31 待ちに待ったセレモニー!
ポン、ポポン……
遠くから聞こえる花火で、俺は居候しているグラウ爺の家の、やたらにだだっぴろいリビングで目を覚ました。
俺から少し離れた所では、アルが毛布にすっぽりくるまってまだ熟睡していた。
グラウ爺んちは、アルとふたり暮らしだから、ベッドも当然ふたつ。
グラウ爺はご老体だから、床……っていってもムートンの上だけど、ちょっと酷だろ?
それにおとといは雑魚寝してたけど、シャルミィは女の子だからって、アルがベッドを貸してくれたんだ。
あいつ、以外と女の子には結構優しいのな。
それぞれ違う部屋で寝ているから、そろそろ起こしてあげた方がいいかな。
なんだかんだとあったけど。ようやく待ちに待ったセレモニーは、今日。
ちょっとほこりっぽくなってる窓のカーテンを開けると、眩しい陽射しが部屋の中をぱっと明るくした。
天気はすごくいいみたいだ。
「……もう朝かぁ?」
アルが毛布の中から這い出るようにして起きてきた。
「お、起きたな。すっげえいい天気だぜ!」
俺はアルに確実に起きてもらうべく、部屋全部のカーテンを開けて回った。
あれから、自分たちで『ズッコの紙』と『レンの汁』を作ったんだ。
河で助けた人から、念願の材料をいただいて、あまつさえ作り方まで教えてあげるという有難い申し出に俺たちはほんと涙が出るほど喜んだんだ。
実はあの材料、俺たちみたいな一般人には手の届かないほど、高価なものだったんだって。
あの光ってた実のなる植物が育つには軽く10年はかかるし、数も少ない上にかなり深く潜らないと取れないっていうんだから、当然だよな。
そんな貴重な物を容易く手に入れられたのは、ほとんど奇跡に近かったと思う。 んで、昨日1日をまるごと費やして、ようやく完成したんだ。
これでセレモニーに必要な物は全て揃った。後は……セレモニーに参加すれば、俺たちの目的はついに達成されるんだ。
でも……もし魔法が手に入らなかったら? 今さらになって、そんな想いが頭の中を占めつつあった。
あくまでも運なんだから、今さらじたばたしたってしかたないよな。
自分の運を信じるだけ……!
そう自分に言い聞かせて、残りの1枚のカーテンを思いっきり開けた。
まだ寝ぼけているアルをせきたてながら、廊下をダイニングへと歩いていった。
ダイニングのドアを開けると、なんだかとてもいい匂いがしてきた。シャルミィがもう起きていて、キッチンに立っていたんだ。
「おはよう、シャルミィ。もう起きてたんだ」
そう声をかけると、シャルミィは笑顔で振り向いた。
「おはよ、リベラル、アル。朝ごはんもうできてるよ」
テーブルを見ると、フルーツが刻んで生地に混ぜてある、焼きたてのホットケーキがひと皿に3枚も乗っかっていて、はちみつがたっぷりかかってて、めっちゃうまそう!
あとミルクとオレンジジュースがピッチャーになみなみと入ってて、何度でもお代わりしても大丈夫そうだ。
「すっげえじゃん! こんなの初めて見た!」
俺が思わず食い入るように見てると、シャルミィはくすくす笑った。
「あったかいうちにどうぞ!」
じゃ、遠慮してたら悪いよな。
「いっただきまーす」
席に着くのももどかしくフォークとナイフを取ってぱくついた。
所々散りばめられたフルーツの酸味が、はちみつの甘さをさらに引き立てて、至福のうまさ!
アルもホットケーキの匂いで完璧に目を覚ましたみたいで、俺と競うようにホットケーキにかぶりついた。グラウ爺はというと、もうすでに朝食を済ませて、朝の散歩に出たってさ。
長くなるんで、時間が来たらでかけなさいって言付かったんだって。
ひととおり終わったら、ちゃんと挨拶に来よう。
朝食が済んでから、みんなそれぞれ持ち物をかばんに詰めた。
いよいよセレモニーに参加するんだ!
