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ここ、港街クラブハーバーは、グリングラウンド帝国の貿易を一手に担っている。
港には世界で一番の規模を誇る市場が広がっていて、ここにくれば世界中の食材が手に入るとまで言われている。珍しいものも多く、たまに動物の頭やら目玉やらと一緒に怪しげな教本がセットになって売られていることもある。誰が買うのかと思えば、その筋の少々マニアな客が買うらしく、今も、頭からすっぽり黒いローブを着た男が真剣な様子で商品を吟味する姿が見られた。
この市場には世界中の珍しい食材が集まり、料理長のバードックもよく訪れる。
帝国一の料理人である彼が作る料理はロキのお気に入りで、彼が作ったもの以外は食べないとまで言わせるほどだ。だからバードックが市場を訪れた時は、なにか珍しい料理が食べれるんじゃないかと、仕事も手につかない程そわそわしてしまい、ひどい時には仕事を放り出して調理場を覗きにいくほどだ。
「こういうの、バードックさん好きそうだねぇ」
異国の食材が並ぶ露店通りを眺め、笑うライトマン。
エネルも物珍しそうに辺りを見回し、ふと、ある場所で足を止めて座り込んだ。
「おや。なにか珍しいものでもあったかい?」
「おや。お目が高いねえ、お嬢ちゃん。これは最近はやりのライオネルフジタの海鮮スウィーツシリーズだよ、今ね、若い子にとっても人気なんだよ。どうだい一つ」
店の主人が大きな声で、身ぶり手ぶりで大げさに説明する。
店にはイカの丸焼きにチョコレートが掛っていたりタコの燻製に生クリームや苺がトッピングされているような、いわゆるゲテモノ系の商品がずらりと並んでいる。どう見ても食べれる代物ではないが、最近の若い子の流行りなんて全くわからないライトマンは、内心気持ち悪いと思いつつも何も言えず、吐き気を堪えてそっと口を押さえるのだった。
しかし一方のエネルはというと、そのラインナップを何故かちょっと瞳を輝かせて眺めていたりして―――
中でも一番気になっているのが、平積みになっている袋入り菓子『ライオネルフジタの満々海鮮スウィーツ』のようだ。それを、じーっと見つめている。味がどんなものなのか、必死に想像して見ているのだろう。だが彼女のその様子からして、けして味を疑っているわけではなくむしろ味に期待しつつも慎重になっているようだ。もちろん、買うか買わないかではなく、袋物か隣のグロテスクなスウィーツかで迷っているのだ。
彼女ともう二年間寝食を共にしているライトマンは、彼女の様子を見ただけでそれがわかった。
「エネル、もっと他の店を………」
しかし、その言葉はエネルの耳には届かない。
まあ袋物は、イカのやタコのようなゲテ物トッピングではないし、見た目的には一番マシだろうけれど。
何も言わないが、彼女のこの様子は、よほどそれが気にいったという証拠である。
「ご主人、じゃあこれひとつ下さいな」
ライトマンは苦笑して、財布を取り出した。
「はいよ、ありがとうね」
そのお菓子がよほど食べたかったのか、それからしばらく、エネルはずっとそれを両手に持って眺めたまま歩いた。危ないよ、と注意して見ても返事をするだけで、リュックにしまおうとはしない。それからまたしばらく市場を見て回り、修理に使えそうな部品などを大量に購入し、時間を潰した。そうしているうちに出港の時間が近づき、ふたりは急いで船に乗り込んだ。
「間に合ったね、危うく乗り遅れるところだったよ。ところでエネル、そのお菓子、本当に流行ってるのかな」
「お店の人が言っていた………です」
お店の人は商売だから、なんとでも上手く言うだろう。
しかもあの店主なんか身ぶり手ぶりで大げさに、明らかに売れない商品を純粋な子供に売りつけようとしているのが丸わかりだった。商品のセンスもそうだが、商売のセンスもないとライトマンは思った。
だがエネルは味に期待しているらしく、何も言わずじいっとそれを見つめている。ということで、二人はさっそくお菓子を食べてみることに。出港の音と共に潮風がさわやかに吹きぬけて、二人の口の中には生臭さと甘さの煉獄が広がる。二人は何も言わなかったが、それを飲み込むことなどできるわけもなく、口を押さえて呻くのだった。
「エ、エネル~。君はそういえばアレだね、お菓子を選ぶセンスがなかったんだったね」
今更思いだして、その事を口にすれば、エネルは無言で彼の足を踏みつけにして更に捻るのだった。
「うっごあああああああああっ?」
「美味しい、です」
「無理しないほうが」
「博士の飲んでるジュースより美味しい、です」
「あれは栄養ドリンクだからねぇ」
「あれは苦虫のしぼり汁、です」
「んー」
そう言われてしまえば、確かにそんな感じもしないでもない。
自分の飲んでいるドリンクはバードック特性のもので、体によいとされる食べ物や薬草がバランスよく配合されている。もちろん栄養面だけを重視したのだから、味なんて美味しいわけがない。しかも、青臭い。苦虫の絞り汁のような味、というのは正しいだろう。けど、そんなことを言われたら、次から飲めなくなってしまう。ライトマンはエネルの言葉を忘れようと、ぷるぷると首を振ってみた。