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「馬鹿めっ………! 口にするからだ―――」

「一体どうしたんだ、大丈夫か」

 骸は慌ててクェンを抱き起こす。

「魔操精神体を操られ、事件の真相を口にすることを制御されているんだ。コイツの体内には大量の魔操が蓄積されていて、事件の真相を口にすればソイツが身体機能を停止させるって寸法だ。もちろん私もそう、今回の事件に関わってる奴は全て同じだ」

 タルカスは舌打ちし、悔しげに眼を細める。

「なんとかならんのかっ?」

「チッ! 組織を裏切るからこういうことになるんだ」

 タルカスはバードックの腕を払いのけるとクェンの胸に手を添える。

 核胞記と精神体と融合した複雑な図式が浮かび上がり、タルカスはそれを解除しようと試みるも、文字は彼の指の間をすり抜けてはまた元通りの図式に戻ってゆく。

「なんとかなりそうか」

「無理だ。精神コードがあまりに複雑すぎる」

「お前さんは魔操の研究者だろう、なんとかできんのかっ?」

「体内に魔操の精神構築施術をできるのは相当高度な技術を持った人間だけだ。私は魔操の知識こそあれど、できることは力を使って【物質】を生み出すことだけだからな。この神殻傀儡達のような、な」

「じゃあこの男はもう助からんと―――」

 バードックが悔しげに眼を細める。

「応急処置くらいならできるが」

 とタルカスは両手を白衣に突っ込んで立ちあがると、

「そんなことをしたところで、コイツの未来が何か変わるわけでもあるまい。結局、この国………いや、この世界はオンブル様の世界に誘われてしまうのだからな。死んだところで、精神体は彼の世界に吸い込まれ己が死んだか生きたかもわからぬままに平和に笑い続ける。だから今、生を望むこともあるまい」

「悪いが、私らはそんな未来を望んではおらんよ。もし貴様がこの男を助けぬというのなら、その首をはねることも仕方あるまいよ」

 とロキは斧を振り下ろして床を砕き、いつもの気だるげな眼でタルカスを見る。

「そうしたいのならすればいい」

「なんだと?」

「何故、私達が空想の世界を望むのかわからないのですか。現実に生きたところで再び戦は起きる、多くの人々が死ぬ、親兄弟・友人もペットさえも犠牲となって肉塊と化したあの惨状を貴方も知らないわけではないでしょう。そんなことが再び起きるのなら、この男も、私も、世界中の人間もいっそ狂ってしまった方が」

「もし。もしこの世に生きる多くの者達がそれを望んでいるのだとしたら、あんな争いが起きた直後に誰もが自ら命を絶っていただろう。だがこの世界に生きる多くの者は子を生み育て未来を育んでいる。けして傷が癒えたわけではないだろう、それでも彼らはこの世界に確かな未来を望んでいる。過ちを繰り返すのは欲望と権力を握ったあさましい大人だ。私はこの国に生きる民をそんな人間の犠牲にしたくはない、こんな窮屈な服だって媚びへつらう貴族共の相手だって面倒だがな、そんなもんで平和を保てるのならいくらだって我慢してやる。貴様もこの国の民だろう、ならば私を信じろ。お前が経験した、あの残酷な歴史は二度と繰り返させはせぬ。そのためにワシは生きるつもりだ、友を失ってもな」

