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招かれた家の中は、街並みと同様の白い床に白い壁という味気ないものだった。家具と言えば彼女が座っている椅子と丸テーブルと、壁際に置かれた客用の椅子二脚、それと小さなキャビネットと観葉植物だけだ。その観葉植物の緑だけが唯一、この家の中で『色』と呼べるものだった。
二人は客用の椅子にちょこんと座った。
女性はクスクス笑って、相変わらず、外を眺めている。
「あの。すみません、この街について知りたいんですが」
「私の名前はココン。この街に住んでどれだけになるかしらねぇ。時も季節も何もない世界だもの、昨日だったか明日だったか、もうなにもわからないわ」
女性の声は頼りなく、しかし歌うように、言葉を紡ぐ。
その儚げな姿は女性のエネルにも美しいと感じられた。
「貴方は自分が幻の存在だと言うことに気付いているんですか」
「さあ。どうだったかしら」
ココンは笑う。
「この街に形はないわ。人の心と同じ、常に形を変えては楽園求めて蠢くの」
ココンはゆらりと立ち上がると、薄く笑みを浮かべて、二人に顔を向けた。
「貴方達は、ここに住まう者達をどう思う」
その問いに、エネルは静かに、答えた。
「哀しいと、私は思う………です」
その答えにココンは言葉を返す。
「この世界はみんな嘘。だけど、本当なのよ」
ココンはクスクスと笑う。
「嘘が本当よ。みんなが望んだものだもの、必死に望んだ世界なんだもの。嘘なんかじゃないの、彼らの想いは真実なのよ。哀しいなんて言わないで。愚かだなんて泣かないで。彼らの心を誰が救ってあげられたのかしら。世界はね、いつだって、嘘ばかり。平和が欲しいなんて望みながら。争うの。平和のために。そして命の上に立つのよ。突き立てた旗はなにかしら。名前が書いてある。素敵な英雄の名前が書いてある。だけど何故かしら、英雄は嬉しそうじゃない。泣いてるわ。残酷な世界ね。無数の命の上で罪を背負わされた英雄を、平和と名誉と地位を望んだ愚か者達に賞賛されるのよ。彼はなんのために戦ったのかしら。彼はなんのために罪を背負うのかしら。欲しかったものはなに? 平和でしょう。だけど彼の足もとには無数の屍と、背中には、振り払えない罪。あーあ、矛盾しているわ。平和ってなにかしら、幸せってなにかしら? 英雄って、なにかしら」
まるで狂ったように目をむいて、怒りの中で笑う少女のように彼女は笑顔をゆがませる。
「君はもしかして戦争で」
「今、世界はどんな姿を見せているのかしらね。平和かしらそれともまた戦争。きっと今が平和でも明日にはまた争いが起きるかもしれないわ」
ふっと、ココンに笑顔が戻る。
そしてまた窓の外を眺めて、今度は、鼻歌を歌う。
「………お尋ねしたいのですが」
「この街の話なら、どうにも説明できないわ。そうね簡単に説明するならば、この街は心のより所を失った者達の唯一の居場所かしら。もがいて望んで叫んで手を伸ばして必死になってそれでも現実に裏切られた人間達の最後の楽園………現実は彼らを裏切ったのよ、彼らが弱かったわけじゃない」
ココンが、窓の外に手を伸ばす。
赤や青の色をまとった硝子の鳥が飛んで来て、彼女の指にそっと止まる。
「それで。貴方達はこの街に、何の用があったのかしら。患者に干渉しに来たのなら、お帰りなさい。守人が主のために剣を振るうわ。器が割られてしまう前にさあ、お帰りなさい」
「いえ。ワシらは魔操の異常の原因を調べに来ただけで、患者に干渉するつもりはないんです。守人、というのはあの鉄の兵士ですよね? それならワシらも追いかけられて、気付いたらここに」
「魔操の異常。そうね、それならきっと―――」
と、ココンはくすくすと笑う。
硝子の鳥を乗せたままの指が、ある場所を示す。
そこには、夜光花の庭しかなかったはずだが。その向こう側、遥か遠くの空中に、有刺鉄線と墓地に囲まれた三つの時計塔が姿を見せていた。墓石は塔に向かって放射線状に並べられ、有刺鉄線はその場所に侵入者を拒むように張り巡らされている。
時計は止まっている。
いや………その時計には、針がない。文字盤だけの、針のない時計塔なのだ。
「あれは………」
エネルが思わず、驚きの声をもらす。
「主様の定期巡回。けして姿を見せないお方だけれど、この街のために、いつもああやって見回りをしてくださっているのよ」
「あそこに、主がいるんですね」
ライトマンはさっそく立ち上がる。
「今日はもう、休んでいきなさいよ。疲れたでしょう。お菓子もあげるわ」
ココンが言う。
二人は驚く。
いつの間にか目の前に机があった。
机の上にはお菓子。
苺のショートケーキ
ブリオッシュ
紅茶
ワインもある。
いつの間にか部屋には食欲を刺激する美味しそうな匂いが立ちこめ、振り向くと、壁だったはずの場所は小さな部屋となり、二人分のベッドまで用意されていた。家の入口を見れば、今度はそこが壁になり、ココンが眺める窓には鉄格子がはめられていた。どうやら彼女が今一瞬で作り替えたらしい。幻の街とだけあって、望めばなんでもできてしまうらしい。
「大丈夫、食べたりしないわよ。ただ少し、お客さんが珍しかっただけ。それにここならあの守人も追ってこないはずだわ。ほんの少し休憩、いいでしょう」
「エネル。休んで行こうか」
「博士はいやらしい、です」
「ま、まだ言われるのワシっ? いや本当に少し疲れただけだよ」
「情けない人、です」
「君ほど若くないからなぁ」
「ライエン様も骸様も陛下も博士より年上ですが元気、です」
「うう、辛いところをついてくるなぁ………」
「運動不足、なのです」
「わかった、じゃあ先を急ごうか」
「私も休みたい、です」
「なんだ。なら早くそう言ってくれれば」
「博士の情けない顔がみたかっただけ、です」
「えええっ?」
「それではいただきます、です」
ライトマンの落ち込む顔が見れて満足したらしいエネルは、心持すっきりした顔をしてお菓子を食べ始める。
そして弄ばれて傷心のライトマンはがっくり情けなく項垂れて、こっそり涙を拭うのだった。
「ワシって………」




