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 客なんて誰だろう。

 しかも医務室なんて。

 首を傾げつつ医務室の扉を叩く。

 すぐに中から色っぽい女性の声が聞こえてきた。

 扉を開けると、医務室だというのに堂々と煙草なんか吸いながら腕組みして仁王立ちする女性がいた。

 ふくよかな胸と括れた腰、すらりと伸びた足と艶めかしく露わになった太もも。女性としても魅力を前面に押し出した露出の高い衣服を身に付けたその女性、切れ長の眼は常に気だるげで、口には煙草。長い髪を適当に頭の上の方で括っているが、それでも長く垂れた髪が彼女のうなじにかかって更に彼女の色気を増させている。だが彼女は特にそんなことを意識しているわけでもなく、自然と彼女の内から滲み出るものなのだ。そんな彼女は当然よく男性から言い寄られ、勝手に贈り物を送りつけられて困っている。今も、医務室の片隅には、勝手に送りつけられたらしい贈り物達が無造作に積み上げられている。断ってもしつこく送られてくるので、今ではもう、断るのも面倒になっているらしい。

 彼女の名はハイレン―――ヴェルデ城の医師である。

「なんだい、まったく相変わらず景気の悪い顔だねえ」

 腕組みし、下らなさそうに言うハイレン。

 続いてエネルが、

「博士はいつも死神、です」

「ちょっ………エネル、死神のようじゃなくて死神って言いきったよ今っっ?」

「気のせい、なのです」

「ワシの幻聴だよね、うん」

 そういうことにしておこう。

 情けなく背中を丸め、とほほと肩を落とすライトマン。

「ああ、それで客って―――」

「この人だ。アンタに頼みごとするために来たんだってさ」

 ハイレンはけだるそうな表情で指をさす。

 見ると彼女の指の先、真中のベッドに初老の男性が眠っていた。

 全身を怪我していて、痩せた体に生々しい傷が幾つも見える。こけたとか、そんな程度の怪我ではないのは明らかだ。痣や深い傷跡、ハイレンに手当てしてもらった場所以外に直りかけた傷跡が幾つも窺えた。明らかに、何者かにやられたものだろう。

「意外だな。アンタにこんな知り合いがいたとは」

「心当たりあいなぁ」

 アゴに手をあて、ふむ、と考えるライトマン。

「酷い男だねえ、相手はアンタを知ってるってのに」

「ふむう?」

 客なんて本当に心当たりがない。

 訪れるのは本当にアカデミーの人間か重要施設の神殻修理依頼くらいだ。

 友人と呼べる人間が訪れたことなど、ない。

 訝しがりつつ男性に近づき、顔を確かめる。

 白い肌は生傷だらけ。整った顔にも青痣、爪は割れ、艶やかなベージュの髪も乱れ、目にはうっすら涙が浮かんでいる。一体なにがあったのか、ライトマンは訊ねるようにハイレンを見た。だがハイレンも詳しく知らないらしく、困ったように首を傾げて肩を竦めただけだった。

「城の前でアンタ会いたいって言って倒れたらしい。本当に心当たりないのかい」

 しかしどれだけ記憶の引き出しを探っても、彼の姿は出て来ない。

「仕事でお会いしたんでしょうかね」

「博士は酷い人、です」

 エネルが冷たい視線を向けてくる。

 記憶力は悪い方ではないと思うが、毎日のように国中をかけずり回って仕事をしているので一日に合う人も少なくはなく、一度会っただけなら忘れているだけということもある。ライトマンは男性の顔を覗きこんだまま、真剣に悩み考え始めた。

 その時、男性が小さく呻いて、やっと目を覚ました。

 そして眼前にあるライトマンの顔を見て―――

「うわあああああああああああああ! いやじゃいやじゃ、私はまだ迎えなどいらん、死にとうないわあああああああああああああああああああああああ!」

 悲鳴を上げて泣きだし、ベッドから転がり落ちてしまった。

 そしてライトマンはというと、部屋の片隅で膝を抱えてすっかり落ち込んでしまうのだった―――そんな彼をハイレンは煙草をふかしつつ眺めるだけで、エネルも慰めはしない。それどころか、

「博士は顔の割に繊細すぎます、です」

「アンタも言うねぇ。仮にも上司だろう」

「博士。早く戻ってきてください」

「ワシ、死んだら死神になる」

 めそめそ泣きながらやっと戻ってきたが、気持ちは落ち込んだままのようだ。

「推薦状が来るかも、です」

 背伸びして、とりあえず頭を撫でて慰めてやるが、口から出るのは慰めではなくトドメだ。

 なんだかもう哀しくなって、更に泣くライトマンだった。

「それよりホレ、客のことほっぽり出すなよ」

「ああ、すいません。ええと、ワシが神殻修理工のライトマン・スクリューです」

「ああ、人間でしたか。すいません」

 男性はほっと胸をなでおろし、にこりと微笑む。

 落ち着きを取り戻してくれたのは良いが、さりげない言葉はライトマンの繊細な心をサックリ突きさした。けれども男性は気付いていないようで、何故か両手で顔を覆って再び落ち込むライトマンを不思議そうに見るのだった。

「えっと。それでワシになにか」

「私の名前はクェン―――実は、連日帝国で騒がれている魔操の異常についてお話があるんですが」

 思ってもみない話に、ライトマンとエネルは顔を見合わせた。




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