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3

 厨房―――

 調理用神殻から炎が上がり、窯からは黒煙が噴き出し、水道は乱暴に水を吹きだし、料理人達は悲鳴を上げて逃げまどう。だがその中でやはり数人、謎の光の粒に衝突されて気を失ってしまう者も出た。誰もが彼らを助けようとしたが、だが、それより先に料理長が素早く彼らの首根っこを掴んで次々に部下に投げ渡した。

「急げ、とっとと外に出ろ!」

 最後の二人を両脇に抱え、料理長が怒鳴る。

 料理長・バードック―――成人男性にしては若干背が低く、小柄なその男。鼻の下で真っ直ぐ揃えられた髭と常に厳めく歪めた表情と真一文字に引き結んだ口が特徴的な、この道二十年のヴェルデ城専属料理長である。服装は通常のコック服に首には料理長の証である赤いスカーフを巻いているが、山高帽は被っていない。

 一喝されて、部下達は大慌てで厨房を飛び出した。

 バードックは、もう誰もいないことを確かめてから、素早く厨房を飛び出した。

 と、そこに一人の少年が駆けつける。

「バードック。皆、どうしたんだ」

 少年は不安げな眼差しで、バードックに訊ねた。

 幼いながらもその顔には落ち着きが感じられ、言わなければ誰もが彼を貴族の子供と思うほど気品と育ちの良さが滲み出ている。

 だが彼は十歳にも満たないうちにバードックに弟子入りした、天才料理人。

 彼のその雰囲気はおそらく、バードックの教育のたまものなのだろう、と他の料理人仲間は語る。

「大丈夫、少し気を失っているだけだ」

 バードックは優しい声音でそう言うと、弟子を抱きあげた。

 それで少しは安心しただろうか、少年は何も言わずにきゅうっとバードックの胸にしがみついた。

 直後。

「バーーーーーードック!」

 平和ボケした皇帝陛下が珍しく必死な顔して走って来た。

 髪を振り乱しマントを垂直になるほどなびかせて、地響きを立てながら突進してくる。

「なんだ、騒々しい!」

 相手は皇帝陛下だというのに、バードックは気にもせず一喝する。

「やっぱりか! 貴様のところも気を失ってるのか」

 床に寝かされた料理人を抱き起こし、バードックを見上げる。

「これは一体どういうことだ。この間から街でも神殻の不具合が多発しているようだが」

「わからん。とりあえずライトマンとエネルに原因調査に向かってもらうよう依頼したんだが」

「死ななきゃいいがな」

「そんな危険な旅でもなかろう」

「過労で、だ」

「奴は死にそうで死なん、安心しろ」

 ロキは何故だか腹が立つくらい爽やかな笑顔でウインクし、親指を立てて見せた。

「貴様と言うやつは………」

 ライトマンが聞いたら泣くぞ。

 心底呆れた様子のバードックが、半眼でロキを見る。

 その時。再び爆音・城が激しく揺れて壁にヒビ、そしてロキの頭上で天井が崩れ降り注ぐ。

 危ない―――バードックが動こうとした瞬間、彼の横を何者かが横切り、ロキを突き飛ばして剣で瓦礫を弾き飛ばした。

「お怪我はありませんか、陛下」

 そう言って振り返ったのは、帝国騎士団・総隊長の骸。

銀と黒の二色の鎧に身を包み、黒いマントをなびかせて、腰には大剣。歳は四十半ばか、眉間に深く刻まれた皺と真一文字に引き結ばれた口、そして人一倍大きな体格は、騎士団長たる者の風格を表している。特徴的なのは腰ほどまである長い白銀の髪と、常闇のような漆黒の瞳だろうか。その眼は常に冷静沈着で、何事が起きようとも動揺の色を見せることはない。

「おお、骸! まったく酷いもんだよ、まさか国の事態がここまで深刻だったとはな」

「情けない。前皇帝のクォルツが聞いたら嘆くぞ」

 バードックは大きなため息を吐き出して、頭を押さえた。

「奴の名前は出すな、人に皇帝の座を押し付けて一人勝手に旅に出おってからに!」

「まだ恨み事をいうのかっ?」

「冗談だ! ただ極寒の海で氷に閉ざされて遭難すればいいのに、とは思うがな。たまに」

「貴様というやつは………」

 呆れるやら腹立たしいやら、バードックは拳を固く握りしめてわなわなと震えだす―――だが今にも殴りかからんばかりの殺気をまとう彼を片手で制しつつ、

「そんなことより陛下。街でも次々に神殻が故障し、調理場同様の激しい爆発が起こっているそうです。今、うちの騎士団と獣騎士団が様子を見に行っているようですが、状況はあまりよろしくないようです」

「なるほどな。わかった、私も後で行くとしよう。原因調査はライトマンとエネルに頼んだし、何かあればすぐ連絡してくるだろう。とりあえず今は、街の人々の安全確保が優先か」

 ロキは不安げに、意識を失ったままの料理人数名を見た。

 ただ気を失っているだけならいいのだが。どうも、それだけの気がしない。それが気のせいならばいいのだが、この魔操の異常と謎の光の関係―――考えて無関係と断言することはできない。むしろ関連性があると言わざるを得ないだろう。

 だがそれがただの思いすごしであったなら。

 ロキは、そう願わずにはおれなかった。



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