1プロローグ 冒険の始まり
「もう少しです、アップル様」
ブラックベリー・ライトブリックスは、傍らを歩く人影に声をかけた。
カンクラム帝国の帝都ワニルリの市街地から離れた辺鄙な場所を歩く二人。
地平線まで続く一本道が左右に広がる緑に映える。
雪が多少残るフミファ山が右手に見えてきた。
アップル様と呼ばれていたのは黒い帽子を目深に被り、黒いマントを羽織っている、アユム・アップルフィールドという少女。
珍しいことにこの少女には魔力が存在しない。
異世界フニクルを征服しようとする魔王サクミードによって、魔力を封じられたのだ。
「ありがとうございます、ブラックベリーさん」
アップルは傍らの女性に目を向けた。
ブラックベリー・ライトブリックスは代々続く魔弓使いの名門ライトブリックス家のお嬢様。
深緑色の髪の毛を腰まで垂らしていて、黒を基調とした膝丈のワンピースを着ている。
「ふふふ、どこへ行くのかしら?」
目の先の道路に立ち塞がる女がいる。
自慢のナイスボディを見せつけるかのように、上半身の部分にもスカートの部分にも大胆にスリットが入っている。
「アユミ・ランキャッス」
女から出た言葉に、ブラックベリーが戦慄した。
「な、なぜ、それを知ってるんですか?」
「一応それなりにね」
ブラックベリーはアップルを後ろに隠すようにしている。
隙あればアップルを逃がそうとしているのだ。
と何かがブラックベリーの頬をかすめた。
彼女の右頬を赤い血が糸のように伝っていく。
「ぶ、ブラックベリーさん!」
「大丈夫です」
アップルの悲痛な叫びにもブラックベリーは冷静に答える。
「ほう、できるわね」
女の元に戻ってきたのは、 全長10~30cm程度の中心に穴のあいた金属製の円盤の外側に刃が取り付けられたチャクラムと呼ばれる投擲武器。
「チャクラム……、ということはあなたは魔槍使いですね」
「ご名答、いかにも私は魔槍使いよ」
魔槍使いと名乗った女は手元に返ってきたチャクラムを弄びながら、ブラックベリーを一瞥する。
「まずはあなたから。串刺しにしてあげるわ」
魔槍使いの女の右腕から急に現れたのは、棒みたいな感じの物体。
(投槍ですね)
ブラックベリーの分析通り、この武器は棒の先に穂と呼ばれる槍頭がついた投擲武器、投槍。
「アップル様、逃げて下さい」
ブラックベリーは語尾を強めるとその場に仁王立ちをした。
この道は誰も通しはしない、そんな思いだった。
アップルは全力疾走でその場を離れていく。
「ブラックベリーさん」
本当は離れたくなかった。
ただブラックベリーが傷ついていくのを見るのはもっと嫌だった。
だが自分に魔力は湧いてこない。
非力な自分が悔しかった。
ブラックベリーはポケットから何かを取り出し、手のひらに乗せる。
手のひらに置かれたアクセサリーが魔力を吸収し急激に大きくなる。
「ロングボウ、魔弓使いね」
魔槍使いの女はブラックベリーの持つ武器を冷静に判断する。
ロングボウは長さが120-180cm程もある弓の種類の一つ。
これに魔矢と呼ばれる魔力で出来た矢をつがえ、投射するのだ。
ワニルリ。
異世界フニクルではランキャッス王国に次ぐ広大な面積を持つカンクラム帝国の帝都であるワニルリはレンガ造りの建物が立ち並び、多くの人が行き交う街。
アップルはそのメインストリートをトボトボ歩いていた。
(ブラックベリーさん……)
思っていても魔力がない以上、手助けすることも出来ない。
自然と目から涙が垂れてきて、地面に落ちていく。
とその時だった。
「どうしたの?」
「うわっ!?」
急に背後から声をかけられ、アップルは思わず目頭を拭う。
見れば黒髪にポニーテールの少女がにっこり微笑んでいる。
「私はヴァニラ・ビィクトラーゼ、貴方は?」
「あ、あの……」
今はそうゆう気分ではない。
無駄に元気なのも腹立つ。
しかしせっかく相手が自己紹介しているのに、自己紹介を返さないというのもそれはそれで変な話なので、
「あっ、アユム・アップルフィールドです。ば、ヴァニラさんは何使いですか?」
と自己紹介ついでに相手のことも聞いておく。
「私? まほうつかいよ」
「魔法使いですか?」
アップルは考え込んでしまった。
魔法使いは専門の武器使い〔魔弓使い、魔槍使い等〕と違って全ての武器に精通しているため、どうしても個々の武器に使われる魔力が弱くなる傾向にある。
でもいないよりましとブラックベリーのところまで連れていくことに。
「ごめんなさい、ちょっと来てください」
「ちょ、ちょっと。どこいくの?」
