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 そこには、縁のない丸眼鏡を怪しく光らせた、背の低いやせ形の男が立っていた。

「彼らは人間、です」

 エネルが静かに怒った声を出す。

「人間。人間というのは、この世に生きる価値を見いだせる者のことを言う。彼らはおちこぼれであり、存在価値も生きる価値もなく、いわばこの世のゴミとしてしか認識されない哀れな子供達なのですよ。そんな彼らを我々アカデミーの研究員が有効利用してやろうというのです、彼らも喜んでいるでしょう」

 男は狂気じみた笑みを浮かべる。

「彼らは新たな魔操を生み出す生贄。そう未来の『種』なのですよ」

 男は懐からナイフを取り出し、薄気味悪い声で笑う。

「種、ですか」

 変わらぬ表情のエネル。

 けれど彼女のその瞳には静かに怒りが宿っている。

 ライトマンも無言のまま、怒りを宿した静かな瞳で男を見据えている。

「魔操という力はまだまだ未知なる部分が多い。研究を重ねればやがて、神をも凌駕する力を手にすることができるでしょう。そのための研究、そのための犠牲。素晴らしいじゃないですか」

 男は、ククっと汚い笑みを浮かべる。

「君は何も知らないようだけど、この子達はそんなことに利用されてるわけじゃないようだよ」

 どうやら他の研究員には、シュヴァルツの企みは知らされていないらしい。

 彼らは彼の指示に従い、この研究を、恐らく地上最強の兵器を作るためだとか、その位の話にしか聞かされていないのだろう。それを鵜呑みにして指示に従って来た、といったところか。そうでなければ、魔操の研究をご立派なものと言ってるような男が、自身も空想の世界に飲みこまれてしまうことを良しとするわけがない。

「何が目的でこの研究所に入ったのかは知りませんが、私もシュヴァルツ様に言われておりますんでねぇ。侵入者は排除しろ、と」

 男は懐からナイフを取り出し、見せつけるように手の中で弄ぶ。

だがそれは護身用で、本格的な戦闘に使うにはあまりに役立たずである。しかし彼はそれを誇らしげに弄びながら、笑う。

エネルは静かな歩みでライトマンの前に立つと、チェーンソーに魔操を充填した。

「お嬢ちゃん、私と戦うつもりなのかい。私は人だよ、君に殺せるのかな」

「殺しは………しません、です」

 殺しはしない。

 ただ、戦うだけ。

 こんな人間がいるから争いが起きる、罪もない人々が犠牲にならなければならない。

 そう思うほどに、エネルの中で怒りが増してゆく。

 男は彼女が本気で戦うつもりだと気付き、警戒する。この研究所のセキュリティシステムを掻い潜って来たのだ、本気で戦えば人の一人ぐらい簡単に殺せてしまうだろう。それでも相手は子供と、頼りなさそうな貧弱な男一人である。子供が簡単に人を手に掛けることなどできはしないだろうし、貧弱な男は脅せばすぐに言うことを聞きそうだと思った。

 けれどそれは全て計算違いだった。

 エネルの眼には躊躇いはない。

 ただ、目の前の敵を倒すことだけを考えている。

 それが恐ろしくて、男は思わず竦み上がった。

「いいよ、エネル」

 ライトマンがエネルの前に出る。

「博士」

「悪いけど、そこを通してもらえるかな。ワシらには護りたいものがあるんだよ」

「と、通すわけがないでしょう。どうしても通りたいとういのなら、私を殺してみてはどうです」

「誰かの命を摘み取らなきゃ前に進めない。そんなの嫌だよ」

 ライトマンはゆっくりと、歩む。

 男は怯え、後ずさる。

「だけどそこを退いてくれないのなら。護るために、君を傷つけることも仕方がないよね」

 哀しげに言って、握りしめたドライバーに魔操を充填する。

「お、おい! ちょっと待て、私は人間だぞ! お前まさか本気で殺そうなんてっ」

 予想外の展開に男は慌てて後退する。

 だがライトマンはドライバーを一閃し、駆け出す。

 真っ直ぐに、ライトマンが男に迫る―――

「うわああああああああああああああああ!」

 男は恐怖に悲鳴を上げた。

 ドライバーが、男の胸を斬る。

 千切れた衣服が、宙を舞う。

 男は恐怖に腰を抜かし、座り込んだ。だが彼の胸からは、血の一滴も流れない。傷もない。

 ライトマンは恐怖に震えあがる男を見下ろし、哀しげに瞳を細めた。

「行こう、エネル」

「………はい」

 哀しげなライトマンの背中を見つめ、小さく返事をするエネル。

 今彼は何を想い、瞳に哀しみを宿しているのだろうか。

 いつもの優しくて情けない彼の背中は、そこにはない。ただ静かな哀しみだけが、彼の背中から伝わって来る。そんな彼の背中に、エネルの小さな胸はきゅうっと締め付けられるのだった。

 その時。

 突如、激しい揺れが研究所を襲った。

 二人はその場に倒れ込み、顔を見合わせた。



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