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 ルインヴィル号―――

 警備用神殻が街にあふれ、骸達を襲う。

 鉄球に黒い鋼の翼を生やした神殻が、幻の住人達には眼もくれず、現実の彼らにのみ攻撃を仕掛けて来る。

「なんじゃあ、こりゃあ!」

 ライエンは剣で薙ぎ払いながら、前へと走る。

「警備用神殻だな。どこかに本物の建物がある、ということか」

 骸も警備用神殻を払いながら、前進する。

「それにしても多すぎるだろう!」

 バードックは襲い来るそれらを蹴り飛ばし、跳躍し、両手で薙ぎ払う。

 そして腰に下げた携帯用食糧袋から唐辛子を三本指に挟んで取り出すと、それを高らかに掲げた。

「――――契約者バードックの命に従い今こそ食い改めよ、紅き魔物・エスペレット!」

 そう唱えて高々と跳躍・唐辛子を空中に放り投げる。

 すると唐辛子は空中でキラリと輝いて紅い光に包まれて、見る間に幼い少女の形を成した。

 両手をぴょこんと横に突き出して、足をぴょんと前にのばして、紅くて丸い瞳を輝かせ、無邪気な笑顔でご登場。少女は赤を基調とした少し露出の多い洋服を着ていて、背中に赤唐辛子を模したような大きくて太い真っ赤な魔女っ子ステッキを背負っている。

「お久しぶりですご主人様! 今日はどんな刺激をお求めですか? 僕、ご主人様のためならあんなこともこんなこともしてあげちゃいます」

 なんて言って無邪気に微笑み、バードックに抱きつくエスペレット。

 その少女の声。明らかに、声変わり前の少年の声である。

「っだあああああ! 暑苦しい、ひっつくな! エスペレット、私に力を貸せ! この敵を倒すんだ!」

「わっかりましたぁ! ご主人様、ご褒美期待しちゃってもいいですよねっ?」

 無邪気に笑って、背中の魔女っ子ステッキを引き抜くエスペレット。そして高らかに跳躍すると、ステッキを一振りし、可愛らしくウインクし、唱える。

「とろっとろに溶けちゃうくらいに刺激的で官能的で特濃の夢を見させてあげる! ミラクル☆ピリカラ☆エスペレット………戦慄の香辛地獄弾幕☆灼熱バージョン!」

 無邪気な微笑みが一転、魔王のような形相で叫ぶエスペレット。

 ぶんっと振り回したステッキから目にも鼻にも皮膚にも痛い唐辛子の粉が溢れ、真っ赤な弾幕が辺りに立ちこめる。しかもそれは敵だけでなくバードック達にも刺激を与え、三人は悲鳴を上げてのた打ち回ることになるのだった。

 しかしエスペレットは気にせずステッキを振り回しながら、魔王のように高らかに笑う。

「さぁ鉄の塊達よ、溶けてしまいなさい! 全ては私がご主人様の寵愛を得るため。そのために貴方達は微塵も形を残さず消えてしまわなければならないの。さあさあ、溶けて消えて朽ち果てなさい!」

 高らかに、魔王のように笑うエスペレット。

 鉄の塊達の周りの弾幕が徐々に熱を持ち、やがて、彼らはどろりと溶けて朽ち果ててしまう。

 それを満足げに見下ろし、エスペレットは口の端ににやりと冷たい笑みを浮かべる。

「ご主人様ぁ、僕、頑張りましたぁ! ご褒美、ご褒美ぃ!」

 魔王のような表情を一転、今度は無邪気な天使みたいな顔をして、ふりふりお尻を振りながらバードックに駆け寄るエスペレット。だが三人とも刺激のせいで地に伏し、身動きが取れずにいる。だが彼女は気にせずバードックの首根っこを掴んで無理やり起き上がらせると、その唇に、思いの丈だけ濃厚な口づけをするのだった。

「んふぅ、ご主人様。僕、幸せですぅ」

 腕の中でぐったりするバードックをうっとり見つめながら、エスペレットは言う。

 と。エスペレットは、指先から、魔操粒子を放ってゆっくりと姿を消してゆく。

「あぁん、もー! キスしたら帰らなきゃならないなんて、なんて残酷な運命なのぉ! ご主人様、また絶対に呼んでくださいねぇ! 今度も僕、ちゃあんとがんばりますからぁああああああ!」

 なんて悲劇のヒロインのように悲鳴じみた声を上げて、ようやく、少女は姿を消すのだった。

 そしてバードックは、力なく、どさりとその場に朽ちた。

「お、おいバードック。お前の食材の精霊を呼び出すその技術は凄いと思う……だがな、もう少し、まともなのを出してはもらえんか……」

 大地に突っ伏したまま、骸が呻く。

「なんだったかいな。ブラックペッパー? の創った精霊だったか。個性的でいいとは思うが、もうちょっとこう、刺激の弱いを頼む」

 とライエンがぼやくと、突然、バードックの眼が鋭く光って二人を睨みつけた。

「ブラックペッパーじゃない! 伝説の料理王・ベルペッパーだ! それにな、厳密に言えば彼の精神体が紡ぎ出した個の人格を持つ空想生命体であり、それを『精霊』と呼んでいるのだ! ちなみに我々料理人が彼らを『精霊』と呼ぶのは総称ではなく、ベルペッパーの料理や食べ物に対する熱い想いに感銘しているからだ! だから彼らはただの空想生命体なのではなく、ベルペッパーを王とした彼の精神世界の住民であり、彼の意思を受け継いだ彼の魂の欠片だと思っているんだ! ちなみに食材及び食べ物の精霊は世界にまだ数知れず存在し、今も料理人達の間では彼が残した精霊呼び出し用のレシピの争奪戦がだなぁ!」