大通りに出ると、いつもよりずっとたくさんの人が歩いてて、とても賑やか。
みんな同じ方向……セレモニーのある港に向かって流れていた。
道の両脇には、露店がびっしりと立ち並んでなんだかお祭ムード満載。
「この人たちって……まさかみんなセレモニーに参加する人たち?」
シャルミィが歩きながらびっくりしたようにきょろきょろしている。
「んにゃ、ほとんどが見物人だろ。ほれ、ちょーっとした祭りみたいなもんだからさ」
アルはもうこの光景に慣れているんだろうな。のんびりとした言い方だ。
人波に押し流されるようにして、俺たちは港に着いた。
「えーっと……受付は……っと…… あ、あれだ」
ド派手な色ででっかい字で書いてあったので、一発で分かったのは助かった。
その後ろには、でっかい豪華な船が浮かんでいて、きらびやかな装飾があちこちにしてあるのを見て、俺はちょっと引いたぜ。
「あの船でセレモニーすんのか? マジかよ」
「んー、オレはもう見慣れてるからなぁ。どって事ねぇよ」
アルはお気楽にそう言うけど、今までセレモニーに出るに出られなかったんだろうな。どんな想いでいつもこの光景を見ていたんだろうと思うと、胸が痛い。
受付に行くと、まだ誰も並んでいなかった。
その代わり、魔法使いが被るような三角帽子を被った女の子がいて、俺たちの姿を見るとにっこり微笑んで話しかけてきた。
「セレモニーに参加される方ですね?」
「あ、はい」
あー、なんか緊張してきた――!
「じゃ、こちらにお名前お願いします」
と記帳にサインするよう言われたので、俺・シャルミィ・アルの順で名前を書いた。
「すみませんが、参加費として、100マールお願いします」
はいはい。100マールね……っと。
「それじゃあちらのテーブルで、これを見てセレモニーの準備をしてください。 道具は御揃いですか?」
俺たちは3人そろって頷いた。
「では用意ができたらさらに奥にあるゲートをくぐって船にご乗船ください。あと、この紙の説明をよく読んでおいてくださいね」
そう言って、まっさらなペンと、セレモニーの説明が書かれた紙を人数分手渡してくれた。
「素直に書いたらいいんだよな? 『魔法が欲しい』ってな感じで」
「たぶん……」
俺とアルがしょうもない事で悩んでいるうちにも、
シャルミィは何かに取り憑かれたようにレンの汁をペンに付けて、さらさらと書いていた。
ちっちゃなビンに入れた汁がみるみるなくなっていく。
そして書き終わると、ちいさなため息をひとつして、細かく細かく畳むと、クリスタボトルの中に入れてコルクで栓をした。
その一連の動作を、俺とアルはぼーっと見ていたら、シャルミィが俺たちの視線に気づいた。
「ふたりとも、まだ書いてないの?」
「い、今から書くとこだよなぁ、アル」
「そ、そそ。とっとと書いちまおうぜ、リベラル」
なんだか分からないけど、俺とアルは妙に焦ってそれぞれズッコの紙に向かった。
……でもマジでなんて書こう? じいちゃんたちは、何て書いたのかなぁ? 聞いとけばよかった……
そうやってさんざん悩んだ挙句、俺はひと言ペンでしたためた。
『魔法が絶対使えるようになりますように』
はははー。そのまんまじゃん。でも、まっいいか。
俺は誰にも見られないうちにとっととこれ以上畳めませんっていうくらい小さく畳んで、クリスタボトルの中に押し込んだ。
アルの方を見ると、ちょうど終わった所だった。
「みんな用意はできたみたいだな。船に乗ろうぜ!」
それぞれ想いのこもったビンを手に、俺たちは船に向かった。