2プロローグ 水難の相
「あなたに水難の相が出てますわ」
先を急ぐアップルの前に現れたのは、1人の少女でした。
カイマークス共和国。
四方を海に囲まれたこの国は海路が発達しており、港が至るところに存在する。
そんなカイマークス共和国の首都ミズナリトーハでの出来事。
白い小袖に緋袴を身につけた少女はアップルの目の前に仁王立ちし、右手の人差し指を彼女に突きつけている。
港はそこらかしこで見るが、今いるミズナリトーハという都市は港や海からは少し離れているので、まかり間違っても誤って落ちるということは無い。
「な、何を言うんですか。アップル様に水難の相など出ておりません」
珍しく不快感を見せたブラックベリーはアップルの手を引き、その場に硬直したままの少女を放置して歩いて離れていく。
「ブラックベリーさん、あの、水難のそ」
「アップル様、先を急ぎましょう」
珍しくアップルの言葉を遮ったブラックベリーだった。
これ以上聞いてはいけないオーラを醸し出すブラックベリーに、アップルも無言になっていく。
「アップル様、お腹空いていませんか。もし良かっ」
「いらっしゃい~!!」
アップルに話しかけようとしたブラックベリーの言葉を遮ったのは身長ニメートルはあろうと思われる大男。
白いシャツに白いエプロンをつけた姿は滑稽だが、本人は至って真面目だ。
その背後に置かれているのは移動屋台『マイシーナ』であり、多国籍料理屋『グルップ・マナヒータム』と白地に黒色の文字で書かれたプレートが掲げられている。
カイマークス共和国の首都ミズナリトーハから離れること二時間あまり。
ここはロッキンブルーム。
この国唯一の水の上に建設された都市で、移動手段は徒歩か政府からの支給というマイ船かどちらからしい。
「!?」
急な横入りにブラックベリーは目を白黒させた。
「どうだ!! 俺の店に寄らないか!!」
大男はそんなブラックベリーの鼻先まで顔を近づける。
「!!」
普段から異性に顔を近づけられることが皆無なのに、いきなりの事で彼女の体が何メートルか後ろに下がり、地面に派手に尻餅をついた。
それに巻き込まれる形でアップルが押し出されて道路の端から下にある海に墜落したのだが、ブラックベリーはその事に全く気づいていない。
「俺の料理、今日はイキの良いのが揃ってるんだ。どうだ?」
再び顔を近づけられてはかなわないとブラックベリーは渋々承諾する事に。
「わ、わかりました。どうしますか、アップル様?」
と彼女が振り返ると後ろにいたはずのアップルが影も形もなかった。
「アップル様、アップル様!」
当然彼女が海に落ちたことも知らないので、辺り一体を見回す。
「どうした?」
何かおかしいと感じた大男が聞いてきた。
「アップル様がいないのです」
大男とやり取りしている間にさらわれたのかもしれない。
アップルの護衛係として、あってはならないこと。
なんとしてでも見つけないといけない、その気持ちだけが彼女を動かしている。
「……水難の相が出てますわ」
白い小袖に緋袴を身につけた少女がそんなことを言っていたのを急に思い出したのだ。
(水難? 海ですね!)
「ブラックベリーさん」
「!!」
目の前に突然現れた全身水浸しのアップルに驚いて何メートルか後退して地面に出来た水溜まりに派手に尻餅をつく。
大男のみならず身内のアップルにまで驚かされ、ブラックベリーは動揺を隠し切れない。
「二人共ビショビショだな! 着替えるか?」
二人共着替えもないので、大男の好意に甘えることにした。
「ゴメンよ、男の服しかなくて。でもなんかしっくりだな!!」
服を借りて着替えてきたアップルを見て、大男は何故か納得したようだ。
「アップル様……」
ブラックベリーはため息をついていた。
長い髪の毛、黒い帽子に長袖で地面につきそうなマントという格好は、国民のほとんどが半袖とも言われる気候の良さが売りのカイマークス共和国では一際目立つ存在。
「ブラックベリーさん、似合いますか?」
アップルの格好はブカブカの半袖シャツとブカブカの長ズボンだが、長い髪の毛と帽子、マントがないので少女のイメージよりは少年のイメージが強い。
「アップル様、久しぶりにその格好されましたね」
ブカブカの半袖とブカブカの長ズボンという男性の服装を着たブラックベリーもなぜだか男っぽく見える。
「久しぶりにその格好ってことは、普段は着てないのか?」
「そうです」
大男の質問に答えるブラックベリー。
「それには特別な事情があるんですが、今それを言う訳にはいきません」
「まぁ別に聞かないけど。言いたくなったら言ってくれや」
「ありがとうございます。お礼に何かお手伝いさせて下さいませんか? どっちにしてもこのままでは動くことはできませんので」
自分の服が乾く間は身動きが取れないので、大男に手伝いをかってでるブラックベリー。
「おう! そしたらそれを洗ってくれや」
大男が指さした所には大量の使用済みの皿が流し台に積まれていた。
「はい、やらしていただきます」
ブラックベリーは皿洗いを手早くこなしていく。
「おお、スゴイな」
その手さばきに大男も舌をまく程だった。
「ありがとうございました」
濡れていた服が乾き、服を着直すとまた二人のいつもの格好に戻った。
「名前、教えてもらえませんか」
「俺? 俺はユズト・ムラマサ」
「私はブラックベリー・ライトブリックスと言います。今回は色々ありがとうございました」
ブラックベリーはアップルと共に頭を下げる。
「アップル様、行きましょう!」
アップルを促して、先を急ぐブラックベリーだった。
第一話の後ろに話を追加しました。
登場人物
アユム・アップルフィールド
→魔王サクミードにより魔力を奪われ、伝説の暗黒竜探しをしている。
ブラックベリー・ライトブリックス
→アップルの護衛係。
代々続く魔弓使いの名門ライトブリックス家のお嬢様。
ユズト・ムラマサ
→多国籍料理屋『グルップ・マナヒータム』を経営している。