30 ラッキーアイテムは水中に
念願のボトルが完成したその日は、グラウ爺の工房兼自宅でみんな爆睡してしまった。
無理もないよな。
緊張の連続だったし、アルとグラウ爺に至っては徹夜だったんだから。
ボトルが完成してから、軽い朝食を取った後グラウ爺んちのリビングにはふかふかのムートンが一面に敷き詰めてあったので、毛布にそれぞれくるまって寝転がってたら次々と寝息が聞こえてきた。
もちろん、俺とシャルミィも再び夢の中へ。
俺が起きた時には、すでに空は夕暮れ時だった。でも他のやつはまだ爆睡中。
あっちゃあ……。一日寝て過ごしちまったぁ。もったいねぇ。
それに、あと『ズッコの紙』と『レンの汁』もまだ手に入れてないっていうのに。
明日中になんとか手を打たないと。セレモニーはもうあさってだ。
はぁ。とため息をついたら、同時に腹が情けない音を立てた。
しゃーない。俺だけで晩飯の買出しに行こ。
机の上に書置き残して……っと。
ウェストポーチだけ持って、すでに薄暗くなったポルトツの街にでかけた。
何がいいかなぁ。っていうかどこで何が買えるのかもまだほとんど知らないし。
そだ! プロキオンなら知ってそう。だったら妹さんがやってる店に行ってみよっと。
結界の洞窟から帰ってきた後、めっちゃ疲れたからと言ってすぐ帰っていっちゃったんだ。ここらの道はなんとか覚えたので、帰りはたぶん大丈夫かな。
『フィンセオ』に着くと、中は夕食をとる客で賑わっていた。
プロキオンの妹のメリーリィが忙しそうにテーブルと厨房を行き来している。
声をかけていいものか迷って入り口でぼ~っと立ってたら、メリーリィがこっちに気づいた。
「いらっしゃい……あ、リベラル……さんじゃない?」
よかった。俺の事覚えててくれてた。
「こんばんは。プロキオン、います?」
「お兄ちゃんなら、今厨房に…… あっ!」
そこまで言いかけて、しまったという面持ちで口に手を当てた。
すかさず他の客から相次いで呼び声がメリーリィに集まる。
すると、「あ、ごめんなさいね」 と、なぜかすごく気まずそうにそそくさとオーダーを取りに走っていった。
変なの。
厨房、って言ってたっけ。とりあえず奥へ行かせてもらおっと。
「こんばんは。プロキオンいるっ?」
カウンター越しにひょいっと顔を奥に覗かせると……
真っ白な帽子と服をまとったコックさんがひとり、こっちに背を向けて片手ででっかいフライパンを持って、もう片方の手で鍋をかき混ぜていた。
あ、あれ? プロキオンは?
と戸惑ってると、コックさんが振り向いた。
「すみませんねぇ、すぐできあがりますんで……って、あ?」
料理の催促の客だと思って満面の営業スマイルで応対した彼の顔が、俺を見た瞬間に一気に崩れた。
「リ、リベラル!? なんでここに!?」
そのコックさんこそ、プロキオンその人だったんだ!
「それはこっちのセリフだ! なんでプロキオンがそんなカッコしてんだよ!?」
「見りゃ分かんだろ? メシ作ってんに決まってんだろうが」
調理する手を休めず、プロキオンは開き直って言った。
あれよあれよという間に、フライパンの中身と鍋の中身がたくさんの皿の上に盛られていくのを、俺はあっけに取られて見ていた。
「で? 俺に用があって来たんだろ?」
次の食材にとりかかりながらそう言われて、俺は本来の用事を思いだした。
「あ、そだ。この辺でさ、夜食のテイクアウトできる店教えて欲しいんだけどさ」
プロキオンはむすっとした顔で、ちらっと俺を見た。
「あのさ、おまえ、ここをどこって思ってんの?」
「っていう事は、ここでもできんの?」
「あったりめーだ。 そんな事だろうと思ってさ、ほれ、俺からのおごりだ」
プロキオンが一瞬調理の手を止め、ほいっ!とよこしたのは、おっきな紙袋。
中をのぞくと、ありあわせの具だけど、うまそうなサンドイッチがぎっしりつまっていた。
「わ! さんきゅう!」
見てるだけっていうのがなんとも辛い。早く食いてぇ!
