始まりは突然に
正直ここに来た瞬間、騙された、と思った。一眼見ただけで、世間一般の高校とは違うと分かる。広大な敷地に壮麗な校舎、なぜあるのかすらわからない薔薇園に、迷路のような植込み。確かに、私立の高校だからそれなりにはいい施設なのだろうとは思っていた。だが、これは明らかに浮世離れしていた。そもそも、こんな場所が日本に存在していたのかとすら思えるほどだった。
「くそおやじ……覚えてろよ!」
五十嵐彰人は、どこにもぶつけようのない怒りをどうにか鎮め、荷物で膨らんだスポーツバッグを肩に掛け直した。
ここに来てしまったからには、もう後戻りをすることも出来ない。五十嵐彰人は、盛大にため息をつくと、今まで入ったことも見たこともない建築物に足を踏み出した。
入学初日から、早一週間。柏原孝臣は、すでにこの学校に退屈していた。できることなら今すぐにでも辞めてしまいたいのだが、これでは彼の人生設計が途中で狂ってしまうことになる。それだけが、彼をこの学校に居させる理由だった。
そんな彼は、成績優秀で、松・竹・梅とランク付けされたクラスの松に所属していた。
「馬鹿馬鹿しい。友情?楽しい学校生活?そんなものどうだっていい。これは、俺の一生をかけたビジネスなんだ。」
春宮若菜は怯えていた。中学時代にイジメを受けた彼女は、誰も知り合いが受験しないという理由でこの学校を選んだ。元々成績のよかった彼女は、竹クラスに所属していた。
入学から一ヶ月、人当たりも良く、明るい彼女は友達も無事にできた。だが、心のどこかで、少し距離をとっていた。
「信用したらダメ。いつ裏切られてもいいように、その時に傷つかないように。信用した分、裏切られた時の心の痛みはひどくなるから………。」
明るく振る舞う反対側で、彼女の心は泣いていた。
枝折相馬は、何事もなく学校生活を送っていた。そんな彼は、竹クラスに所属していた。彼は人間観察を好んでしていたのだが、興味があるのはどちらかといえば、松クラスや梅クラスの方だった。優等生と劣等生というレッテルが、嫌でも貼られてしまう2クラスに対して、竹は中間。面白味があまり感じられなかった。
「どうせなら、もっと面白いクラスがよかったなー。普通ってのは、本当につまらないよね。人間も、それ以外もね。」
藍澤夏菜子はやるべきことを、黙々とこなしていた。だって、それ以外にすることがないから。彼女は、松クラスに所属しており、容姿端麗、成績優秀の二つ名で通っていた。しかし、彼女には心惹かれるものがなく、その表情は、いつもどこか物憂げな様子だった。
「私の人生ってなんなんだろう。」
それぞれ、何かしらの悩みを持ちながらも、彼らは毎日の学校生活を送っていた。そして、それが崩れるとは誰も思っていなかった。
それが起こったのは、期末テストが終わり夏休みに入る前日、終業式での事だった。
「それでは、これで終業式を終わります。尚、この後一年生には大事な話がありますので、この場に残るように。」
一秒でも早く夏休みを迎えたいと思ってそわそわしていた生徒たちは、途端に不服そうな顔を前面に出した。
「さて、君たちに残ってもらったのは、夏休みからの生活においてとても重要な事があるからだ。この一学期で、だいたいこの学校にも慣れただろう。そのため、これからやっと、本来の蓬莱学園の指導に入る。今回はその説明だ。まず、君たちをクラス、男女関係なく五人一組のチームを作る。そして、これからはそのメンバーと共同生活をしてもらう。」
突然の先生からの言葉に、生徒たちからは不平不満がとんだ。だが、そんなことはお構いなしで話を続ける。
「この学校では、卒業時に成績優秀者が蓬莱大学に全特待生として入学できるという事は皆知っているな?」
その一言に、柏原孝臣の目が光った。彼がこの高校に入ったのは、その先の、大学に入るためであったのだ。
「その成績優秀者というのは、この上位3チームの事だ。だから、大学を目指している者は、五人で協力してこの3チームに入ってくれ。以上、何か質問があるやつはいるか?いないならこれで終了だ。尚、チームは体育館の後ろに貼り出してある。共同生活や、詳しい説明については、各チームに一冊ずつ説明用のパンフレットを配布する。ということで、それじゃあ各自解散してくれ。」
