28 災い転じて材料見っけ!
メルトバットのキイキイ声もいつの間にかぴたっとやんだ中、俺の歌声だけが狭い空間に響いていた。
えっ? えっ? みんな聞き入ってくれてんの?
よっしゃ! そんじゃあここらでサビをっ!
「どぉすっりゃいいんだぁ~(たんったん) こっの場合ぃ~」
さらに歌声が響き渡った時!
突然洞窟全体がゴゴゴ……と地響きを立てて揺れ始めた。
天井や壁が細かい破片になって、みんなの上にパラパラと剥がれ落ちてくるっ!
「うわっ!」
「きゃあ!」
プロキオンは手のひらを閉じて慌てて魔法をキャンセルすると、頭を抱えながら、祭壇のすぐ近く、俺たちの所に走ってきた!
それを合図にしたかのように、メルトバットたちはいっせいに我先にと通路から出口へと逃げてってしまった。
ええっ?! もしかして俺のせい!?
プチラのカラオケ大会で2位を取った事あるから、俺って歌上手いって思ってたけど、もしかして、もしかして……!?
足の痛みも忘れてパニクってると天井や壁が剥がれ落ちた所から淡いブルーの光が漏れ出して、洞窟を照らしだしたんだ。
「わぁ……。綺麗」
地響きも治まったので少し安心したのか、みんなこの幻想的な絵に見入っている。
それと同時に神殿も同じように輝きだし、辺りの石畳のわずかな隙間からいくつも緑の芽が出たかと思うとみるみる成長して、雪のように白く星のような形の可憐な花を咲かせた。
小さなきらきら光るしずくを散りばめて。
そしてさらに不思議な事に、祭壇の中からほんのりピンクの光を放っている球がふわふわと出てきて、薄いスモークがポン、と中からはじけると俺たちと同じくらいの年格好の女の子が立っていた。
ふんわりとしたピンクのローブを着てて、ばあちゃんみたいなハニーブラウンの腰までありそうなサラサラの長い髪。
そして可愛い声で俺たちに語り始めた。
「みなさん、ここの呪いの結界を解き、私を開放してくださってありがとうございました。私はこの神殿付きのソーサレス、アステルと申します」
というと、ぺこりと頭を下げた。
「えっ?別に結界を解くなんて事、してないけど? なぁ?」
俺はシャルミィに膝枕されたままみんなに同意を求めた。
みんなおんなじようにうんうんとうなずいてる。
その妖精みたいな女の子……アステルは、少し首をかしげて不思議そうな顔をしながら俺たちを眺めて言った。
「いいえ、さっきのあの歌。あれは紛れもなく破魔のメロディ。しかもあなたのアレンジはとても効果絶大でしたわ」
「あ、アレンジ? んな事、してねぇぞ?」
俺が真っ向から否定すると、アルが急にプッと吹き出した。
「アレンジって言ったら聞こえはいいけど、ただ単に調子っぱずれなだけじゃねぇの?」
「そうそ。あんなにオリジナリティー満載の節で歌うヤツ、オレは初めて見たね」
プロキオンまでおちょくりだした! 腹立つ~!
「とにかくさぁ、結果オーライなんだから、いいんじゃないかよっ! もうこの話は終わりっ!」
俺はぷんすかしながらこの話題を無理矢理締めくくった。
そんな風にぎゃあぎゃあ言い合う俺たちを、アステルはポカンとあっけに取られて見てたが、
話(?)が終わったのを見計らって再び話し出した。
「アルジェントも久しぶりですわね。大変な目にあって、さぞかし辛かったでしょう。
本来なら、私が張った結界には災いをもたらすモンスターや魔物は入れません。
でもあの魔法使いは紛れもなく人間でしたから、侵入を赦してしまったのです。
相手の力は、私の力をはるかに上回っていたんですね……。
いとも容易く結界は破られてしまいました」
アステルはそこまで話すと深いためいきをつき、一呼吸置いてまた話し始めた。
「あの日はここの神殿にいた大勢の参拝の人たちを別の安全な場所にテレポートさせるのにかなり力を使ってしまい、町の人を助ける事すらもできませんでした。アルジェント……あなた方ガーディアンのお役にも立てずにほんとに申し訳なく思ってます」
アステルの表情がだんだん暗くなってきて、俺はこのコがすごくかわいそうになってきた。
「あの魔法使いは、ガーディアンたちが戦闘不能になったのを待って、ここに呪いの結界を張っていきました。私が二度とここから出られないように。そしてあのメルトバットを見張り役に引き入れたのです」
そこまで言うと、アステルは再び深いためいきをついた。
「いや……あいつを倒せなかったのは、オレたちガーディアンが力不足だったせいだ。あんたのせいじゃねぇよ」
アルが壁にもたれて呟くように言った。
おいおい……仮にも祭壇の主に『あんた』よばわりかよ……
するとアステルは、ふっと微笑むと嬉しそうアルに言った。
「あいかわらず、あなたは優しいのね。アルジェント」
アルはみるみる真っ赤になると、ふいっとそっぽを向いた。
ははは~。照れてやんの。
「でもみなさん、どうしてここに来られたのですか?」
そうそう!ほんとの目的を話さないと。
「魔法のセレモニーに使うクリスタボトルの材料が、ここにあるって聞いたんですけど。アル・ラー・ニハーヤという鉱石と、シュテルン・ブルーメの露なんです」
俺がそう説明するとアステルは驚きを隠せずにいた。
「まぁぁ。そうでしたの。それらを求めて来た人はごくわずかだけどいましたわ。
でも大半はメルトバットの餌食になってしまい、命からがら逃げ帰った人はほんのひと握りしかいませんでした……」
声を落として呟いた。
「じゃあ、もしかして街に来るはずだったキャラバンも……」
アルが言うと、アステルは暗い表情のまま無言で頷いた。
しばらくしてまた笑顔になると、
「でも、あなたたちはここを元どおりにしてくださいました。
今はそれだけで私はとても嬉しいのです。
アル・ラー・ニハーヤは、壁で青く光ってるのがそうです。
シュテルン・ブルーメはここに咲いてる花の事です。今のうちに露を集めるといいでしょう。 どうぞお好きなだけ持っていってください」
やった~!ようやく材料をゲットできるぜ!
