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6

 ふっと―――ライトマンが、倒れ込む。

そしてアムルとクリムの体が世戒樹から解放されて、空中に投げ出された。

「アムル、クリム!」

 下で見ていたエネルが声を上げ、走り出す。

 骸とライエンが急いで駆け付けなんとか二人を受け止めたが、二人に意識はない。だがその顔は穏やかで、無邪気な極普通の子供の寝顔であった。

「終わったのか」

 骸が世戒樹を見上げる。

 だが何故か、核帯は全く消える気配はなく、むしろ先ほどより格段に量を増し、とうとう空を覆いつくしてしまった。

「何故だ、二人を助けたら治まるはずではなかったのかっ?」

「間に合わなかったんだ。二人の精神体を糧とした世戒樹が、もう既にそれを失っても機能するほど大量の人間の精神体を飲み込んでしまったんだ」

 オンブルが眉間にシワを寄せ、呻く。

「そんな。ならこの世戒樹自体を潰さなければ解決せんということか」

 バードックは世戒樹を見上げ、しかしそのあまりに巨大すぎる代物に、どうすればいいのかわからず悔しげに表情を歪めた。

 とそこに、ライトマン達を乗せた硝子の鳥が静かに下りてきた。

「博士!」

 エネルは大急ぎでライトマンに駆け寄り、傷だらけでぐったり横たわる彼を見て酷くショックを受けて固まってしまった。

「博士、博士! 博士っ」

「………エネル」

 意識を取り戻し、ぼんやりとエネルを見る。

 そして、縋るように、彼女を抱きよせた。

「ただいまエネル、心配かけたね」

「まったくダメな博士、なのです………」

 よかった。

 生きている。ちゃんと戻って来てくれた。

 安心し、エネルは少しだけ泣いた。

 と、ライトマンは、既に体力も限界を超えているだろうに、その体を無理やりに起こした。

「おいライトマン、無理をするな」

 骸が声をかけるが、

「エネル。今度は一緒に来てくれるかな」

「行きます、です」

「これで最後だよ。早く、みんなを助けよう」

「おいライトマン、なにをする気だっ? これ上もう無理をするなっ」

 ライエンが心配して駆け付けてくれるが、ライトマンは首を振る。

「時間がないんです。もう、大勢の人々がこちらに吸い込まれてしまっています」

 そう言われて、骸達は後ろを振り返る―――こちらには気付いていないのだろう、多くの人々が幸せそうに微笑みながら行列を成してどこかへ歩いてゆく。

 




 幸せそうに笑いながら、踊りを踊る人々。

 パレードが通り、美しい女性が歌を歌い、宝石が空を舞う。音楽隊の列は楽しげな音楽を奏でて、鳥達は演奏に合わせて空を飛び、輝く。それを見て人々は歓喜し、酒を飲み歌い踊り笑う―――それを建物の上から眺めながら、ココンは静かに笑う。

「楽しそう。幸せそう。貴方はもう気付いたかしら、英雄さん。こんなものが本当に私達が望んだ未来だなんて、とても馬鹿げた話よね。だけど私は信じているの。貴方は人の幸せを願う、立派な騎士だって。だから貴方は戦うの。だから私は貴方を愛するの」

 ふわりと、彼女を横切る翼を生やした人々。空を舞うのは硝子の鳥と、美しい女性達。

 その光景はとても美しくて、永遠に見ていても飽きないだろうと思う。だけど、ただ笑う人々が、ただ幸せだと口にする人々が、哀しい。

「もう大丈夫よね、英雄さん」

 ココンは立ち上がり、彼方で暴走し輝く世戒樹を見る―――






「大丈夫、エネル。恐くないから」

 硝子の鳥に乗り、二人は世戒樹の天辺を目指した。

 エネルはチェーンソーに魔操を充填し、ライトマンが後ろから彼女の手を両手で握りしめ、魔操を送り込む。

 二人分の魔操を充填したチェーンソーは容量オーバーで限界を訴えるように真っ赤に輝き震えていたが、二人は構わずにただ真っ直ぐ目的地だけを見つめている。

「大丈夫、です」

「うん。これが終わったら、ゆっくり休みたいなぁ」

「今にも死にそうなくせに、です」

「そ、そういう意味で休みたいじゃないからね………?」

「当たり前、です」

 暴走した核帯が魔操を充填したバーに触れて、火花のように激しく魔操の光を放つ。それは力となって二人を傷つけたが、だが二人は、怯まなかった。ライトマンは彼女を護るようにしっかりと後ろから彼女を抱え、二人は真っ直ぐに上だけを見ていた。

 暴走する核帯が二人の体を傷つけ、進行を妨げる。

 けれど二人は構わずに、世戒樹の頂上を目指す。真っ赤に輝くチェーンソーが火花を散らし、震え、油断すれば今にも手の中から飛んでいきそうだ。それを二人は必死に握りしめ、真っ直ぐに、頂上を目指す。そうして二人はやっとの思いで頂上に辿りつき、ゆっくりと、チェーンソーを振り上げた。

