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 寝るのは大好きだ。

 というか、寝たい。隙あらば、一分でも一秒でもいいから眠りたい。

食欲も性欲もどうでもよくて、とにかく睡眠が欲しい。というのもここ数年、溢れる仕事が片付いたことがなく、常に部屋には書類やら修理途中の神殻が転がっている状態なのだ。休みらしい休みもなくロクに睡眠もとれず、仕事に追われる日々。たまには、そう隙あらば眠りの世界に誘われたい―――

 だから助手がいない隙にベッドに身を投げて、そして彼が心地よく意識を途切れさせてから数時間―――騎士団本部の片隅にある【神殻修理工房】から悲鳴が轟いた。傍を通りかかった兵士は一瞬驚いたように肩を竦めたが、いつものことだと、特に気にもせず苦笑して去ってゆくのだった………

「うぎゃああああああああああああああああああああああ!」

 悲鳴を上げてのたうちまわるのは、病的に白い肌と不健康にも程があるだろうやせ細って骨と皮のようになった男性だ。歳は三十七歳、身長は百九十センチ。顔は死神に近く、よく言えば辛うじて生きた人間、お世辞を言えば不健康だが生きた人間、更に無理をしたなら『病的だけど人と呼べる存在』だろうか。その彼は、今年で三十七歳にも関わらず顔は年齢以上に老けて見え、更に髪が銀髪でしかも伸び放題に伸びてしまっているから、余計に死神に近づいている。

「エ、エネル! その起こし方本当やめてお願い! ワシ死ぬっ! ていうか寒い!」

 男・ライトマンは跳ね起きて、少女の足を両手でがっしり掴んだ。

「起きないのが悪い、です」

 少女は呟くような声で言う。

 彼女は表情に乏しくあまり笑うことがなく、しかし彼女の健康的に白い肌と硝子玉を填め込んだような大きな瞳は少女人形のような神秘的な魅力を持ち、物言わず座っているとその存在だけで街ゆく人々の視線を集めてしまう。

 髪は淡いピンク色で、その一本一本が細く繊細で、風に揺れて白い肌に絡まればそれだけで彼女は更に魅力的に感じられる。

 ちなみに彼女の身長は145センチと小柄で、ライトマンと並ぶと更に小さく見える。

更に彼女は今年で十六歳になるが、まだまだ顔つきは幼く、それが彼女に幼い印象を与えている。だが体つきはというと、まだ未熟ながら胸は程良く膨らみ、それがまた独特の魅力となって彼女の美しさを引きたてている。

「ふ、普通に起こしてくれたら起きるからっ。だからお願いだよ、その起こし方やめてくれないかい」

 ライトマンは情けない顔をして訴えるが、少女・エネルは静かに首を振る。

「普通に起こしても起きないくせに、です」

「普通に起こしてくれたことない気がするんだけどなあ」

「普通に起こしても起きないからこれ、です」

「そうなの? でも毎回こんな起こし方じゃ、本当に身が持たないよ」

 ライトマンは深いため息を吐き出し、肩を落としつつ布団に包まる。

 するとエネルは、すっと横を指さした。

 なんだろう―――と見るとそこには、思わず目を逸らしたくなるような現実が。そこには砦かと思うほどうず高く積まれた書類があった。しかもそれは昨日見た時より増えているような気がして、だからライトマンは一瞬考えた後、静かにまた横になるのだった。

「博士は情けない、です」

 とエネルは再び両足を抱え込む。

「うわあああ! 嘘、嘘だから冗談だからっっ」

「早く片付けてしまわなければ、そのうち寝る場所もなくなるのです」

 とエネルは、横の自分のベッドを見る。

 広いとは言えないこの部屋、また片付いていない仕事があちこちに積まれている。

 ライトマンもそれを見て、疲れ切ったように溜息を吐きだした。

「片付けても後から増え続けるばかり………いっそ夢の世界にでも逃げてしまいたいよ」

「仲間のとこに帰るのは仕事が終わった後、なのです」

 エネルは言って、ライトマンに髪ゴムを差し出す。

「な、仲間?」

「死神のところ、です」

「ワ、ワシ人間だからねっ?」

「どの顔が、です」

 言いながら、ライトマンの足の間にちょこんと座り、ライトマンの包まっている布団に自分も一緒に包まる。

「うう、助手の辛辣な言葉で今日も一日がんばれそうだよ」

 ライトマンは情けなく泣きながら、エネルの髪をツインテールに結う。

 髪を結ってもらいながら、エネルは山積みの仕事に視線を向けた。

「それにしても見事な溜まりっぷりなのです」

「うーん。殆どの神殻修理人がアカデミーの研究所に引き抜かれちゃって、今じゃ数えるほどしかいないものねえ。アカデミーに依頼したら法外な値段を提示するから、結局、国中の修理依頼が残された神殻修理人達に行っちゃうし。舞い込む依頼は溜まる一方、もう処理しきれないよ疲れた」

「死亡フラグ、です」

「いや違うから死亡フラグじゃないよどこにもそんな要素なかったよね今っ?」

「なんとなく、なのです」

 エネルはそう言いながら、何故か右足を鋭利な刃物のごとくしゅっしゅと動かす。

「なんとなくって言うか完璧に狙ってやってるよねっ? 殺意全開だよねそれもうっ」

「博士はうるさい、です」

「うう、なんだかもう助手が怖い………」

 一応上司なのになあ。

 心の中で呟きつつ、溜息を吐きだすライトマン。

「それより博士。博士に手紙が届いていたのですが」

「ええ? また仕事が増えちゃったのか、辛いなぁ」

 疲れたように表情を歪めて、情けなく背中を丸めて溜息を吐くライトマン。

 エネルはズボンから手紙を取り出し、ライトマンに差し出した。差出人の名は『シド・サラン』という男からだった。仕事の依頼にも様々な形があって、直接品物が運び込まれることもあれば、直接来てほしいと手紙が来る場合もあり、時には国の重要機関からの依頼で泊まりがけで仕事に行くこともある。

「今更一つや二つ増えたところで何も変わらない、です」

「しかし最近、やたらと仕事が多くないかい?」

「最近よく、神核体が異常を起こしているようです」

「ふむ………」

 偶然、仕事が重なったというだけではなさそうだ。

 かつてないほど山積みの書類を横目で見ながら、何やら漠然とした不安を隠せずにはおれないライトマンだった。

「まあ。とりあえず」

 ライトマンはひとつ息をつくと、

「夢の中に逃げるとするか」

 なんて言って、再びベッドに身を投げ捨てる。

 がエネルは無表情でその足を鷲掴みに―――ライトマンはしまったと身を起こすが時すでに遅し―――電気あんまを仕掛けられ、断末魔を上げるのだった。



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