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「実は今回の騒動は全て、ある男が引き起こしていることなんです」
「誰です? すいませんが詳しくお聞かせいただけませんか」
「それは」
と男は言葉を口にしようとしたが、背後に刃物でも突き付けられたように怯えた表情になり固まってしまう。それから声を飲み込み、懐から一枚の紙を取り出しライトマンに手渡した。
なんだろう。
ライトマンは手紙に目を通し、驚いて目を丸くした。
そこにはある地図が描かれていて、海の上に目的地の印と【ルインヴィル】と書かれていた。
「これはもしや魔造幻影都市、ですか」
「今は未だ詳しくはお話できません。ですが今回の件、ある男の神移症が関係していると―――それだけは確信を持って言えます」
怯えた表情のまま、クェン。
体は震え、額から汗が吹き出し、一言発するだけでも相当の恐怖を感じているのだとわかる。彼に今なにが起きているのかはわからないが、恐らく何者かに脅されているのだろうことはよくわかった。これ以上話をすれば彼の寿命を縮めるだけだろうし、老体に無理な負担をかけたくはない。
聞きたいことは色々あったが、もうこれ以上、訊ねるのはやめておいた。
と、エネルが隣にやってきて、じっとライトマンを見上げる。
「どういうこと、です」
エネルが不思議そうに訊ねる。
「うん。エネルも学校で習ったことあるだろう。【神移症】のことは」
「辛い想いをしたり深い哀しみに襲われた人が稀に発症する病、です」
あ、とエネルは彼を見上げた。
「そう。彼らは魔造幻影都市という架空の街を築き、そこに閉じこもる。他者に害がない場合もあるけれど、今回のように人を巻き込むケースも多く報告されているんだよ」
人差指をピンと立て、ゆっくりと説明しはじめる。
「魔操っていうのは素質のある人間しか扱えないのは知っているよね。けど魔操は眼には見えないけれどこの空間に存在していて、現実からの逃避を願えば素質のない人間でも魔操の通り道・天然の核帯と精神が結びついて、稀に【神移症】と呼ばれる現象を引き起こすことがあるんだよ。エネルも知っているよね、人の精神と魔操の精神構造は殆ど同じ作りだって。だから人の精神が極限まで弱まれば、人の精神体と魔操精神体が接触して核帯に吸い込まれてしまうんだよ。まあ望むから吸い込まれるわけで、望まない人は発症しないんだけどね。で、恐らくこの魔操の異常―――誰かがその病を発症したんだろうね。天然の核帯に吸い込まれて、魔操を狂わせているんだろう。どこかにその人がが閉じこもってる【魔造幻影都市】があるはずだから、そこから出すことができれば解決すると思うんだけど」
「はた迷惑な話、です」
「はは。まあね―――けどまあ、神移症を発症する人は心にそれだけ傷や辛い想いを抱えてるんだろうし、直接話を聞かない内から非難することはできないよ」
とライトマンは立ち上がり、
「それじゃあワシらはもう行きます。ハイレンさん、この方をここから出さないようにお願いします。あと護衛を数人、部屋の前にでもつけてあげてください」
「どういうことだい?」
「アカデミーの連中はどうにもやり口が汚い。この方の命を護るために、お願いします」
ライトマンはそうだけ言うと、軽く頭を下げて部屋を後にした。
詳しいことはわからないが、兎に角命が危ないのだろう。しかしなんだか面倒な話だと、ハイレンは頭を掻きつつクェンを振り返る。クェンは未だ怯えた顔をして、震えている。
「まったく、なんだってんだい?」