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「そ、そんな馬鹿な」
愕然として震えるのは、タルカス。
まさか魔操を使えない皇帝陛下が、魔操を充填した神殻傀儡と対等………いやそれ以上の力で戦えるとは思いもしなかったのだ。
「言ったはずだ。私は二十年前【五聖団】の一員として戦ったと」
真っ直ぐに向かって来る神殻傀儡の剣を撥ね退け、
「今、この国は平和で、難しいことを考える必要も未来を案ずる必要もない」
隙ができた瞬間、相手の懐に潜り込み、一気に剣を叩きこむ。
鉄と鉄の交わる鈍い音が響き、神殻傀儡は吹き飛び壁に衝突・力なく床に横たわり、動きを止めた。
「だが私は自分が国の上に立つ者だということを忘れたことはない。国の上に立つ者はけして死んではならぬ。死んでは何も護れず、死んでは国の未来を見届けることもできぬのだからな」
切っ先をタルカスに向け、ゆっくりと歩み寄る。
まさかの事態にタルカスは悔しげに歯噛みし、後ずさりする。
「教えてもらおうか。今回の件、一体どういうことなのか」
「さてね。どういうことでしょうか」
タルカスが、軽く指を弾く。
すると突然、窓ガラスを突き破って神殻傀儡が数体飛び込んできて、更にまた廊下からも数体、部屋に飛び込んできた。
あっという間に部屋は神殻傀儡で溢れてしまったが、だがロキは顔色一つ変えなかった。
「クェン博士共々、楽にしてさしあげますよ」
タルカスが言った、瞬間。
神殻傀儡達が一斉にロキとクェンに襲いかかる。
ロキは素早くクェンに駆け寄り、剣で神殻傀儡達を一掃するが、すぐにまた別の場所から襲いかかられ、キリがない。クェンは怯え、戸惑い、震え、ロキはそんな彼を小脇に抱えて身を低くして敵の中を駆け抜け部屋の隅まで避難する。クェンを部屋の隅と自分の間に隠して匿うと、剣を構えて、どうしたものかと逡巡する。
まあ彼にとってこのぐらいの敵をどうにかすることなど雑作もないのだが、今彼がこの場を離れてしまえばクェンの身が危ない。一人でならいくらでも戦えるが、彼を護りながらこれだけの数を相手にするのは困難なことだった。特にロキが今手にしているのは、神殻傀儡の握っていた細い剣で、それは質もよくなければ手入れされたものでもない、相手を殺傷できればいいというだけで持たされた簡素なものだったのだ。
考えているうちに、神殻傀儡があっという間に二人を囲む。
逃げ場はない。
戦うしかない。
ロキは剣を握りしめ、一歩を踏み出した。
そこへ、
「ロキ!」
よく知った声、と同時に神殻傀儡がもんどりうって倒れ込み、巨大な戦斧が飛んできた。
ロキは剣を投げ捨ててそれを受け取ると、勝利を確信した力強い笑みを浮かべるのだった。
「すまぬな」
部屋の扉の前には、駆けつけたバードックとライエンと骸の姿。
ロキは斧を手にして駆けだすと、襲いかかる神殻傀儡を戦斧で一掃・片手でその巨大な斧を振り回しただけであっさり敵を薙ぎ払い、更に起き上がろうとするそれに容赦なく斧を叩きこんで完璧に息の根を止める。
「次は貴様の番だぞ。息の根を止めはしないが、口を割らんというのなら四肢を捥ぐことも仕方ないと思えよ?」
ロキは眼を細め、くるっと斧を回転させつつ言う。
タルカスは怯えて後ずさるが、
「さあ、教えてもらおうか。今、この国で起こっていることを」
バードックがその肩を掴んで、止める。
それでも逃げようとするので、仕方なく腕を捻って床に押し倒したが、
「ま、待ってください。私からお話します」
クェンが言って、慌ててタルカスに駆け寄る。
「クェン博士」
タルカスが忌々しげに顔を歪める。
「実は、今回の件は全て一人の男の夢が原因なのです」
「夢?」
ライエンが不思議そうに首を傾げる。
「覚えておいででしょうか。二十年前、某国にオンブルという男がいたことを」
「ああ、もちろんだ。グレイグラウンドに支配された世界を救うため、我々と共に戦った仲間だ。ただ奴はその後、心を病んで床に伏したときいておるが」
「そうです。彼は自分の作った夢の世界・魔造幻影都市ルインヴィルに人々を連れて行ってしまっているんです。魔操が異常を来しているのもそう、全ては彼と魔操学術都市【ノートルダム】の最高幹部組織【アーラ】が一人シュヴァルツの仕業」
「クェン!」
タルカスは吠え、思わず力任せに身をよじる。
だがバードックは渾身の力で抑え込み、タルカスは悔しげに歯噛みするしかなかった。
「彼らは人々をオンブルの世界に閉じ込めてしまうつもりなのです。今は未だ被害はこの国だけですが、シュヴァルツとオンブルはその精神体と実験施設に【保管】されている子供達の精神体を利用し、強大な力を手に入れ、やがては世界中の人々を彼の世界に閉じ込めてしまおうと考えているのです」
「なんということだ。しかし何故、オンブルはそんなことを」
「それは」
「クェン、それ以上は言うな! 貴様も、貴様も望んでいるのだろう! どれだけ綺麗事を口にしたところで、本音は私達と同じ場所に在る! そうだ貴様も、未来を、世界の歴史を―――二度と歪むことのない歴史を望んでいるのだろう!」
「タルカス! 私は世界の未来などどうでもいい。ただオンブルが、友が過ちを犯そうとしてるのを見過ごしたくないだけだ。だから」
と言葉が途切れる。
急に胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべ、タルカスに縋りつく。




