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「何故だ。何故、逃げぬ。殺されるかも知れんのだぞ」

「逃げる必要がないからだよ。言っただろう、君の語る正義を認めたくないって。だから戦うんだ」

「だったら殺されても文句はあるまいな」

「殺されるつもりはないよ」

 肩で息をしながらも、はっきりと言うライトマン。

 そんな彼を冷めた目で見下ろしながら、シュヴァルツは右手を高く上げて指を弾いた。

 硝子の鳥は高く一声鳴くと、アムルとクリムを乗せたまま、翼を広げて世戒樹に向かって羽ばたいた。

 驚いて、思わずそちらを向くライトマン。その瞬間だった、シュバルツが彼の間合いに入り込み、とうとう体を斬りつける―――その寸前、エネルが彼の前に立ちはだかり、チェーンソーで攻撃を受け止めた。

「エネル!」

「危うく死ぬところでした、です」

「あはは、ごめん」

 申し訳なくて、頼りない笑顔で謝る。

 その時だった。

 再び、硝子の鳥が泣いた。

 見上げると、硝子の鳥は世戒樹の前でアムルとクリムを背中から振い落した。

 かと思うと世戒樹から無数の触手が伸びてきて、あっという間に二人を飲み込んでしまった。二人は下半身を完璧に飲みこまれた状態で両手を拘束され、上半身だけ外に出した姿で囚われてしまう。しかし二人は意識を取り戻すことはなく、ぐったりと項垂れている。

「アムル、クリム!」

 エネルが思わず叫ぶ。

「あの二人をどうするつもりだっ?」

 ライトマンが怒ると、シュヴァルツはエネルのチェーンソーを弾いて飛び退り、にやりと笑う。

「世戒樹は人の精神体を吸収して成長する。だが世界中の人間をこちら側に吸収するには犠牲が少なすぎる―――だから私は、中でも最も劣等感を抱いたあの二人の精神体を操作し神核体と同様の力を与えた。つまり彼らが取り込まれて初めて世戒樹は完成するのだ」

「そんな。じゃあ彼らの命を奪わない限り、世戒樹を鎮めることはできないということなのか?」

「安心しろ。二人が死ぬわけではない。例え肉体が滅んだとしても、その精神体だけはいつまでもこの街で楽しく笑って過ごすだろう。この街には生も死もない、つまり苦しみがないということなのだからな」

「ふざけるな、です」

 エネルはシュヴァルツを睨みつけ、チェーンソーを強く握りしめる。

 だが彼は静かな眼差しでそれを見据えて、

「そんな怒りさえ、この街は忘れさせてくれる。そう、彼の望む世界こそが真の平和、真の幸福、真の正義!私達は人を救う、先の見えない未来と言う名の闇から人々を救うんだ!」

 剣を振るう・エネルはそれをチェーンソーで受け止め、

「貴方は愚か、なのです。暗闇を、先の見えない道を恐れて偽りの光を探して。そんなもの幸せなんて呼んで、そんなものを抱えて軽々しく正義を口にする。貴方はただ逃避を望んでいるだけ、辛く苦しい現実から逃げだそうとしているだけ。なのに正義なんて口にして、正当化して。卑怯、なのです」

「うるさい。ガキが………あの悲惨な現実を知らぬ子供が説教を垂れるな!」

 シュヴァルツは怒号を唸らせ、チェーンソーを弾く。

「いつか。またいつか必ず、悲惨な歴史が繰り返される。それが明日か来年か百年後かは知らぬ、だがその時人は必ず願うだろう。こんな辛い現実、いっそ忘れて笑ってしまいたいと」

「それでも。また平和が訪れる、です」

「うるさい! あんな現実――――なにを残した、ただ深い傷跡だけしか残さなかっただろう!」

 シュヴァルツは叫び、我武者羅に剣を振るう。

 それはもう感情に任せただけの、まるで獣の迫力だった。

 エネルはその勢いに圧され、剣を受け止めたものの反撃の隙を見つけ出せずにただ必死に攻撃を交わすしかできなかった。ライトマンもすぐにシュヴァルツに斬りかかるが、

「戦争はなにを残した! 英雄はなにを護った! 屍を踏み越え、命を搾取し、国を護って、英雄と称えられて! だけど彼がやったことと言えば、護るために多くを殺しただけだった! 護るために殺す、明るい未来のために殺す、殺して殺して殺して殺して全てが終わった後には英雄だと称えられて勲章を与えられて! だけど彼は正義と罪の矛盾に耐え切れずに死んでしまった! 貴様らにわかるか、彼の気持ちがわかるのか! 」