生徒たちは、わけがわからないまま、とりあえず我先にと掲示板に駆け出した。
皆、自分の名前が書かれた掲示板を探す。そして、そこで初めて彼らは出会った。
「え、えっと……ここにいるってことは、お前らも第五班ってことか?」
沈黙を破ったのは、五十嵐彰人だった。
「そうだよ。先生の話によると、この五人でこれから共同生活をすることになるね。」
五十嵐に答えたのは、枝折相馬だった。
「俺は、この組み合わせには納得出来ない。」
突然口を開いたのは、柏原孝臣だった。
「俺は蓬莱大学に行くためにこの学校に入ったんだ。だから、松クラスの藍澤はまだ良いとして、他の奴らは梅か竹なんだろう?そんな奴らと組めるわけないだろう。俺の計画を無駄にしてしまうだけだ。」
「なんだよてめぇ。さっきから黙って聞いてりゃ散々言いやがって。一体何様なんだよ!」
声を荒げて五十嵐が柏原に掴みかかると、慌てて枝折が二人の間に入った。
「まぁまぁ、少し落ち着いて。僕たちが何を言ったってどうしようもないんだから。とりあえずここを出よう。そっちの二人もいいよね?」
そう言って枝折が藍澤と春宮の方を見ると、二人は無言で頷いた。
五人が寮に戻ると、そこには人だかりができていた。
「なんだなんだ?今度は何なんだよ。おい、何があってるんだ?」
五十嵐がたまたま近くを通った生徒に声をかけた。
「俺たちの荷物が、全部カバンに詰められて廊下に出されてるんだ。そして、あそこの掲示板に新しいプリントが張られてる。君達も早く見てきた方がいいよ。」
そう言うと、その生徒はその場を立ち去った。
「僕たちも、見てみようか。」
五人は、どうにか人混みを押し分けて掲示板の前にきた。
【一年生の皆さんへ】
君たちには、今日限りでこの寮を出てもらいます。ですが、この学園の敷地内には班の数分のウッドハウスが用意してあります。これからは、そこで共同生活をして下さい。場所は早い者勝ちとなります。それでは、皆さんの健闘を祈ります。
「共同生活ってそういうことかよ。」
読み終わると、五十嵐はため息まじりにつぶやいた。
「僕たちも早く荷物をとって住むところを探したほうがいい。じゃないと一番遠いところになってしまうかもしれない。」
枝折の言葉に、四人はとりあえず納得し、荷物を持ってまた集まった。寮を出て、広大な敷地内を歩くが、校舎の近くはすでに先客がいた。
「クッソー、完全に出遅れたな。もうほとんどないかもしれないぜ。」
五十嵐がそう言うと、枝折は遠くに目を凝らした。
「あ、あそこまだ空いてる!でも、あの班がとりそうだな………。」
枝折が見つけたウッドハウスの近くには、荷物を持って歩いている班がいたのだ。その言葉に、四人は方向を変えて別の所を探そうとしだしたが、ただ一人五十嵐だけは違った。
「うおおおおー!あいつらに渡してたまるかー!!そこは俺たちがいただくぜー!!」
四人が気付いた時には、荷物を放り投げて叫びながら走り出していた。その速さは、見る目を疑うほどで、五十嵐が走ってくるのに気付いた他の班が慌てて走り出すが、あっという間に追い抜かすと、ウッドハウスの入り口にたった。
「はぁ、はぁ、はぁ、よっしゃー!ゲットしたぜ!」
そう言うと、遠くで呆然と五十嵐を見ていた四人に向かって、大きく手を振った。
しばらくしてやっと四人がたどり着くと、五十嵐が放り投げた荷物を枝折が本人に渡した。
「お、悪いな。サンキュー。」
「いや、全然いいよ。それより、五十嵐くんすごいね!まさか彼らを抜かせるなんて思ってなかったよ。本当にありがとう。」
そう言って、枝折は五十嵐の手をがっちり握った。
「よ、よせよ。俺はこれくらいのことしか出来ねぇからよ。それと、五十嵐君なんて気持ち悪いよ。彰人でいい。」
「じゃあ、彰人って呼ばせてもらうよ。」
そうして、どうにか第五班は共同生活のスタートラインに立つことができたのだった。




