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「当たり前だ。友人がピンチの時に助けに来るのは当然のことだろう」
言ってライトマンとエネルに小さく笑みを浮かべて見せる。
「ライエン様………」
ありがとうございます。
ライトマンは嬉しそうに小さく微笑んだ。
「そしてもちろん、貴様もだ」
言ってライエンは、剣先を真っ直ぐオンブルに向ける。
オンブルは瞳の奥に冷たい光を宿し、相手を見据える。
「貴様が床に伏しているのは噂には聞いていた。だがまさか、こんなことになっているとはなぁ」
呆れたような顔をするライエンだが、その眼の奥には哀しみが滲んでいる。
「床に伏して………ということはやはりこの方は」
「ああ。コイツは、ワシや躯たちと共にグレイグラウンドに立ち向かった戦士の一人じゃ。国を護るため、多くの敵を倒し、英雄と称えられた………だがそのことが原因で、彼は心を病み床に伏してしまったんじゃよ」
ライエンは瞳の奥に憐れみを滲ませ、オンブルをまっすぐに見ている。
「オンブルよ。頼むから、馬鹿なことはやめてくれんか?」
「何度言われても考えは変わらん。私は人々に約束された平和を与えたい、これはそのために選んだ選択肢だ。永遠に笑って暮らせる世界なら、もう二度と仲間を失うこともない。大切な家族を失うこともない。そして二度と、誰かが誰かを殺すようなこともなくなる」
オンブルは剣を握りしめ、ライエンに向かって駆る―――ライエンはその場から動くことはなく、相手の攻撃を真っ向から受け止めた。剣と剣の交わる甲高い音が響き、すぐに剣は弾かれ、両者は後方に飛びのき、すぐさま同時に駆けだし剣を交える。
互角、なのだろうか。
ライエンにはまだ余裕がありそうな気もするが、だが彼は相手の攻撃を受け止めるだけで反撃をしようとはしない。それに気付いているのかどうか、オンブルは攻撃の手を止めようとしない。
「ああ。お前の哀しみはよくわかる。ワシだってそう、同じ騎士として多くを手にかけてきた。争いなど起こらなければいいのに、何故こんなにも命あるものが犠牲にならなければならないのか、考えた時期もあった。だがな、考えたところで過去は何も変わらない。ワシらがやらにゃならんことは後悔したり嘆くことじゃない、死んでいった者達が望む未来を創ることだ」
「ああ。だから、私は約束された未来を―――」
「いや。奴らはそんなもん望んじゃいなかったろうよ。奴らがワシらに望んだのは、誰もが希望を持って未来を歩ける道を開くことだろう。お前さんがしようとしていることは平和ごっこだ、それは未来と呼んでい代物ではない………わからんか」
「ならば問おう。生きて、現実を見て、その先の未来に真の平和は訪れるのか。絶望だけだ、違うか!」
「そうだな。人がいる限り、心がある限り、真の平和なんぞ手に入れるはずもない」
「ならばっ………」
「だけどどうして、人は愛しいもんだろう。怒って泣いて喧嘩してまた笑って、幸せだなんて感じて笑う。ワシら騎士団はな、そんな人間の平和を護るためにあるんだぞ。皇帝陛下だって今でこそ平和ボケしとるが、戦争が終わった後、前皇帝陛下のクォルツと共に必死になって国を立てなおしたんじゃ。人がまた笑ってくれる国を作るためにな。今、国民は、幸せだと笑ってくれている。それを見るのがワシらの幸せだ。遠い未来に起こるかも知れない戦争を恐れて、今ある平和を壊すのは愚かだ。恐れるのなら、戦えばいい。護ればいい」
ライエンはようやく大きく一歩前へ踏み込んで、オンブルの剣に剣を叩きこんだ。
乱暴な金属音と共に、オンブルが一歩後ろにさがる。
