ。1度でいいから、じいちゃんたちみたいな魔法、使ってみたかったな……。
俺って、ほんとものすごい深刻な顔してたんだろうな。アルが俺の背中を思いっきりバーンと叩いてきた。
「なに辛気臭い顔してんだよ。もう終わったものはしゃーないじゃん。後は運を天に任せようぜ」
……アルがオーブをゲットできなければ、二度と元の自分に戻る事はできないはずのに。
そしてシャルミィもふっきれたように微笑みかけてきた。
「そそ。オーブがゲットできないって決まった訳じゃないから」
……シャルミィもオーブをゲットできなければ、あのブレードのないクリスタルソードみたいな剣を武器として使えないだろうし、世界の運命を左右する事になるって聞いたから、俺よりもさらに深刻なはずだろうに……。
「それに、一緒に船で下ってくる途中で、私に言ってくれたじゃない。『幸運はお気楽からやって来る』って。この言葉、今度はそのままそっくりリベラルに送るわ」
ふたりの励ましに、俺は思わず涙腺が緩みそうになった。ごめん、俺からふたりには何て言ってあげていいのか分かんないや。
鼻から出た涙のなり損ないを思いっきりすすりあげると、俺は気を取り直してふたりに向き合った。
「ふたりとも、さんきゅ。とりあえず今はいい方向に考えるようにしてみよっかな」
「そうそう。まだオレは諦めちゃいねえぜ」
アルが言うと、シャルミィも
「私もだよ」
と俺の背中をポンと叩いた。
それで肩の力が一気に抜けたら、急にお腹が空いてきた。
「それにしてもあのカニ、焼けた時いい匂いしてたよなぁ」
俺がしみじみと呟くと、アルが呆れたようにぼやいた。
「おまえなぁ、まだ言ってんの? セレモニー邪魔されたっつーのに」
「そうね。足1本でも取っといたら良かったね。さっき船員の人が、身には毒はないって言ってたから。あのカニを獲る為に、強力な魔法使いを何人も雇って『漁』にいくお金持ちもいるそうだから、とてもおいしいんでしょうね。食べてみたかったな」
シャルミィが少し名残惜しそうに沖を眺めながらため息をついた。
「マジで?!」
うわずった声で驚くアル。ははーん。アルはこの事知らなかったんだな。
「お、俺すんげえ美味いカニ食った事あるもんね! ヤツよりも絶対美味いはずのをっ!」
あはは。必死でごまかしてる 船が港へと帰る間、俺たちはカニの話でヘンに盛り上がってしまった。
「港に着いたらさ、どっかカニメニューのある店でメシ食おうぜ」
俺が提案すると、ふたりも乗ってきた。
「いいね。リベンジ!」