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 二人は改めてココンに礼を言うと、さっそく塔に向かった。

 とはいえ空を飛ぶ塔に、どうやって行けばいいのだろうか。

 巡回する塔を追って、廃墟の街を走る二人。

 階段を駆け上り植物に半分胃所飲み込まれた石の通路を渡り、その先に在る森を抜け、石段を上って小さな広場に出た。広場はとても高い場所にあり、眼下に広がる街がまるでミニチュアのように見える。その街の上空を、塔がゆっくりと移動していた。

 有刺鉄線を張り巡らせた、墓石に囲まれた三つの塔。

 それがあるのは小さな島。どこかの大地を抉りとって空に浮かべたような、そんな島。

 それが海の空に重なって、海月のようにゆらりゆらりと漂いながら移動している。

「どうやって、あの島に入ろうか」

「博士を投げることは簡単ですが、それでは私が」

 エネルは恐ろしいことにチェーンソーを構えて本気の顔をする。

「ほ、他の方法を考えようか。例えばそう、なんかこう、空を飛ぶような」

「ですから博士を投げることは簡単ですが」

「ワシを投げる以外の方法だよ」

 袖で涙を拭い、情けなく訴える。

「それ以外の楽しい方法が見つかりません」

「楽しいっ? 楽しいって、ええっ?」

「うるさい、です」

 エネルは無表情のまま、バーをライトマンの首筋に添える。

 ああ、このままだと本当に飛ばされる。

 ライトマンは命の危機を感じて、必死に考えを巡らせた。そして、思い出す。

「あ。そうだ、いいものがあったんだ」

 ライトマンはそう言うとトランクから、人形を取り出した。

 翼の生えたライトマンの姿をした少し大きな人形で、背中に背負えるようになっている。

「なんです、その死神人形は」

「名付けてライトマンブレード、だよ。これでどんな高い場所から飛び降りても大丈夫」

 ライトマンは自信満々ににっこり微笑む。

「というわけで、はい。背負って。君用にしか作ってないからね、ワシには小さすぎるんだ」

 ライトマンはそう言ってエネルに人形を手渡した。

 彼の姿をしたその人形はちょっと可愛くて、垂れさがった眼の辺りなんか愛嬌があっていいと思う。まあ、そんなこと絶対に口にはしてやらないのだが。だがエネルは一つ、疑問があった。それは、この人形を誰が作ったのかと言うことだ。彼は裁縫なんてしたことないはずだし、芸術センスなんて微塵もないのに。

