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鉄の兵士がゆっくりとした足取りで二人に近づいてくる。
ライトマンとエネルは警戒し、身構える。
重々しい鉄の足音が、耳に重く響く。
「この街から生きて帰れた者はいません」
鉄の兵士が、抑揚のない声で言う。
「何故なら侵入者は全て私が、葬って来たのですから」
この塔の周りにあった墓は、数えきれる程度のものではなかった。
何百、いやそれ以上だろうか。この塔を囲んで、無数に存在していた。
彼はたった一人で、この街を護ると言う理由だけでそれだけの人間を斬り続けてきた。
ライトマンは信じられずに、愕然とした。
「街を、護るためにですか」
エネルが、ぼそりと問う。
「それが主の望み。彼が望むのならば私はこの手を汚すことも厭わない」
鉄の兵士は剣を構え、階段を蹴って跳躍する。
エネルは素早くライトマンの前に飛び出しチェーンソーを構える。
兵士の剣とチェーンソーが混じり合い、甲高い音を立てて火花を散らす。
「身勝手な話、です。彼らは自分が愛する者達を救うためにここに来た。それを貴方は主のためという身勝手な理由で屠ってきた。許されることではない、です」
「私は自分のしていることを正義だとは思いません」
「ならば、なぜ」
「主が望む世界を護るためならば私はこの手を穢しても構わない。私が護りたいのは平和な街じゃない。彼が信じる、彼が望む、世界。そう彼の【夢】を私は護りたい。そのために私は存在し、剣を握るのです」
兵士の剣が、エネルのチェーンソーを弾く。
「この世界は醜い。望みを手にするために争い多くを犠牲にし、それでも終わらない。騎士として戦場に赴いた我が主は多くの命を摘み、屍を踏み越えた。両手は血に塗れ周りには物言わぬ亡骸だけが転がって。彼は国のために剣を振るい勇敢に戦ったが、彼の中に残ったのは虚しさと正義と罪という矛盾。しかし人々は彼を英雄と称え、崇めた」
兵士は切っ先をエネルの喉元に突き付ける。
「正義とは。罪とは。平和とは。彼は心を病み床に伏し、やがて目覚めなくなった。そして私に託したのです、世界を護る役目を。私は彼に望まれこの街にやって来た。用意されたのは戦争で使用された神殻傀儡の、抜け殻。私はそこに己の精神体を移し、この街の守人となった」
と兵士は剣を下ろし、
「彼が望むのならば私はこの先もずっと罪を重ねよう。私が望むのは世界の平和でも人々の幸福でもない。ただ彼が幸せだと言ってくれる、そんな世界なのだから」
剣に魔操を充填する。
蒼い光が宿り、魔操粒子がふわりと舞い上がる。
「彼の【世界】を護るためならば。私はいくらだって、罪を――――」
素早く兵士が動く。
剣が閃き、エネルの喉を狙う。
だが一瞬早く彼女はそれを交わし、後方に回り込んでチェーンソーを振り上げる。
だが兵士はライトマンに向かって駆け出す―――ライトマンは素早くドライバーに魔操を充填し、振り下ろされた剣を受け止めた。剣とドライバーがぶつかり合い、甲高い音と共に火花が散る。
「貴方達も、墓に入れて差し上げます」
「もし。もしワシが君と同じ立場だったら」
ライトマンは必死に踏ん張り、剣を押し返す。
「ワシは主を、大切な者を救うために戦うよ。体力も運動神経も芸術センスもないワシだけど、こんな哀しい世界に閉じ込めてしまうくらいならいっそ世界を壊して無理やりにでも外に連れ出すよ」
「大切な者がそれを望まぬとしても、ですか」
「当然だよ。この世界にはだって、その人にとって本当に大切なものも未来もなにもないじゃないか」
剣を受け止めるので精一杯で、まともに言葉を発するのも苦しい。
それでもライトマンは、震えながらも、言葉を口にする。
「未来、ですか」
