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「博士」
「うん?」
なんだい。
エネルを見る。
するとエネルは、確かめるようにぎゅうっとライトマンの体にしがみ付いてきた。
「どうしたんだい。ワシはちゃんと存在してるよ、現実だよ」
ライトマンは笑って、エネルの頭を優しく撫でた。
「はい………」
よかった。
安心し、ライトマンを抱きしめる手にきゅうっと力を込めるエネル。
「エネル。動けないよ」
困ったように笑うライトマン。
するとエネルはちょっとだけ顔を上げ、ライトマンを見た。
どうしたんだろう。なんて思っていると彼女は突然、ライトマンの脇腹を渾身の力を込めて捻り上げたのだった。
「んのあぁあああああああああっ?」
「よかった、ちゃんと存在しています」
「ど、どんな確かめ方だいそれっっ?」
「それより早く行きましょう。長居はしたくありません、です」
ライトマンから離れて彼の手を握りしめ、エネル。
痛がって脇腹をさする彼のことはもうどうでもいいらしく、街の様子を確かめるべく広場に目を向けている。
「そうだね。ワシもあんまり長居はしたくないかな」
と二人が歩き出そうとすると。
ファンファーレが高らかに鳴り響き、背中に翼の生えた女性達が現れ空中を旋回・人々は歓喜の声を上げてパレードについてゆく。花火が上がって人々が踊りだし、歓喜の声はしかし何故か雑音のように意識の中に流れ込んで思考能力を奪った。
人ごみの向こうから迫る何かに、気付くこともない。
なにかが迫る。
人ではない。
人の形を模した、鉄の、人形。丸い頭と胴体と、腰と、骨組みと、細い手足、全てが、鉄―――それが何者で、なぜ、こちらに向かってきているのかを理解することはできない。二人が思考能力を奪われている間にも、それは、右手に握りしめた剣で二人に斬りかかる―――――
「だめ、です」
ぼそり、エネルは呟く。
素早くチェーンソーに魔操を充填・ライトマンの前に飛び出し、鉄の男が振り下ろす剣を受け止める。
チェーンソーが金属を削る荒々しく甲高い音が響いた。そこでようやくライトマンの停止していた思考回路は動きだし、眼の前の光景に驚き息を飲むのだった。
「し、神殻傀儡!」
ライトマンは思わず声を上げた。
「これは本物のよう、です」
敵の剣を弾き飛ばし、両足をしっかり開いて両手でチェーンソーを握り身構えるエネル。
「しかしなんでこんなものがここに」
「――――私はこの街の守人。患者に干渉し、この世界に影響を及ぼす者を始末するためにいる」
鉄の兵士は身軽に後方に飛び退くと、二人に切っ先を向けた。
「喋った………まさか意思を持っているのかっ?」
「神殻傀儡。確かに私のような者はそう呼ばれているのかも知れません。ですがそれは過去の話………戦争は終わり、朽ちた傀儡の器は私がいただいた。この世界を、主の希望を護るために」
剣に魔操が充填され、白刃は青い光をまとう。
「私達は魔操が異常を来たした原因を調べなければなりません。ですからこんな場所で死ぬわけにはいきません、です」
エネルはチェーンソーに魔操を充填・溢れた魔操が粒子となって宙を舞い、髪がふわりと揺れる。
「如何なる理由があろうとも。来訪者は【患者】に干渉し、この世界を崩壊させる危険性を孕んでいる。危険因子はすべからく排除しなければならない」
再び、兵士が地を駆る。
エネルも駆け出し、真正面から斬りかかる・だが兵士は地を蹴り高く跳躍し、ライトマンの頭上から剣を振り下ろす――――しまった、とエネルは振り返り、ライトマンは咄嗟に横に身を投げて攻撃を交わし、腰に携えた工具袋から素早くドリルを取り出し魔操を充填・打ち放つ。紅く細い魔操が勢いよく線を描いて兵士の腕を掠める―――が、鉄の体の彼はそんな攻撃に怯むことはなく、今までライトマンがいた場所に着地すると間も置かずに斬りかかって来た。
すぐに横からエネルが兵士に迫り、チェーンソーで斬りかかる。
兵士は弾き飛ばされ地面を転がり、間髪いれずにエネルは高く跳び上がり彼の頭上からチェーンソーを振り下ろした。が、一瞬早く兵士は素早く身を転がしてそれを避けて、大きく後方に飛び退る。チェーンソーは地面を粉砕し、砕けた破片が宙を舞う。
だが物音はなく、無音のままに地面は粉砕された。
エネルはチェーンソーを引きぬき、兵士を追って顔を上げる。
「――――久々に本気を出さなければならないようですね」
兵士の体から、淡い光が溢れ、魔操粒子がふわりと舞いあがる。
「お、おいおいエネル。なんだかヤバそうだよ」
「大丈夫、です」
エネルはそう言って真っ直ぐ兵士を見据え、
「逃げましょう」
ライトマンの手を引いて、逃げだした。
「え、ええええっ?」
「きりがなさそう、です」
「鉄の躰だからなぁ」
「逃げるが勝ち、なのです」
言って振り返り兵士を確認。
文字通り人ごみをすり抜けながら、兵士が二人を追いかけて来る。