「博士。誰に、作ってもらったのですか」

「うん。エレノア様だよ」

 ライトマンはにっこり笑顔を見せる。

 エレノア。グリングラウンドの皇女で、前皇帝クォルツの娘でロキの姪。

 色白の肌と整った顔立ち、睫毛の長い瞳は丸くて大きくて、優しく微笑めばそれはまるで花が開いたように愛らしく、国中の男性なら誰もが憧れる存在である。

「エレノア様って本当、器用だよねぇ。陛下に似たのかな」

「だったら陛下に作ってもらえばよかったのです」

「うん、だって作ってくれるって言うから」

「博士はいやらしい、です」

「へ?」

「爆発すればいい、です」

「ば、爆発っっ? えええ、なんでっっ?」

「とにかく行きましょう、です」

 エネルは人形を背負い、ライトマン人形に魔操を充填する。

「んじゃ、行こうか。しかしなんで爆発なのか」

 年頃の女の子の気持ちがわからない。

 ライトマンは小さな溜息をつき、肩を落とした。

「行く、です」

 とエネルがガバっと前から抱きついてきて、そのまま勢いよく空へと舞い上がった。

「うわああああああっ?」

「コントロールが難しいです」

「う、うん。まだ試作品だからね」

「それより博士、重いです」

「ご、ごめん」

「いくら栄養不足で骨と皮だけのモヤシでも、大人の体を抱えて飛ぶのは辛いのです」

「君、そういう時だけ若干口数多くなるよねぇ」

 なんだか無数の針を心に突き刺された気持ちで、思わず泣いてしまうのだった。

「うるさい、です」

 なんとか態勢を立て直し、監視塔に軌道修正して全速力で飛んでゆく。

 だがやはり試作品、途中で魔操が暴れだして魔操粒子となって外に漏れ出し始めた。当然体は傾き、飛行速度も落ちてゆく。

「うわ、うわあああっ? エネルごめん、持ちこたえてっ」

「走馬灯が」

「やめて! 見えない、見えないからエネルっっっ」

 なんとか監視塔に近づいたものの、飛行速度が定まらない。

 急降下したり急浮上したり、力を振り絞って態勢を立て直しても、暴走は止まらない。

ライトマンはライトマン人形を両手で掴んで魔操を充填し、軌道修正を試みた。だが試作品はやはり、試作品。しかも相当な欠陥品だったらしく、とうとう落下し始めた。なんとか落下を止めたかったが、魔操をどれだけ充填しても止まらない。

 もう無理。

 ライトマンはしっかりエネルを抱き抱えた状態で落下していき、乱暴に地面を転がる―――

 監視塔の周りを囲む………いや、まるで監視塔を守るように建てられた無数の墓標、それをなぎ倒しながら地面を転がり、ようやく止まることができた。

「し、死ぬかと思った………」

「博士は死にそうで死にません、です」

「はは………辛いことにはもう慣れちゃったからかな………」

 力なく笑って、身を起こす。

 塔を改めて見上げてみる。遠くで見るより遥かに大きなそれは墓標のように沈黙と静寂を宿して佇み街を見守っている。それはただの塔のはずなのに、まるでその下で哀しみを背負った何者かが眠っているような、こちらまで胸を締め付けられるくらいの切なさが滲みだしている。

 二人は黙って塔を見上げていた。

「――――こんなところでなにしてるの、エネル」

 ふと、強気な女の子の声がした。

 アムルだ。塔の前に仁王立ちし、じっと二人を見ている。

 横にはクリムもいる。腕組みし、横目でじっと二人を睨んでいる。

「ああ、君達も無事だったんだ。よかった」

 あの後、船がどうなったのか知らないライトマンは、心の片隅で二人の安否が気になっていた。

 二人が無事だと知って自然と笑みがこぼれたが、だが二人は彼の心配などどうでもよくて、再会と同時に再び攻撃を仕掛けようと身構えるのだった。

「感動の再会、とはいかないよねやっぱり」

「エネルのくせにアタシに逆らうなんて生意気なのよ。今度は負けないんだからね、土下座して謝りなさいよ!」

 アムルの鞭がしなり、真っ黒な稲妻が溢れる。

「オッサン、てめぇ絶対に殺してやるからな」

 クリムが憎々しげに表情を歪めてライトマンを睨みつける。

 そこまで恨まれるようなことは何もしていない、というか逃げ回っていただけなのでこちらが恨むことはあっても相手に恨まれることはないはずなのだが。少ない制限時間の中で思考を巡らせてみたけれど、答えは出なかった。記憶を探っても、こんな形相で物騒な言葉を吐かれなければならない記憶はない。

「最近の子供は、随分と物騒だねぇ」

 ライトマンは泣きそうな気持だったが、それをぐっと堪えて唇をかみしめた。

「子供じゃねえよ、俺達は大人だ!」

 クリムが、駆けだす。

 両手には、アムルと同じ黒い稲妻。

 それを握りしめたまま、一直線に向かって来る―――

ここは船ではない、何に遠慮もいらない。ライトマンは素早く腰に携えた工具袋からドリルを取り出し構え、ビットに魔操を充填・解き放つ。クリムは素早く交わすと墓石を踏み台にして高く跳躍、ライトマンがそれを追って顔を上げた瞬間・両手の稲妻が連続して叩きつけられた。