「そうだよ。逃れることは簡単だけど、それをしたら未来はそこで終わってしまう。彼らがどれだけ苦しく辛い想いをしたのかは知らないけれど、この街が未来を失くしてまで身を投じていい場所だとは思えない」
と―――とうとう剣が弾かれ、兵士の剣がライトマンの腕を斬りつける。
寸でのところで交わしたライトマンだったが、腕が深く傷つき、血が滴る。
「君だって誰かと喧嘩したことくらいあるだろう」
「なんの話です」
「だけど仲直りした時は、すごく嬉しい。そんなふうに、痛みがあるからこそ良いことがあると凄く凄く嬉しいんだよ」
ライトマンは苦笑して、
「楽な場所にはなにもないよ。溜まりに溜まった仕事が片付いた時の喜びも充足感も何も知ることなく、ただ時が過ぎていくだけ。辛さがないのはいいことかと思うけど、その分、楽しいことだって知らないままなんだ。そんなのはつまらないだろう」
とライトマンは階段をゆっくりと進み、エネルに歩みよる。
「博士、腕」
「大丈夫。大したことないよ」
「貴方はまだ、本当の苦しみを知らない」
鉄の兵士は、呟くような声で言う。
「そんなものも大切な者も全て振り払って逃れたくなるほどの苦しみも」
「そうだね。幸いワシには、鎖がたくさんあるみたいだから」
そう苦笑して、エネルの頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「だけど。大切な人がそれだけの想いをして逃れてしまったら、ワシはこんな世界破壊してでも連れ戻しに来るよ。本当に」
ライトマンは口元に哀しげな苦笑だけを残して、静かな表情を見せた。
彼は誰のことを言っているのだろう。その瞳はエネルを見ているのに、けれど此処ではないどこか、彼女ではない誰かを見つめているような、そんな気がした。だからエネルはそれが少し悔しくて、ぎゅっと彼にしがみ付くのだった。
「どうせ大切な人と生きるなら、痛みも苦しみも分かち合いたいからね」
ライトマンは優しく苦笑して、エネルの頭を撫でる。
「そんなもの」
鉄の兵士が、ぎゅっと剣を握りしめる。
「本当の苦しみを知らないから、言えるんです」
「じゃあ君は」
ゆっくりとライトマンが、兵士を見る。
「本当の喜びを知らないんだね」
「――――!」
「山積みの仕事が片付いた時のあの達成感といったらないんだから」
そしてライトマンは、エネルの手を引いて、歩き出す。
「待ってください」
鉄の兵士が呼びとめる。
振り向くと、鉄の兵士は背中を向けたまま、言う。
「心の生き場を失った者にとってどうあることが一番の幸せなのか、考えたことはありますか。とどまる場所を失い崩壊していくだけならばいっそ、誰かが彼らの心を受け止める場所が必要なのだと私は思います」
言う鉄の兵士はしかし、小刻みに、震えている。
「人は全て、強くはない。弱い者は壊れ、行き場を失う。この場所は、そんな人達の居場所なのだと私は思うのです。貴方達には理解できないでしょうが、確かに必要なのです」
そして兵士は振り返り、剣を閃かせ駆けだす。
弱い者は逃避を望み、望む者は居場所を求む。
彼らにとっての幸せがこの世界に在るのなら、それを否定することなど誰にもできはしない。
していいわけがない。
彼が望む、この平和な世界を。
彼が望んだ、未来の形を―――例えそれが偽りだとしても、それでも確かにここに、誰かが望んだ幸せがある。ならばそれでいいじゃないか。現実の幸せなんていらない。乗り越えられる程度の苦痛じゃない、乗り越えようとする前に絶望に落ちて、縋る術もなく彼らはこの世界にやって来たのだから。
彼らの、主の、望んだこの世界。
護りたいと思うのは、間違いじゃない。
だって私は彼とこの街のためにずっと――――