ヴァニラの腕を引っ張り、元来た道を引き返すアップル。
魔槍使いの女は右手に投槍を持つとブラックベリーに襲いかかってきた。
(投槍、手強いです)
基本武器が投射専門のブラックベリーなので、接近戦はあまり得意ではないが、やれる事はやろうと決意した。
「死ね!」
女が突き出した投槍を右手で押さえ込み、左手でもう一つの武器吹き矢を手のひらの上で魔力を与えていく。
「吹き矢!?」
女は面食らったようだ。
本当は吹き矢は出したくないし、これ自体が汚点と感じているブラックベリーだが、吹き矢自体の扱いは慣れたもの。
「ぐはっ!」
女は苦痛に顔を歪ませる。
「そ、そんな使い方……」
ブラックベリーは吹き矢の筒を左手に持ったまま、女の横腹めがけて振ったのだ。
元々女の服自体も横腹は服によってのガードはほぼなくて露出しているのだから、痛みがダイレクトに伝わったという訳。
吹き矢は矢を吹くものと思い込んでいた女はあまりの痛みに耐えかねて、彼女から離れる。
「さっきのお返しです。吹き矢は筒がありますので」
勝ち誇ったようにブラックベリーは女に言い放つ。
さっきのお返しとは、右頬をチャクラムによってかすめられ、血が出たことだ。
「ふふふ、やるわね」
女は右手に投槍を持ち、左手でもう一つの武器チャクラムを手のひらで魔力を与えていく。
チャクラムも投槍も投擲武器なのでどちらとも投げることはないかもしれないが、チャクラムの動きが女の魔力によって制御されているのでやりにくい。
さっきのように投槍を押さえ込んでも、チャクラムが飛んできたら元も子もない。
作戦を練らなければ、確実にやられてしまう。
女がチャクラムを左手で弄び始めた。
アップルはヴァニラの腕を引っ張って走る。
「ちょっ、ちょっと」
ヴァニラはコケないように必死に追いついてくる。
ブラックベリーを助けたい、無我夢中だった。
「あっ!」
前方に武器を構えて動かない二人を発見する。
「ば、ヴァニラさん、て、手前の弓を持っている人を助けて下さい」
「なんだかわからないけど、助けたらいいの?」
「は、はい、そうです」
アップルの言葉にヴァニラは右手でポニーテールの結び目にあるリボンに手をかけ、リボンとは違う何かを引き抜く。
それが手のひらで魔力を与えられると何かがわかった。
「ろ、ロケットランチャー!」
アップルは思い出したのだ。
『まほうつかい』と呼ぶ言葉は二種類あり、魔法全般に精通している『魔法使い』と、砲身を持つ武器を使う『魔砲使い』がいるのだ。
ヴァニラはロケットランチャーを持っていたので後者の『魔砲使い』となる。
「発射!」
ヴァニラが構えたロケットランチャーから魔弾が発射された。
その時に砲身から巻き起こる爆風により自身の履いているスカートが巻き上げられて白色のパンツが丸見えになっているのだが、場所的に本人からは死角になっていてそのことに全く気づいていない。
発射音は風を伴い大地を揺るがし、それは敵対している二人にも届く。
「きゃ!」
「新たな応援!?」
突然のことに身をかがめるブラックベリー、そして魔槍使いの女も面食らい地面にドサッと尻餅をつく。
「これでいい?」
「・・・・・・」
ヴァニラの言葉にアップルは呆然と立ち尽くす。
「覚えていなさい!!」
ヴァニラの武器、ロケットランチャーに恐れをなしたのか、女は逃げるように去っていく。
「ヴァニラ・ビィクトラーゼです、よろしくお願いします」
ロケットランチャーを再び魔力で小さくしてポニーテールのリボンに挟むと、ヴァニラは深々と頭を下げた。
「ブラックベリーです」
ロングボウと吹き矢を魔力で小さくしながら、ヴァニラに自己紹介をした。
「今回はありがとうございました」
「そんなの、全然いいですよ」
ヴァニラは再び頭を下げると、踵を返して去っていった。
「ごめんなさい、ブラックベリーさん」
再び二人きりになると、アップルがブラックベリーに頭を下げた。
「頭を上げてください、アップル様。私を助けようとしてくれたのですから、私の方がお礼を言わなくてはいけません。ありがとうございました。さぁ先を急ぎましょう」
ブラックベリーはアップルを促して、先に進むことにした。
異世界の冒険記となります。
よろしくお願いいたします。
登場人物
アユム・アップルフィールド
→魔王サクミードにより魔力を奪われ、伝説の暗黒竜探しをしている。
ブラックベリー・ライトブリックス
→アップルの護衛係。
代々続く魔弓使いの名門ライトブリックス家のお嬢様。
ヴァニラ・ビィクトラーゼ
→ロケットランチャーを操る魔砲使いの少女。