「あーーーーーーー! わかった、わかったからもうその話はよい! 聞き飽きたわいっ」

 勘弁してくれ。

 ライエンは人間の耳と獣の耳を同時に、頭を抱え込むようにして塞いだ。

「ライエン。こいつにベルペッパーの話題をふるな、日が暮れても終わらんぞ」

「うん。反省しとるわい」

 骸とライエンは、深いため息を吐きだした。

 ベルペッパー。それは世界料理協会『食王―クッキング―』の創設者であり、彼らが崇拝する伝説の料理人である。世界中の食材を探し求め、数々の料理を生みだし、多くの王侯貴族の舌を唸らせた―――そんな伝説の料理人・ベルペッパーは食材及び料理の空想生命体を生みだし、未だに世界中の料理人の間で架空生命体の争奪戦が行われている。しかも『五大精霊』と呼ばれる幻のレシピの架空生命体は、未だに、残りの一つが見つかっていないという。

「そ、それより先を急ごう。早く行かんとライトマンとエネルが心配じゃ」

 刺激で目と鼻が痛いが、なんとかこらえて立ちあがるライエン。

 と。骸が、小さくため息を付き、疲れたようにある方向を見た。

 そこには、警備用神殻の親玉であろう巨大な鉄の塊がずんと立っていた。いつの間にそこにいたのか、バードックはぎょっと目を見開いた。

「な、なんじゃあコイツは!」

「親玉だろう」

「なにを呑気な! ああもう、一向に前に進めんじゃないか!」

「仕方なかろう。戦う他に方法があるのか、それとも逃げるか」

 骸は剣を抜き、構えた。

「よし。ならば次は玉ねぎの精霊をば」

 とバードックが食材袋から玉ねぎを取り出した所でライエンは慌ててそれを奪った。

「いやじゃいやじゃ、もうあんな刺激はいやじゃあ! 頼むから妙な精霊は呼び出さんでくれっ」

「失礼なことをいうな! 全員が全員、あんな刺激物じゃないわいっ」

「わかっとるが、ワシは獣人なんじゃぞっ! 鼻がいいからお前達の数倍は刺激がだなぁっ」

「っだぁあああ! だったら貴様がなんとかしろっ」

「言われんでもわかっとるわい! おい骸、戦うぞ!」

「言われずとも最初からそのつもりだ」

 言って骸は、真剣な顔してビシっと敵を指さす。

「…………ん?」

「こんな鉄の塊を剣でどうこうできるわけがなかろう。いけ、ライエン」

「ってちょっと待て、人を犬っころみたいに言うなっっ?」

「牛乳」

 バードックが、じっとライエンの眼を見つめて言う。

 ライエンは耳をピクリとさせ、頬を紅潮させ、欲望とプライドの狭間で揺れ動く。

「バードック特製のミルクスープ」

「獣騎士団総長・ライエン! 国民のために戦うぞい!」

 ライエンは瞳をきらきら輝かせ、あっさりくるっと鉄の巨人に向き直り、さっさと駆け出すのだった。

 鉄の兵士はずんと一歩前へ出ると、ライエン目がけて拳を振り下ろす。

 だがライエンはそれをあっさり横に交わして避けて、獰猛な獣の声で咆哮する。と、彼の体が淡く光輝き、背後に、彼より一回り大きな獣………いや、獣人のシルエットが浮かび上がる。

「雷の力を宿しし憑依獣・ドンナー・シュラーク! ぎゅうにゅ………いや、世界を救うためにワシに力を貸せえええええええええええええええ!」

 咆哮し、真っ向から全力で鉄の巨人に立ち向かう。

 鉄の巨人はその巨体からは想像もつかないような素早さで後方に飛び退くと、両腕を振り上げてライエンに突進・両手を組んで、頭上から振り下ろす。だがライエンは怯まず、軽々跳躍すると、その手に足を付き、空中で一回転・剣を振り上げ、巨人の頭に叩き込む。

 剣から電撃が放たれ、巨人の体が青白い光を放って明滅、大きくもんどりを打ちながら、その場に倒れ込んだ。ライエンはその体に着地し、再び咆哮・剣を振り上げ、敵の胸に突き立てた。眩い光が辺りに溢れ、骸とバードックは腕で光を遮り目を細める―――光がゆっくりと溶けてゆくと、もう、鉄の巨人は跡かたもなく消え去っていた。

「ふいー、久々に憑依獣を呼び出したぞい。なんまんだーなんまんだー」

「お前さん、常に憑依獣を宿しといたらいいじゃないか」

 バードックが、冷めた目で言う。

「なんでじゃ! 憑依獣は獣人の霊魂なんじゃぞ。その力を借りて戦わせてもらっとるんだから、常に憑依なんかさせとったらワシがワシじゃなくなってしまうじゃないか」

「その方が獣騎士団的にもいいかと思うんだがな」

「なんじゃい、バードックの意地悪めっっ」

 ライエンは泣きそうな顔をして、ぷんすか怒る。

「ライエン、ほれ褒美だ」

 骸は言って、ぽいとキャラメルを投げ渡す。

 なんのキャラメルかと思って見てみると、それはなんと、ミルク味だった。

 というわけで。ライエンはすっかり機嫌を直し、キャラメルを頬張りながら、鼻歌交じりに先を急ぐのだった。

 単純な奴め。

 骸とバードックは密かに心の中で思いつつ、何も言わず先を急いだ。

「やっぱり牛乳は最高じゃのおっ」




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