「さあ、エネル。これで本当に最後だよ」

「行きます、です」

 そして二人はチェーンソーを振りろし、急降下――――

「っぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 二人分の魔操を充填したチェーンソーが、凄まじい音を立てながら、世戒樹を切り裂いてゆく。

 暴走する核帯が魔操を放ち、チェーンソーはその魔操を吸収し、凄まじい輝きを放つ―――ライトマンはエネルの手を握る手に力を込めて、エネルはチェーンソーに意識を集中させる。

少しでも気を抜けば、世戒樹の力ではね飛ばされてしまいそうだ。だから二人は必死に意識を集中させて、チェーンソーに魔操を注ぎ込みながら、世戒樹を斬り裂いてゆく。

 二人の手によって切り裂かれてゆく世戒樹。

 それを、骸達は固唾をのんで見守る。

 切り裂かれた世戒樹から核帯が放たれ、空に舞い、ゆっくりと姿を消してゆく。

「未来が。やっと手に入ると思った、約束された未来が」

 座り込んだシュヴァルツが、放心状態で、無意識にそんなことを口にした。

 鉄の兵士は彼の横に歩み寄ると、ライトマンとエネルを見上げ、言う。

「約束する必要なんてありません。欲しい未来があるのなら、手に入れればいいんです」

 そうして彼はそっと、背中を向けて歩き出す。

「主。私の役目は終わりました。この世界を護る必要は、もうありませんよね」

「お前―――」

 オンブルが、ゆっくりと彼を見る。

「大丈夫。貴方の望む未来は誰もが望むものだから」

 そうして鉄の兵士は走り出し、屋上から飛び降り姿を消してしまう。

 オンブルは慌てて彼を追いかけるが、彼の姿は、もうない。眼下には、楽しげにパレードをする人々。けれどもその姿はすぐに光の粒となり、空へと舞い上がる。街中から、光の粒が舞いあがる。夢が、光の粒となって消えてゆく。

 オンブルはそれを、ただ、静かに、見上げていた。

「夢が………覚めてしまうのか」




 護りたい。

 世界とか、そんな大層なことは言わないけれど。ただ、今自分が大切だと思うものを護りたい。

 空想の世界はいらない、痛みも苦しみも分かち合える誰かがいる幸せを護りたい。そのためになら、どれだけ傷ついても構わない。だけど、死にたくはない―――ずっとずっと、一緒にいたいから。一緒にいて、笑っていたいから。

 そんなふうに思える人がいるこの世界を、護りたい。

 ライトマンとエネルは、どんどん世戒樹を切り裂いてゆく。

 真っ二つに裂けた世戒樹は真っ白な光を放ちながら、布切れのように千切れて姿を消してゆく。

 やがて世戒樹は根元から静かに千切れて消えていき、後には真っ白な光だけが残るのだった。そしてチェーンソーに充填された二人分の魔操も粒子となって消え失せ、エネルの体にずしりとライトマンの体重が圧し掛かる。

「博士、博士!」

「大丈夫。うん、大丈夫だから」

「ライトマン!」

 骸の声が聞こえる。

 エネルは硝子の鳥を急いで降下させる

 その時。街が、この研究施設だけを残し、魔操粒子を放ちながら消えて行くのに気がついた。

 それはまるで魔法のように。それこそ、夢が覚めてしまうように。

「これは………」

 ライトマンは、ゆっくりと顔を上げた。

 エネルは急いで屋上に降下し、オンブルを見た。

 オンブルは屋上の縁に立ち、じっと、街を眺めていた。

その横顔はとても穏やかで優しい顔。偽物の未来を作ろうと必死になっていた彼とは違う、とても人間らしい顔をしている。

「オンブル」

 ライエンが、声をかける。

「ああ。もう、必要ないからな」

 そして彼はそっと瞳を閉じた。

「私は現実と向かい合うことを恐れ、失った仲間達が望んだ未来を摘もうとした。国を護るため人を殺めた私が本当にしなければならなかったこと、それはこんな街で夢を紡ぐことではなかったのにな。殺めた人間の人生を背負い、前を向いて歩かなければならない………分かっていたのに、私は逃げだした。向かい合う勇気もなく、戦争というものに責任を押し付けて。そんな私を、あの兵士はずっと護ってくれていた。だがそんな彼も私のために、剣を向けてくれた。本当に私がしなければならないことを、気付かせてくれた」

 そう言って彼は、座り込むシュヴァルツを振り返る。

「もうよい。すまなかったな、シュヴァルツよ」

「オンブル様………」

「護るべき者がそこに在るというのに私は、それすら棄てて、こんな場所に」

 ゆっくりとシュヴァルツに歩み、彼の前に膝をついて頬に手を触れる。

 彼はその時、オンブルのその表情に、とても懐かしいものを感じた。

 そうそれは、幼い頃に見た、優しくて温かな、大好きだった父の表情。

「私が本当に護らなければならない未来は、眼の前にあったのに」

 オンブルの瞳に、涙が滲む。

「すまなかった、シュヴァーン」

 息子の名を呼ぶと、込み上げる感情が瞳から涙を溢れさせた。

 シュヴァルツは父にしがみ付いて子供のように泣きだして、そんな彼をオンブルは優しく抱きしめた。


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