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街の中は、とても楽しそうだった。
誰もが笑いあい、数秒置きに花火が上がり、美味しそうな料理の匂いが漂った。そうかと思うと突然空が陰り、巨大な鳥が飛んで来て、神々しく虹色の光を放ちながら空を旋回・光の粉を振りまいて去ってゆく。陰った空には光の粉が星のように煌めいて、人々はそれを見上げながら新しい歌を歌う。実に楽しそう、でも、とても虚しくて切なくて、街の様子を眺めているだけで憂鬱になってくる。
「エネル。色んなものが売ってるよ」
エネルの不安を少しでも解消させるために、露店を見て回ることにした。
珍しい食べ物、かわいい人形、お花、お菓子、装飾品。露店には様々なものが並んでいたが、それらを手に取れば、なぜか光の粒となって消えてしまう。しかし店の主人は笑いながら、商品のどれそれが人気だとか、自信作だとか、話して聞かせてくれる。
「消えました」
光が零れ落ちる己の両手を見つめてぽつりと呟いて、ライトマンを見上げる。
「演劇には小道具が必要だけど、観客はそれらを実際に手に取ることはないし、その必要もないからね」
ライトマンはどこか寂しげに話した。
店の主人は、消えたことに気付かないのか、笑っている。そして、既にもう消えた商品について笑って話をしている。
エネルは何も言わず、きゅうっと、ライトマンの体にしがみ付いて店の主人を見る。
そういうことか、とエネルは思う。彼らはこの街には存在していて、でもその存在は彼らが生み出した物語の中の一部なのだ。この男は街の中の風景として生み出された存在、神移症を発症した現実の誰かではないのだ。
恐らくそういった人物は、この街の中に、たくさん混じっているかも知れない。
けれどそんな彼らと、神移症を起こした人間は、大差がないのではないかとも思う。なぜなら彼らも結局は現実を見ることのできない、幻の存在なのだから。
「大丈夫。原因を調べたら、すぐに帰ろう」
「………はい」
「それより、そうだな。宿を探そうか、ちょっと疲れちゃったよ」
「散々寝てたくせに、です」
「ね、寝てたっていうか気絶してただけなんだけどなぁ」
「一緒、です」
「むうー………」
どうやら暫くは体を休めることはできなさそうだ。
ライトマンはがっくり肩を落とし、深いため息を吐き出した。
「ああ、だけどこの街に宿なんてないかもね。眠る必要なんてないもの」
「形だけならあるかも知れない、です」
「ふむう。じゃあとりあえず、探してみようか」
広場で踊る住民たちを眺めつつ、ライトマン。
住民達は酒を飲み、パレードと一緒に踊り歌う。それは幻とはいえ、楽しそうではある。
「本当に、楽しそうだね」
「博士。ちょっと踊ってみてください」
「え、えええっ? ワシがかいっ?」
「せっかく、です」
「そういうんならエネルが」
「博士が踊るのをみたいのです」
「うーん。ワシ、踊りは不得意中の不得意なんだがなぁ………絵を描くより下手だぞ」
「博士の絵は解読不能の暗号、です」
「ううーん………また無駄に傷ついてしまったよ」
情けなく肩を落とし、傷ついた胸を押さえるライトマン。
「まあ、じゃあ。せっかくだし、ちょっと楽しんでみようかな」
とライトマンはトランクをエネルに託し、踊る人々の中に混ざる。
とりあえず、周りの人々の真似をして踊ってみる。両手をふにゃりと動かして、足をぐきっと動かして、軟体生物あるいは壊れた操り人形あるいは、
「あほ丸出しのタコ、です」
助手の一言が、それなりに楽しくなってきた博士の胸にざっくり突き刺さる。
「ひ、酷いよ。せっかく調子よく踊ってたのに」
「芸術センスゼロ、です」
「芸術とは無縁なんだよワシは」
とほほと肩を落とし、とぼとぼエネルの所に戻って来るライトマン。
「エネルだって踊ったらタコかもしれないよ」
「生きるセンスと芸術センス皆無の博士には言われたくない、です」
冷たい眼差しで言いながら、ライトマンの手を握る。
「い、生きるセンスまで皆無なのかワシって」
がっくり項垂れて、必死に涙を堪えて顔を押さえるライトマン。
「あ。じゃあ二人で踊ったら少しはマシになるかもしれないよ」
「博士のはマイナスの芸術センスにプラスを足しても、まだ二にも一にもなれないセンス。です」
「そ、そこまで酷かった………?」
なんか、さらっとゼロからマイナスに格下げされてる。
けど、あえてそこは、言わないことにした。言ったらまた更に辛辣な言葉を突き刺されてしまうかも知れなかったので。
「まあ芸術センスなんてなくても生きていけるけどね」
「負け惜しみ、です」
「あ。でもワシ、お菓子を選ぶセンスはエネルよりあると思うなぁ」
ひとつ、いいことを思い出し、ちょっとだけ意地悪く言ってみる。
すると足を思いっきりふんづけられて、その上、踵でグリグリグリと捻られた。
「んのああああああああああ!」
「うるさい、です」
「とほほー………」
「それより先を急ぎましょう」
「そうだね。踊ってる場合じゃなかった」
ライトマンは気を取り直し、歩き出す。
と人にぶつかり、あっとそちらを見た。
だが何も感じない。ぶつかったのは気のせいかと思ったが、そうではなくて、通り過ぎる人々が体を通り過ぎてゆくのだ。まるで幽霊のように、はっきりと姿が目に見えているにも関わらず、感触もなく二人の体を通り過ぎてゆくのだ。
「本当にここの住人は、別世界の人なのですね」
「楽しそうだけど、その楽しさは作られたものなんだよね」
「私達のこと、見えてないのでしょうか」
「いや。気付いているよ。ただワシらとは存在が違う。現実から逃げだし生み出された幻だからね。現実のワシらには触れられないんだろう。不確かで儚い、幻―――」
ライトマンは腕を伸ばし、通り過ぎる少女に触れてみる。
少女は楽しげに弾み、踊りながら、彼の手をすり抜けパレードに混ざって去ってゆく。
エネルも手を伸ばし、通り過ぎる少年に触れてみる。
感触も何もない。本当に、そこい在りながらも、無いかのようにすり抜けてゆく。
存在しているのに、存在を感じることができない。なんて奇妙なのだろう。