「それと、ついでにこれも頼む」
さらに押付けられたのは、カゴに入ったおなじようなサンドイッチ。
「これを、帰る時に河で仕事してるヤツに渡してやってくれ」
そう言うとプロキオンは再び料理と向き合った。
「その人はどこにいんの?」
「この街に来た時着けた桟橋があるだろ? そこにいるはずだ」
「分かった。この店の近くだよね。ちゃんと渡しとく」
『フィンセオ』を出て、桟橋の方に歩いて行くと、小さな船が横付けされていて男の子がひとり、カンテラで照らしながら水面のギリギリのところで覗いてるのが見えた。
灯りで照らされた横顔は、なぜかすごく不安そうにみえた。
「どうしたの? 君ひとり? プロキオンからこれ預かってきたんだけど」
そういってカゴを差し出すと、男の子の瞳はみるみる潤んで大粒の涙を落とし始めたんだ。
「お、おいっ、俺はなんにもしてねーぞっ」
思わず後ずさろうとした俺を、男の子は俺の服をガシッと掴んで涙声で訴えてきた。
「お、お父さんが……河から上がってこないんだぁ……」
ま、まじかよ!?
俺は慌てて船に降りて、水面をのぞいた。
水の中で、淡い光が無数に点在して揺らいでいた。
まるで水の中にも、星の世界があるみたいだ。でも見とれている場合じゃないぜ。
カンテラの灯りだけでは探しようがない。
ウェストポーチから発光石の懐中電灯を取り出して、っと。
防水もしてあるって書いてあったから、水中で使ってもたぶん大丈夫だ。
水は冷たそうだけど、思い切って飛び込んでみるしかない。
意を決した俺は、靴を脱ぎ、上半身裸になると、深呼吸をしてすぐに河の中に飛び込んだ。
河の中は、さらに幻想的な雰囲気に包まれていた。
淡い光の正体は、水草の先についた丸い実が光ってるからだった。
そんな事より、早くあの子の親を探さないと……!
水の冷たさが身を切るように痛いのを我慢して、懐中電灯の明かりだけを頼りに俺は探し続けた。
すると、少し前で小さな泡が、光の中を数粒浮かんで行った。
……きっとあれだ! そう俺は確信して、水底へと急いだ。
泡の出た方向へ懐中電灯を照らしてみると……いたいた!
男の人がひとり、身体を水草に絡まれて気を失ってるみたい。
やべ! 早く引き上げないと!
水草はヌルヌルしてて、以外と茎が硬く両手を使わないと折るのは無理。
そのうち俺の息もヤバくなってきて、苦し紛れで渾身の力を込めると、なんとかはずれてくれた!
すかさず彼の下に潜ってかつぎあげると思いっきり底を蹴ってがむしゃらに浮上した。
そして数分後。
俺は意識を取り戻した男の人と少年のお礼攻めにあっていた。
「ほんとうにありがとうございました。あなたが来てくれなかったらどうなってた事か……」
俺の手を、男の人にしてみれば以外と華奢な手でぎゅうっと握られたまま、彼は目をうるうるさせて何度もお礼の言葉を繰り返した。
「お礼はほら、プロキオンに言ってくださいよお。届け物頼まれなかったら、俺がここに来る事はなかったんですから」
あ、あはは。俺はこういうの、苦手なんだよなぁ。
とりあえず河岸で焚き火をして暖を取りながら訳を聞くと、彼はここにしかない水草とその実を取りにきて、事故にあったそうだ。
この水草には不思議な事に防御能力があり、実を守るため何者かが近づくと急に丈を伸ばして巻き付く性質があるんだとか。
でも危険を承知で潜らなくてはならないらしい。今回はうっかりして水草に捕まり、動けなくなってしまったんだって。
そして不思議な縁の引き合わせ、ってあるんだろうとしか思えない奇跡が起こった。
あの水草こそ『ズッコ』と呼ばれる貴重な紙の原料で、光る実から取れる汁も、『レン』と呼ばれるインクの原料だったんだ!
たくさん材料を使う割には、少ししかできないんだけど、 命の恩人だから、って特別に奮発して分けてもらえる事になった。やったね!
いつものシチュエーションなら、悪いから、って断っているとこだけど、この有難い申し出を断る理由は、今のとこないからね。
明日の夕方にはできるので、どちらに届けたら……っていうので、とりあえずグラウ爺の工房の方へ、とお願いした。
ほんとは取りにいけたら一番いいんだけど、まだこの街、慣れてないからなぁ。
すっかり乾いて温まってから、俺は、親子とお礼の言い合いを何度もして、シャルミィたちが待ってるはずのグラウ爺の工房へと急いだ。