 叫び、ライトマンを斬りつける。

 反射的に身を逸らしたため腕を斬りつけられただけですんだが、ライトマンは彼の叫びを聞いてある確信を抱いた。

「君、まさか」

「彼は望んだ。この世界を。そして二度と誰も苦しむことのない、約束された明るい未来を」

 ようやく攻撃の手を止める。

 かと思うと、

「だから私はこの世界と彼の望む世界を護るんだ」

 叫んで、ライトマンに斬りかかる。

 しまった―――逃げようと思うより早く、シュヴァルツが眼前に迫る。

 だが。

「だがすまんな、私達は現実の未来を護るために在る」

 ライトマンの眼前に、漆黒のマントをなびかせて、大きな背中が飛び込んできた。

 骸だ。

 シュヴァルツの剣を剣で受け止めて、静かに彼を睨む。

「む、骸様! 何故ここに」

「おーいライトマン、エネル! 無事か!」

 とライエンの声。

 振り向くと、ライエンとバードックが走って来るところだった。

「さあ行け、お前ならあの樹をなんとかできるだろう」

 シュヴァルツの攻撃を受け止めたまま、骸。

 ライトマンはエネルと顔を見合わせ、頷きあい、走り出した。

「させるか!」

 シュヴァルツは二人を追いかけようとしたが、すぐに骸に回り込まれてしまう。

「ふざけるな! やっとの思いで世戒樹を完成させたというのに。やっと彼が望む未来を手に入れられるというのに!」

「シュヴァルツ、と言ったな」

 シュヴァルツの攻撃を剣で受け止めながら、骸。

 なんとか傷の一つでも負わせようというシュヴァルツの気迫が伝わって来る。けれど骸は平然とそれを受け止めながら、言葉を口にする。

「無駄だ。貴様の剣技は所詮、我流でしかない」

「っ………!」

 ガン、と、金属がぶつかり合う激しい音が響く。

 攻撃というよりはもう、半ば苛立ちを募らせ剣を叩きつけた形となったシュヴァルツは、悔しさを表情に滲ませ、肩で荒々しく呼吸を繰り返す。

「この世界に痛みは必要ない、と申すか」

「当たり前だ。痛みさえなければ戦も起きぬ。涙も流さずにすむ」

「ライトマンの言ったように、何もないことが幸せだとは思わぬがな」

 骸はシュヴァルツの剣を弾き飛ばし、

「痛みを抱えながらも幾万の屍を越え、今を生きる者達を侮辱しているとは思わぬか」

「侮辱だと?」

「二十年前、私達は世界を支配しようと企むグレイグラウンドに立ち向かった。未来が欲しかったから、人々の笑顔を取り戻したかったから。誰もがそれを望み、多くが地に伏した。だが生き残った者は誰ひとり、それを振り返ろうとはしなかった。彼らは未来を我々に託したからだ。だから私達は、泣きながら、傷つきながら、それでも失った仲間のために未来を目指し戦った」

 骸は剣を閃かせ、天に掲げる。

「偽物の世界に、人が持つ温かく優しいあの感情があるのか。仲間を想い、生を望み、屍を越えて未来を目指した者達の持つ、あの優しくも熱い想いが!」

 剣を振り下ろす―――シュバルツの服が避け、胸元がはだける。

 白い肌に血が滲み、滴る。

「痛かろう。その血は、何色だ」

「っ………!」

「人、よ。お前は未来を生きるために在る。無を楽と捉え全ての荷を棄てることは哀しきこと」

「だが。それを、彼は望んだのだ」

 胸を押さえ、苦しげに呻くシュヴァルツ。

「もう誰も傷つくことのない世界。英雄と呼ばれ、正義と罪の矛盾に苦しみ眠りに就いた彼が強く望んだこと………その望み、叶えようと思うのは当然でしょう」

 シュヴァルツは再び剣を構える。

 その姿がふと、誰かと重なる。

 気のせいかと思ったが、すぐに、骸とバードックの記憶にある男の姿が蘇った。

「お前、まさかっ」

 バードックがはっと目を見開く。




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