「子供が生まれて。お前さんは、幸せだと笑っただろう。子供は、お前さんと一緒にいて笑ってくれただろう。それが幸せというもんだ。夢に飲まれた未来には、人が人を想う優しさも喜びも何もない。ワシらは騎士として、人の幸せを願う――――そのために剣を取り、戦う。だからオンブルよ、覚悟しろ」
とライエンはオンブルを指さして、
「お前さんを、現実に連れ戻してやる」
まるで無邪気な子供みたいに、満面の笑みを浮かべるのだった。
そんな顔をされて、堂々宣言されて、オンブルは思わずきょとんとした。
するとライエンが、
「ライトマン! 世戒樹は任せた!」
「は、はい!」
ライトマンは立ち上がり、急いで硝子の鳥に向かって走り出した。
その後ろをエネルも走ってついて行くが――――ライトマンに続いて乗ろうとした瞬間、強く体を弾き飛ばされ、倒れ込んでしまった。驚いたエネルは跳ね起き、ライトマンを見上げた。
「ごめんエネル。でも大丈夫だから」
「博士!」
呼びとめようとするが、硝子の鳥は翼を広げて飛び去ってしまう。
体力も運動神経もないのに。なのに何故彼は一人で戦おうとする。命を失うことも覚悟して戦うと言うのだろうか。ならばそれはあまりにも勝手な話である。
残されたエネルは不安と怒りに歯を食いしばり、遠ざかる彼の姿をいつまでも見つめていた。
「一人で行きおったか。無事ならいいがの」
なんてライエンが呑気なことを言っていると。
突然、辺り一帯に魔操粒子が降り注ぎ、兵士が姿を現した。
何十とうい数の兵士があっという間にライエン達を囲み、一斉に襲いかかって来る。
ライエンは素早く身を交わすと、軽く地を駆り、次々に兵士を切り裂いてゆく。その手応え、まるで硬い空気を切り裂くような感触―――人、ではない。
「なんだこれは」
骸は驚き、辺りを見回す。
「させるものか」
シュヴァルツは悔しげに歯噛みして、ふらりと歩き出す。
しまった、と骸は彼を追いかけようとするが、それを妨げるように兵士達が現れる。
無数に現れる兵士を切り裂き、シュヴァルツを追いかけようとするが、次々に現れる兵士は攻撃の手を止めようとはしない。斬り裂く先から溢れ、終わらないのだ。
そうしているうちにシュヴァルツは硝子の鳥に飛び乗り、ライトマンを追いかけて空へと羽ばたいてしまうのだった。
「くそ! バードック、ライエン、無事か!」
骸が兵士を倒しながら叫ぶ。
「無事じゃが無事じゃないわい! エネル、無事か!」
「私は大丈夫、です。それより博士が」
魔操を充填したチェーンソーで敵を一掃しながら、不安げに世戒樹を見上げるエネル。
「平和を。この世界に平和を! もう誰も―――哀しむ必要なんてないんだ!」
オンブルが、叫ぶ。
涙を流して、悲鳴を上げる。
そして彼は力なくその場に膝をつき、頭を抱えて蹲るのだった。
「オンブル!」
「騎士? 英雄? 私のしたことはなんだ! ただ多くを殺しただけだろう、それが正義なのか名誉なのか! そんなものが正しいことだと言うのなら、私は現実などいらない! 全て捨て去って、幸せだけしかない世界を作ってしまえばいいじゃないか。そうすればもう誰も傷つかずに、誰も死なずに、平和だと幸せだと笑って暮らせるのに………それなのに何故、貴様らは、そんな現実を未だ尚も望もうとする!」
肩を震わせて、鼻をすすって、彼は訴える。
彼はまるで子供みたに頭を抱え込んで、震えながら、想いを口にする。
「やめてくれ。もうやめてくれ。私は―――」
「大丈夫だオンブル。お前さんは一人じゃない」
襲い来る敵を薙ぎ払いながらライエンが言う。
「お前さんを待っている人がいる」
そして静かに息を吸い込み、
「だからお前は帰るべきだ―――現実へ」
瞬間。ライエンの髪がざわつき、眼が紅く光、体からは真っ赤な光が溢れ―――顔つきが、まさに獣のそれへと変わる。その彼から感じられるのは人ではなく、獣の気配のみ。だがけして理性を失っているわけではなく、彼は喉の奥で低く唸ると、
