表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/54

1


 とりあえず帝都を後にした二人は、辻馬車に乗って港町までやって来た。

 地図を確認してみると、場所はどうやら海の中らしかった。一刻も早く不具合の調査をしたいところだが、そうも行かないだろう。とりあえず今はこれからの予定と聞きこみと、その前に腹ごなしだ。

 二人は安い定食屋に入り、少し早目の昼食をとることにした。

「ルインヴィルはグリングラウンド帝国からちょうど東、ウィリディス海の中にあるみたいだねぇ」

 ちょっと味付けの濃い海鮮パスタをすすりながら、帝国発行【魔造幻影地図】を広げて位置を確認するライトマン。この地図はグリングラウンドの情報機関が独自に調査・発行した資料で、魔操に関する職に就く者にのみ無償配布されている。

ライトマンは元々アカデミーの研究機関で働いていたらしいが、神殻修理工がいないから来てくれと、ロキが呼んだらしい。というふうに、エネルは聞いているが、本当のところはよく知らない。まあ、アカデミーもプライドの塊みたいな人間が多いし、そんな場所で長く働こうと思えるのはよほど我が強いか変態くらだろう――――ライトマンの性格上、そんな場所で働くより、一人で黙々と働く方が合っているのだろう。

「でもよかった、先週、最新版が届いたところなんだよ」

 しかしエネルはそんなことどうでもいいようで、パスタには少しも口をつけずにデザートのパフェを抱え込んで食べていた。

「それにしてもここのパフェは、少し甘すぎます」

「デザートは後で食べないとだめだよ」

「好きなものは先に食べる主義、です」

「お腹が膨れてしまうよ」

「お腹が膨れてパフェが食べれないのなら、パスタは要りません」

「じゃあパスタを注文しなきゃあよかったのに」

 パスタを食べ終えたライトマンは、パフェのクリームをすくって口にする。

 確かに甘い。

 なんというか、砂糖の塊でも食べているような気分だ。

「こんなもの全部食べたら、胸やけ起こしそうだな」

「でも食べなければ、もったいない………です。一緒に食べてください」

「やれやれ、とんだパフェを注文したな」

 仕方なく、ライトマンもパフェをつつく。

 と少し食べ進めた所で、厨房から突然爆音―――従業員が悲鳴を上げて転がり出てきて、追いかけるように黒煙が噴き出してきた。どうやらここでもまた、神殻が不具合を起こしているようだ。ライトマンとエネルはパフェを持って立ちあがり、厨房に向かった。

 黒煙の向うでは、調理機器から真っ赤な炎が噴き上がっているのが見えた。

 いくら調子が悪くても、こんなふうに故障することはないだろう。やはりこれも、例の不具合か―――ライトマンとエネルはパフェを食べながら、厨房に入る。

「こんな壊れっぷりは始めてみました」

「どんだけ乱暴に扱っても、こんな壊れ方することはまずないよねぇ」

 ライトマンはパフェをエネルに託すと、足元に転がるネジを拾った。

 青白い光をまとい、炎に触れたからではない独特の熱を帯びて皮膚に突き刺さって来る。熱いというより、光の粒が集団で暴れまわっているような感覚だ。

「これは魔操粒子だね」

 ライトマンは眼を丸くし、ネジを眺めた。

「魔操粒子が眼に見えるなんて、やっぱり異常だよ」

 ライトマンは辺りに転がる部品を見まわした。

 どれもこれも青白い光を帯びて、光の粒子を放っている。

「エネルも知っているだろう。魔操粒子ってのは、魔操を吸収する植物【夜光花】が一定量たまった魔操を、濃度の高い力―――つまり粒子に変えて放出することでようやく目にすることが可能なんだけど。普通に眼に見えるってのは異常だよ、夜光花を介さず力が濃くなっている証拠だ。これじゃあ、神殻も異常を来たすわけだよ」

 とトランクから修理道具を取り出して、調理機器を修理し始める。

「この世界にはもう、城の裏庭でワシが育ててる分だけしか存在しないんだけどね」

「知っています。二十年前の戦争で利用され………姿を消してしまった、と習いました」

「そう。魔操大戦――――魔操に関する新しい力を発見したことにより、それを利用して世界を支配しようと企んだ男がいてね。それだけならよかったんだけど、人間というのは欲深いもので、支配からの解放を望みながらも自らもその力を手に入れようとしたのさ。その時に利用されたのが、夜光花。濃度の濃い魔操で人工兵士・魔操傀儡を大量に作り出し、力を競い合った。お陰で夜光花は姿を消してしまったのさ」

 ライトマンは修理をしながら話をする。

 その話はエネルが生まれる四年前のことで、彼女も様々な書物を読んでその話はよく知っていたし、学校でも習った。今でこそ世界は皇帝陛下が昼間から大欠伸をするほど平和であるが、当時は世界が消えてなくなるのではないかというほど荒れていたらしい。

 魔操傀儡という人工の兵士や魔物が地上に溢れ返ったその時代。発端は誰かが偶然発見した力、それを欲した欲深い人間達は何の罪もない命を摘み続けた。なんて愚かしい話なのだろう。なんて醜いのだろう。人間はどうしていつも、そんなふうに争うことしかできないのだろう。どれだけの書物を読んでも、どの歴史からも争いという文字が消えることはない。

 平和こそが仮初。

 まるで幻なのではないかと思わせられる。

 彼女が物心つく頃には世界はすっかり平和になって、何事もなかったかのようになっていたが。それでも歴史からは、書物からは、過去の過ちが消えることはない。しっかりと刻まれたその歴史を、生まれた子供達は、知っている。未来のために学び、教えられたから。けれどそうして育った子供達はまたいつかどこかで、同じ場所に戻って来る。

 巡って巡って、終わらない。

 どれだけの書物を積み重ねても。

 平和、というものが、見えなかった。

 今のこの平和こそが、幻。

 考えれば考える程に、憂鬱になってゆく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