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ルインヴィル・広場―――
パレードが繰り広げられ、空には七色の鳥が飛び、人々は歌い踊り酒を飲み交わし、楽しげな歌と音楽が鳴り響いている。そして花火が上がり、時々、道化師がお菓子やお金をばら撒きながら空を飛んでゆく。そんな光景は一見すると楽しげだが、やはり、ようやくこの場に辿り着いた骸達の胸にもどこか哀しげに映るのだった。
「この牛乳、味はするのに、まるで空気のようじゃぞ」
でかい牛乳瓶を抱えたライエンが、絶望した顔で言う。
「この野菜達もだ。これでは何も呼びだせんな」
バードックは残念そうに溜息をつく。
「全てが幻、か。少々奇妙ではあるな」
「少々どころではないわい。それよりライトマン達はどこじゃ」
「これを持ってきた。ライトマンが作った『エネル探知―略してエネ深―』だ」
骸は懐から手のひらサイズの玩具の豚を取り出した。
「なんでそんなもん、お前が持っとるんじゃ?」
「ああ。以前のエネルは一人で街に出かけては夜遅くまで帰って来ないことがよくあったらしくてな、心配したライトマンが作って私に渡したんだ。あまりに帰りが遅くなったら、一緒に捜してほしいと。兵士や陛下も持っているはずだが」
「ワシ、もらってない」
「………結果が伴えば渡す価値もあるのだろうが」
骸は、ふむっと真剣に考え込む。
「な、なんじゃとっ? ひどいぞ、なあバードックっ」
「真実なのだから仕方なかろう」
「ワシは獣騎士団の団長だぞ!」
「そこが不思議だ」
バードックは頭を押さえ、難問でも解くように顔をしかめて見せた。
「酷いぞ二人とも………」
情けない顔して怒るライエン。
「だが、奇妙な街だな。船の上に街があり、感覚もない」
バードックはつま先で地面を叩き、首を捻る。
ライエンはしゃがんで地面に触れて、眉をひそめる。
「なんというか、硬い空気、かのう」
「………ここは全てが幻、だからな。今、眼に見えているものは全て偽物だ」
「そう。全てが幻。全てが、嘘。だけど全てが本物。本物の偽物、なの」
と―――女性の声。
この街に在る人間は全て不確かで、触れれば手をすり抜け、誰もが現実の存在を認識しないかのように通り過ぎてゆくばかり。もちろん誰かが声をかけて来ることなんて、なかった。こちらが声をかけてもまるで不確かで、言葉を耳にしているのに相手の顔がこちらを向いているのに、それはここではないどこかへと向けられけしてこちらには届かないような、そんなものだった。
けれど今、その女性の声は、確かにこちらに向けられていた。
見るとそこには、色の白い細身の女性が、少女のように無邪気な笑みを浮かべて立っていた。
「貴方は」
骸がそちらに向き直る。
女性は微笑む。
「はじめまして。私の名はココン――――貴方達、女の子連れの死神さんのお友達?」
女の子連れの死神。
すぐに誰のことか理解できた。
三人は驚いて、顔を見合わす―――
工場の扉はセキュリティシステムが万全で、暗証番号がなければ開かなかった。だがそこはもう、なり振りなど構っていられないのでエネルがチェーンソーで破壊して、さっそく警備用神殻にお出迎えされてしまった。
工場の中は薄暗く光は一切届かず、わずかに柱代わりに使われている巨大な円筒状の装置から漏れる紅い光だけが部屋を照らしている。
そこに、警備用神殻が襲ってくる。
顔に紅い球体を埋め込んだ人型の、神殻。
神殻傀儡と違うのは、彼らが警備用に作られたもので侵入者のみを殺すという点だ。
兵器ではなくあくまで警備用神殻、という点で区別されている。
エネルはチェーンソーを振り回して神殻を一掃し、ライトマンは魔操を充填したドライバーで敵を薙ぎ払う。
「エネル、大丈夫かい!」
「博士こそ、です。よそ見をしていたら仲間に連れ去られます、です」
「し、死神は仲間じゃないよ」
と正面から襲ってくる警備用神殻を払いのけ、一歩下がる。
二人は背中合わせに立ち、周囲から湧き出す敵を一瞥し、同時に駆けだす・エネルは魔操を充填したチェーンソーを、右足を軸にして大きく振り回して敵を一掃、ライトマンはその隙に部屋を駆け抜け、警備用神殻を動かす動力体を探し出し、すぐさま制御を試みる。
部屋の奥の壁に設けられた制御盤は、ライトマンにとっては特に難なく動かせるものだった。エネルが一人で頑張ってくれている間に彼はさっさとそれを動かし、敵が動きを止めたのを確認すると彼女のもとに駆け戻る。
「大丈夫かい、エネル」
「この工場は一体なんなのでしょう」
「もしかすると」
ライトマンはアゴに手を当てて、真剣な表情で考える。
エネルはじっと、彼を見る。
「行こうエネル、もしかしたらとんでもないものが見つかるかも知れないよ」
「とんでもないもの、ですか」
「ああ」
一体なにが見つかると言うのだろうか。
エネルは小さく首を捻った。
「この街はもうすぐ終わるわ。でも消えてなくなるわけじゃないの、生まれ変わるのよ。そう、主が望んだ世界にね。それはけれど現実が終わりを告げるということを意味しているの。わかるわよね、どういうことだか」
ココンは無邪気に笑いながら話した。
この街は終わり、新たな世界に生まれ変わる。
現実世界を崩壊し、人々を犠牲にして。
残された時間は、あとわずか。ココンは歌うように話をして、ある場所を示した。そこには一本の巨大な樹が、海に囲まれた空に向かって真っ直ぐに伸びていた。あそこはこの街で唯一現実との繋がりを持った場所で、あの大きな樹は【終わりの象徴にして始まりの象徴】だという。
「最後の養分が注入されたらきっと、無数の核帯が人々の精神体を襲ってしまうわ。そうならない内に、早くあの樹を枯らしてちょうだい。きっと今頃、あの死神さん達もあの場所に向かっているはずよ」
ココンは言って、その表情から笑みを消す。
静かに瞳を閉じたかと思うと、口元に小さな笑みを浮かべた。
「主はとても我儘だから。大丈夫、貴方達ならきっと説得できるはずよ」
そう言って彼女は、骸をじっと見つめた。