「と、友を失っても?」

「友が私に未来を託すなら、私は独りでも生きて未来を進むべきだろう」

 とロキは歩み、タルカスに戦斧をつきつける。

「我がグリングラウンドの民よ。皇帝陛下としてここに命ずる。国の未来を護るため、そなたの力を貸してはくれまいか」

 タルカスは黙り込んだ。

 迷っているのか、ただ悔しさに歯噛みしているのか――――と、タルカスは深く項垂れると、ゆっくりとクェンの胸に手をあてがう。

「本当の応急処置だ。完全に解除するには、よほど詳しい知識を持つ者でなければ」

「安心しろ、幸いうちには【ノートルダム】の連中と同じ、いやそれ以上の知識を持った男がいるからな」

「ライトマン博士、ですか」

「とにかく早く応急処置をしろ。それからライエンにバードック、それから骸、ルインヴィルへ急いでくれ。ライトマンに合流して【ノートルダム】の企みを阻止してこい」

「なんだかお使い頼まれてるみたいな軽い言い方じゃのお」

 ライエンは肩を竦める。

「いいからとっとと行け」

 ロキは追い払うように適当に手を振る。

「まったく。というか私は料理長なんだがな」

 バードックが己を指さして文句を言うがロキは聞かず、小指で耳を穿りながら彼方に目を逸らす。

「今は、だろう。いいからとっとと行け」

 適当くさく欠伸なんかしながら、くるりと背中を向ける。

「まったく」

 バードックは小さくため息をつく。

 と、骸が、ふと思い出してタルカスに訊ねる。

「そうだ貴様、今、この街に溢れているあの亡者達は一体」

 するとタルカスは黙り込み、ゆっくりと、背中を向けた。

「オンブル様は今もずっと夢を見続けている。人々の精神体を吸収しているのは、オンブル様というよりルインヴィルに造った彼の精神体を利用したノートルダムの研究施設なんだ。今この街に溢れているのは、欠陥―――つまり彼の夢に覆い隠された現実。要するに悪夢だよ。それが核帯を介して街に溢れているんだ。オンブル様は夢を見ながらあの戦争の恐怖に囚われ、その想いが核帯に流れ込んでいるんだ。まあでも、亡者達が人々を殺した所で結局は彼の夢の中に誘われ、あとは生きるも死ぬも変わらず笑って楽しく暮らすだけなんだがな」

 タルカスはそう言って、窓の外を見る。

「残念だが、そんな未来は訪れることなどないだろうな」

 骸が言う。

 タルカスは、静かな眼差しを、彼らに向けた。

 骸とライエンとバードックは、揺るぎない信念を宿した瞳でじっとタルカスを見ている。

「我々の望む、信じた未来はそんな下らないものじゃない。だから抗って見せる、この命を引き換えにしてもな」

 骸ははっきりとそう宣言し、ふいと部屋を出て行く。

 そしてライエンは満面の笑みで、

「夢の中の牛乳じゃ、やっぱり満足できんからな」

 そう言って、バードックと共に部屋を出て行った。

「タルカスよ。おまえは本当に、これでいいのか。夢の世界に囚われて、本当に幸せなのか」

「………いいんじゃないですか。それでもう二度と、戦争が起こらなくなるのならな」

「そう、か」

 ロキは少し俯くと、小さくため息をつき、クェンを抱きあげてベッドに運んだ。

「私も皇帝として、まだまだのようだな。誰もが笑って暮らせる世界を目指して頑張ってきたが、まだ未来に不安を感じている者がいる」

 そう言って彼は静かにタルカスに歩み寄る。

 タルカスはうっとうしそうに彼を睨む―――と、なにを思ったか、ロキは突然、深々と頭を下げた。その行動に、さすがのタルカスも驚き、思わず目を丸くした。

「なっ………!」

「すまない。私は兄・クォルツの後を継ぎ、民のために精一杯努力を続けてきたつもりだった。だが未だ、この国の将来に不安を抱く者がいる。ならばそれは全て、私の責任だ。私が皇帝として半人前であり、不甲斐ないせいだ」

「お、おいっ………」

「私は皇帝として半人前かもしれない。だが私は、この国の民を護りたい。いつか必ず、全ての民を笑顔にしたい。だからどうか、信じてはくれないか。私を、この国の未来を」

「なぜ。皇帝である貴方が、敵であり一国民である私なんかに頭を」

「地位も名誉も権力も。それは私に与えられた選択肢の一つに過ぎぬ。志はこの国に生きる者達と同じ。私も同じ人間であり、この国を愛する者であり、それはこの国の民と何ら変わりはない。そう、お前さんと同じようにこの国を愛し人々の幸せを願う一人の人間だ。だが私の選んだ選択肢は、人々を夢の中に閉じ込めることじゃない。傷ついても泣いても、それでも笑っていられるそんな世界をつくることだ」

 ロキはゆっくりと顔を上げ、

「二十年前。あの戦争で、私は約束したんだ。自分自身に、この国に、死んでいった仲間達に。必ず、お前達の望んだ未来を手に入れて見せると。だからタルカスよ、信じてはくれまいか。この国の未来を」

 そう話すロキの眼差しは真っ直ぐに、しかし瞳の奥に深い哀しみを宿し、じっとタルカスを見つめる。彼は二十年前のあの惨劇の最中、戦い、幾万の屍を越えてきた。そして今、玉座に座り、誰もが望む理想の未来を目指している。

 わかっている。

 彼だって、理想の未来を創るため努力をしてきたことを。

 けれどそれでもまたいつかは―――

 あの惨劇が繰り返されるのだろう。そう思うのに、窓の方を向いたロキの背中が何故だかとても逞しく見えて。その瞬間、不覚にも、彼になら未来を託しても大丈夫かもしれないと思ってしまった。

 逞しく大きな背中。けれどその背中はどこか哀しげで、でも確かな強い意志を感じさせられる。彼の言葉が真実であると、その背中が証明している。

「………あなたは神ではない。絶対の未来など約束できはしないでしょう」

「神などこの世に存在せぬ。私はただの人間だ。だから、地を這うしかない。努力しかできない。だから私は諦めぬ。この国の平和を護るために、努力を続ける。死んでしまった仲間達との約束を果たすためにな」

 ロキは言って窓に手をつき街を眺めた。

 死んでいった仲間達。彼らの意志を継ぎ、築き上げた平和。

 護りたい。どんなことをしても、必ず―――………



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