 寸でのところで後方に身を投げて地面を転がり攻撃を交わす。

 魔操を叩きつけられた地面は粉砕・爆風を吹き荒らし、墓石が壊れて破片を散らした。

 ライトマンは素早く立ちあがると、手早く小型ドリルを工具袋にしまってドライバーを取り出す。

「うう、年寄は大切に扱うもんだぞ?」

 ライトマンは泣き出しそうな顔をして、体の前で両手でグっとドライバーを握りしめた。

 すると軸に真っ赤な魔操が宿り、剣のように一直線に伸びて白銀の髪をふわりと揺らした。

「チッ、妙なもん武器にしやがって」

「ワシの本職は神殻修理工だからなぁ」

「なんでもいい、やる気があるなら相手してやるぜ」

「ないけど戦わなきゃしょうがないんじゃないか」

 本当は戦いたくなんかないし、もっと言えば部屋に帰って寝ていたいくらいだ。

 だけど魔操の異常の原因を調べなければならないし、放っておくわけにもいかない。エネルいわくの塵ほどもない体力では彼と互角に戦えるとも思えなかったが、彼とて逃げ回ってばかりいるわけにもいかないし、やれるだけのことはやってみようと思ったのだ。

「塵にしてやらあああああああああああああああ!」

 地を駆り、両手の魔操を叩きこむ。 

 ライトマンは駆け出し、魔操が叩きこまれる寸前で跳躍・攻撃を交わすと素早く駆けだしクリムに接近、ドライバー………の形をした剣を閃かせる。クリムは素早く身を交わすと右手に再び魔操を充填。それを右腕にまとわせ、相手の腹めがけて叩きつける―――鳩尾にまともに食らわされたライトマンは弧を描いて吹き飛ばされ、無造作に地面を転がりむせ返る。

「情けねぇ、子供に負けてやんの」

 クリムは笑い、ゆっくりと、ライトマンに歩み寄る。

「う………」

 呻き、なんとか身を起こすライトマン。

「博士っ………」

 思わずエネルが振り返る。

 その隙をついて、アムルの鞭が彼女の体を打つ・激痛にエネルは悲鳴を上げて倒れ込む。

「あらあら。よそ見? 余裕ねぇ、それとももっともっと遊んでほしいの」

 狂気と快楽を混ぜ合わせた薄気味悪い笑みを浮かべたアムルがエネルの頭を踏みにじる。

 苦痛に顔を歪めるエネル。だが彼女は無言でアムルの足首を掴み、その足の下から、凍てつくような―――殺意しかない瞳で無言でじっとアムルを睨んだ。いや睨むと言うよりその瞳でじっと彼女を見ただけなのだが。それだけでもう、その瞳から感じられる殺意や怒りや恨みのようなものがアムルの心に襲いかかって来たのだ。

「遊び。これが、貴方の遊び」

「な、ななな何よッ? はったりなんか通用しないんだからねっ?」

「だったらもっと楽しませてあげます、です」

 アムルの足首を握りしめた手に、渾身の力を込める。

 骨が折れるかと思うほどの痛みにアムルは悲鳴を上げて、尻もちをついた。

 恐怖と痛みに震えながらエネルを見上げると、エネルは一切の感情を排した無表情でじっとアムルを見下ろしていた。本気だ。本気で怒っている。アムルは死に直面した心地で、もう、声すら出せずに目に涙を浮かべて震えるのだった。

「アムル。私はもう、あの頃の私ではないのです」

 チェーンソーのバーに魔操を充填すると、真っ赤な光が溢れてエネルのツインテールをふわりと舞いあがらせる。彼女の体は溢れる魔操の紅い光に包まれ、それが、アムルの眼には、純粋な殺意のみを宿した戦神のように映り更に恐怖した。

「い、いやっ………いやっ………!」

「貴方を傷つけるつもりはありません。だから」

 魔操を充填したバーを、振り下ろす。

 凄まじい爆風と共に地面が粉砕され墓石も砕けて吹き飛んで、破片が魔操粒子をまとって煌めきながらゆっくりと宙を舞う。


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