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3

 

 空中を漂う、主の時計塔。

 窓からそれを眺めながら、ココンは鼻歌を歌う。

「美しい世界だわ。痛みもない苦しみもない哀しみもない………そうね、ここは貴方の望んだ世界だわヘルト」

 正義ってなんだろう。

 英雄ってなんだろう。

 平和ってなんだろう。

 破壊しか生まない戦争

 平和を取り戻すため

 彼は人を殺した

 哀しみの中で剣を振るい

 彼は、悲鳴をあげた



 塔の最上階。

 幾重にも施された鎖と鍵に閉ざされた、部屋。

 薄暗く光は届かず、格子のはめこまれた小さな窓からわずかに外が見えるだけだ。そんな部屋の中央、ソファに深く腰をおろした一人の紳士が肘をついてその小さな窓の外を眺めていた。いや、正確には、監視していた―――だろうか。そこから覗く世界は非常に小さく、けれど彼には見えるのだ。その世界の全てが、一部の風景を目にするだけで全ての景色が流れ込んでくるのだ。まるで自身の目が街中の至る場所と繋がっているように。まるでその身が監視塔かのように―――

「お久しぶりです。オンブル様」

 部屋の主に近づく、一人の男。

 銀色の髪を揺らし、靴音に気を使いながら、ゆっくりと歩み寄る。

 オンブルと呼ばれた男は反応せず、そちらに顔を向けることもなく、言う。

「蟲が入り込んだ―――今、守人が駆除に向かっている」

「蟲、ですか。私の優秀な部下が駆除してくれていればよいのですがね」

「この街に現実の存在は必要ない。触れるのならば消す」

 オンブルはゆっくりと顔を上げ、小さな窓の向こうを見据える。

 海に包まれた空と、宙に浮いた白い通路や花園が海にたゆたうように行き交い、いつの間にか消えていく。時にはどこからか美しい女性の歌声が聞こえて、それも幻だったかのように余韻もなにも残さずに消え失せる。そして人々の楽しげな笑い声が聞こえて、金色の鳥が空を飛び、花弁が空を舞い、日が暮れる。いつも不規則で不確かな街の姿は、それでもその瞬間には美しく、男の心を満たしてくれる。

「私達が望むのは、平和な世界だ。あの日のような哀しい時代が二度と訪れぬための、絶対の平和だ。だから―――シュバルツ君」

「わかっております、主」

 シュバルツは胸の前に腕を持っていき、深々と頭を下げる。

「真の平和を、世界に―――………」




 想像通り、塔の中は侵入者対策が万全だった。

 有刺鉄線が張り巡らされているのをみて、侵入者を拒んでいるのは一目瞭然だったが、さすがにまさかここまで徹底しているとは思わなかった。

 階段を駆け上がるエネルとライトマン。

 その行く手を阻むのは、

「んのあああああああああああああああああああ! 死ぬ、死ぬ、死ぬってエネルああああああ!」

 無数の弓に、魔操の光線に、リズミカルに天井から振り下ろされる斤―――避けて逃げてドライバーではねたり交わしたり必死に避けるが、終わらない。エネルは無表情でチェーンソーを振り回して罠を避けるが、終わらない。

 もうどれだけ階段を上っただろうか。

 上がれば上がるだけ罠が襲ってきて、体力も限界に近付いてきている。

 だがここで力尽きたら、命も尽きてしまうだろう。

 だが戻ろうにも背後には生き残った罠達が構えているし、しかし進路には新たな罠が待ち構えている。

「博士は煩い、です。上りきってしまえば大丈夫、なのです」

「そこに到達するまでに命が尽きそうなんだけど」

「博士はすでに死神なので大丈夫、です」

「ううう、心も砕け散るよ」

「そんなことより博士、また、来ます」

 二人の行く手を阻んで無数の黒い影が階段を這い、ぬるりと蠢きながら立体の人型となる。それらはあの鉄の兵士によく似た、けれどそれよりももっと無機質で冷たさを感じる。それは質感的なものではなく、そこに感情の一切がなく存在しているからなのだろう。あの鉄の兵士には少なからず自分達と同じ『心』があり、それだけでも彼らに対するような薄気味の悪さは少なかったように思う。。

「ああ、なんてことだい。死神が見えそうだよ」

「鏡なんてないはずですが」

「ワ、ワシの顔のことじゃないよエネル………?」

「博士の顔は死神より死神らしい、です」

 なんて言いながら、チェーンソーを構える。

 ライトマンは、とほほ、と肩を落として魔操を充填したドライバーを構える。

「行きます」

「ワシ、本物の死神にはまだなりたくない」

 力なく呟きつつも、エネルと共に敵に向かって駆け出す―――無機質な鉄の兵士達が、剣を握りしめて襲いかかる。消耗された体力の残りかすをかき集め、相手の剣をドライバーで受け止めるライトマン。の後ろ、エネルが敵の中を駆け抜け、チェーンソーで相手の胴体を真っ二つに斬り裂く。その先で、新たな兵士がぬるっと人型を成し、弾けるように、エネルの懐めがけて駆けだす―――油断していた彼女は防御する暇もなく、ただ、敵の攻撃を無防備に上入れるしかなかった。だが。

「んぐああああああああああああ!」

 消耗しきった体力の残りかすの、さらに残りかすをかき集めて、ライトマンが二人の間に滑り込んでドライバーで攻撃を受け止めた。

「え、えええエネル! 大丈夫かいっ」

「博士こそ、です」

 わずかに頬を赤らめつつそんなことを言って、素早く彼の脇をすり抜け敵の胴体を真っ二つに切断する。

 兵士は重々しい音を立てて階段を転がり、そしてようやく、敵はいなくなった。

 ライトマンは疲れ切って深いため息を吐き出し、ぐったりと座りこんだ。

「もうワシ限界」

「博士。縁起の悪い顔はやめてください」

「えーーー………ワシ、疲れてるだけなんだけど」

「仲間がうぞうぞと来そうなのです」

「な、仲間って。うんいや自分で言うのは嫌だからあえて言わないけれど」

「死神が来ないうちに先を急ぎましょう」

「えええっ! あっさり言わないでおくれよ、傷ついたよっっ」

「楽しい、です」

「最近の子は残酷な遊びが好きなんだよね」

 そういうふうに思っておこう。

 袖でそっと涙を拭いながら、自分を慰めるライトマンだった。

「それより早く主とやらに会いに行きましょう―――」

「ああ、そうだね。早く話しを聞かないと」

 なんとか体力が回復しかけたライトマンは、重々しく腰を上げた。

 そして、まだまだ続く塔の階段を見上げる―――と、二人は息を飲み、身構えた。

 固い足音。人にはない、無機質な、関節の音。薄暗い道の先から姿を現したのは、そう、あの鉄の兵士。腰に携えた剣に手を添えて、二人を見下ろして立ち止る。

「この先には行かせません」

「ワシらはこの街をどうにかしようなんて思ってない、ただ」

「理由などどうでもいい。現実の存在がこの街に干渉する、すなわちそれはこの【世界】の崩壊を意味している。わずかでも可能性があるのなら、危険因子はすべからく抹殺せよ―――それが我が主の命令なのです」

「まさか。この塔の周りの墓って、まさか」

「新しい墓を建てるのは面倒なのですがね。仕方ありません」

 鉄の兵士は、重々しい足音を立てて、一歩、二人に近づく。

 二人は警戒し、身構える―――




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