「どれだけ貴様が駄々をこねようとも、こんな下らない世界から引っ張り出してやる」
そして地を駆る―――まるで獣のように俊敏な動きで辺りを駆けまわり、兵士達を一掃してゆくライエン。
骸もバードックも、世戒樹に向かって駆けてゆく兵士達を切り裂いてゆく。
エネルはライトマンを心配して彼を見上げつつ、チェーンソーを振り回して敵を倒してゆく。
オンブルは涙を流したまま、呆然と、顔を上げた。
「主!」
と、鉄の兵士の声。
鉄の兵士は敵を切り裂きながら、まっすぐにこちらに向かって来る。
「また、刃向かうつもりか」
オンブルはゆっくりと立ち上がり、剣を握る。
だが鉄の兵士は、
「いいえ。私は彼を助けに行きます」
言って彼は世戒樹を、ライトマンを見上げる。
「主。お願いです、思い出してください。貴方が本当に護りたかったもの、貴方が本当に望んでいた未来を」
そう言って鉄の兵士は俊敏な動きで世戒樹に絡みつく太い幹を飛び移りながら、ライトマンのもとへ向かうのだった。
「偽りの幸せなんて誰も欲しくはないだろう」
と、バードックの声。
振り向くと彼は、敵を殴り飛ばして、大きく後ろに飛び退ってオンブルの背後に着地した。
「何故私達がここに来て、戦っているのか。理由は貴様と同じだ。誰だって平和な世界に行きたい、幸せな世界で幸福な日々を過ごしたい。だが偽りの世界など誰も望まない……この現実の世界で、傷つき泣いて、それでも生きたいと願う。何故ならこの現実の世界には、愛する多くの者達がいるからだ」
「だから私は。その多くの者達のために」
「勝手な理想の押し付けなど誰も望まぬ。幸せも喜びも、そこに生きる者達が決めること。それが未来を、世界を創るんだ。だからオンブル、私は貴様の自分勝手な理想の世界など絶対に認めぬ」
そう言ってバードックは、再び敵に立ち向かう。
「勝手な理想だと………それがどれだけ多くの人々に幸福をもたらすのかわからぬのか………愚かしい」
そう。
偽りの世界こそが、真の平和。
誰もが望む夢の世界、それこそが真の平和。
どれだけそれを望んだだろうか。望んでやっと、人々のために理想郷を創りだすことができると言うのに―――なのに、なぜ、ためらう。ずっと信じてきたはずなのに。その偽りの世界こそが真の平和の形なのだと。なのに、それなのに、あの時のように戦うかつての友人達の姿を目の当たりにして、信じていたものが揺れ動く。どれだけ自分に言い聞かせても、気持ちが惑う。
真の平和。
真の幸福。
一体、人にとって、どうあることが真の平和で幸福なのか。
「嘘だ。違う。現実なんて、そんなもの―――」
否定しようとする。
すると、ふと、懐かしい女性の声が脳裏に蘇る。
ありがとう。
私を愛してくれてありがとう。
幸せだった。私はとても、幸せだった。
だからどうか、この先の未来も貴方が幸せでありますように。
力なく、それでも幸せそうに微笑んで、彼女は瞳を閉じた。
握りしめた手の中で、温かな彼女の細く白い手から静かに力が抜けてゆく。彼女はもう、目を開けない。けれどもその顔はとても穏やかで、今にもまた目を開けて微笑んでくれそうで。だけど彼女はもう、二度と目を開けることなどなくて。
ありがとう。
幸せだった。
そう言ってくれた彼女の微笑みが、何よりありがたかった。
「………ココン………私は」
ゆっくりと、オンブルは世戒樹を見上げる。
「私は、間違っているのか………?」
呟く。
ゆっくりと、兵士達が動きを止める。
皆、魂が抜けたように棒立ちになり、魔操粒子となって煌めきながら姿を消してゆく。
ライエン達は驚いて手を止め、オンブルを振り向く。
彼はぼうっと空を見上げて立ちつくし、涙を頬に伝わせていた。