シャルミィは俺をそっと膝からおろすと、壁にもたれて座れるようにしてくれた。
ちぇ。残念。結構気持ち良かったのに。
「リベラルはここで休んでて。私たちが材料を集めるから、ね」
シャルミィはそう言って立ち上がると、アルやプロキオンと材料集めを始めた。
「オレとプロキオンは壁のをやっつけるから、シャルミィはこれに露を集めてくれ」
アルはシャルミィに小瓶を渡すと、腕まくりをして作業にとりかかった。
みんなが作業をしてるのを見てたら、また足の痛みがぶり返してきた。
あ、痛たたた……なんか熱持ってきたみたいだ……
早く帰って、医者に診せたいぜ……
くそ~、いくらぐらいかかるんだろ。持ってきた分で足りるかなぁ……
なんて事を目をつぶって考えてて、ふっと目を開けるとアステルが前に来ていた。
「足、メルトバットにやられたのですね? 痛みますか?」
俺の足を痛ましげに見ている。
「ははは……。こんだけひどけりゃあね」
俺は思わず素直にそう口にした。
「ちょっと我慢してくださいね……」
アステルはそう言うと、目を閉じて俺の足の傷に両手をかざすと、
撫でるようにをゆっくりと膝の方からつま先へと動かした。
手が通り過ぎた所から、水に溶けるように痛みが消えていく。
それと同時に、あんなにひどかった傷もみるみるふさがっていった。
「どうですか?ちょっと立ってみてくださいな」
さっきまでの傷がまだ記憶に生々しかったので、
ちょっと立つのをためらったんだけど、思い切って立ってみた。
あれれ? いつもとおんなじだ!
うんうん。ジャンプしても全く問題ないし。
「うわ~、しっかり治ってるよ。アステル、ありがとう」
「お役に立てて良かったですわ」
アステルも嬉しそうに笑った。
アルが別れ際に、アステルにこう言っていた。
「アステル、オレは必ず自分の呪いを解いてここに帰ってくる。もちろん、魔法も使えるようになって、な。そしたら前のような賑やかで平和な町に絶対してみせる。だから……待っててくれねぇか」
アステルは、すっごく嬉しそうに、何回もうんうんとうなずいていた。
「でも……」
すぐに少し困った顔になった。
「でも?」
すかさずアルが聞き返す。
「アルジェントの呪い、さっきの彼の歌声のおかげで結界と一緒に消えたわよ?」
「ま、マジかよ!?」
アルと俺の声が妙にハモった。
「こんなやつの歌で解けた俺にかかってた呪いって一体……」
げんなりしたアルの声が洞窟に響いた。
「悪かったな! こんなヤツ、で」
俺に感謝しろよな!
「よしっ!材料も集まったし、後は速攻で帰って、グラウ爺にボトルを作ってもらおうぜ!」
プロキオンがアル・ラー・ニハーヤがいっぱい詰まった袋を担ぎ上げながら声をかけた。
「アステルさん、いろいろとありがとうございました。おかげで助かりました」
シャルミィがアステルにお礼をいうと、彼女はぶんぶんと手を振った。
「いえいえ!助けていただいたのはこちらの方です。
あのまま結界が張られたままだったら、私の力はいつかは完全に失われるはずでしたから。
私はもう人間をとっくに卒業しちゃいましたからね。
力が無くなっちゃったら完全にアウトでした。
あ、でも人間だった時はこの姿そのままだったんですよ~」
と、くるっとターンして見せた。
「私たちこそ、ここの材料がなかったらとても困ってたとこでしたから。
でもアステルさんって、妖精みたいな存在なんですよね」
「あら~そんな可愛いものじゃないですよ~。
神殿にいるのには、この方が便利だし、力もめいっぱい出せるんですよ~」
ってな調子で、おしゃべり大会でも始まりそうだったので、
ふたりには悪いと思いながらも時間が勿体無いので話しの流れをぶった切らせてもらった。
「シャルミィ、この話の続きはまた今度にしようぜ。
モンスターももういないんだから、いつでも来れるし」
「そうね。今度来る時は、私たちも絶対魔法を使えるようになってるわね」
「そうなってなきゃ、アステルに笑われるかもな」
「うんうん」
アステルに、『また来るよ』と約束して、俺たちは洞窟の外に出た。
表はもうすでに夜。
満天の星空の中で、まんまるの月が静かな光を放っていた。
月明かりとプロキオンの腕のおかげで、船は順調に河を下っていった。
これで念願のボトルはできるはず。
そしたら後はセレモニーを待つばかり。
う~ん、なんだかドキドキして来た~。
シャルミィとアルは船に乗ってまもなく夢の中へ。
「ちぇ。こいつら、いい身分だぜ~。ふぁぁあ。オレも眠い~」
プロキオンは苦笑してそうぼやきながらも、船をちゃんと安全に導いてくれてる。
俺はなんだか目が冴えてきて、舳先近くで行く先をずっと見つめていた。
クリスタボトル……早く手にしたいな。