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「これは。もしやルインヴィル号………?」
ライトマンは目をぱちくりさせた。
「幽霊船、です」
「信じられない。船の上に、街がある」
「博士を迎えに来たのでしょうか」
「エネル~、だから冗談に聞こえないんだってば。ただでさえ過労でどうにかなりそうなのに」
「じゃあ、私達がここにいる理由とは」
「ん~、そうだなぁ。入口といえば、あの小さな池だけだし。流されて打ち上げられました、ていうのも納得いかないような」
そう考えを巡らせていると、ライトマンは、あることに気がついた。
はっと顔を上げ、再び、驚いた顔をする。
空間を包む海の壁。そこに、古代文字と複雑な数式が煌めいているのだ。
「魔造幻影都市………ルインヴィル号。もしかすると、ここに来たいと思うワシらの想いがこの街を構築する精神体に引き寄せられたのかもね」
「そんなこと、あるのですか」
「魔造幻影都市は人々の想いが作った幻の街だからね。その街自体が特殊な精神構造を持って存在してる、だから強い想いさえあれば天然の核帯に引き寄せられて街に辿り着くこともできるんじゃないかな。まあワシも詳しくはわからないけど、それ以外には考えられないよ」
海の壁に煌めく古代文字と数式を見上げながら話すライトマン。
ここはよほど深い場所なのか、地上からの光はあまり届かず、海面から放たれる青白い輝きだけがやっと幽霊船を照らしている状態だ。
「誰か、います」
エネルに言われて視線を追ってみるが、誰もいない。
けれど確かに、人の気配は感じる。
「行ってみようか、エネル」
聞いてみると、エネルはこくりと頷く。
魔造幻影都市なんて存在は知っていたけど実際に目にするのは初めてだ。
この都市は船の形をしているけれど、世界中には様々な魔造幻影都市があるという。その都市の形はそこに住まう人々の想いが集結して形を成し、中には野菜や動物の形を模したものもあるという。それらは全て帝国調査団の報告だが、彼らも調査する度に新しい発見があると驚いている。ライトマンも毎回調査報告書は受け取っているが、その度に内容が全く違うから面白い。ライトマンも魔造幻影都市の調査に携わってみたいとロキに話してはいるものの、どうにも今現在の仕事が落ち着かず、それが叶わないのだ。今回のことは正直、仕事の状況を考えると辛い事だが、興味はあったので有難い話である。
「登り口がない、です」
「うーん。まあ、神移症を起こした人ってのは外の人間を拒むものだからね。この辺りの蔦を使って上ろうか」
「落ちないでください、です。死なれたら困ります」
「だ、大丈夫だよ」
相変わらずの無表情で、しかも冷めた眼差しで言うものだから、ライトマンの胸はまた痛みを訴えるのだった。確かに貧弱だし体力なんてあまりないし不健康だが、心配されるほど運動神経は悪くない。と、自分では思っている。他人の評価なんて聞いたことがないからわからないけれど。
二人はとりあえず蔦を使って、船によじ登った。
エネルは若いだけあって平然としていたが、ライトマンはというと、上がった時点ですでに体力を使い果たして情けなく膝をついて荒い呼吸を繰り返している。放置していたらそのままポックリ行くんではないかとエネルは思ったが、なんとか持ち直したようで、青白い顔を上げて力ない笑みを浮かべた。
「お、落ちなくて済んだけど花畑が見えた心地だったよ」
「その方が博士は幸せになれたのかも、です」
「うん。泣いてもいいよね」
「うざい、です」
「ありがとう」
口を押さえて顔を逸らして、泣きたいのを必死に堪えるライトマン。
「それより、先を急ぎましょう」
とエネルは、街を振り返る――――
高低差の激しい真っ白な建物は不規則に複雑に入り組んで建ち並び、その間を縫って階段が続いている。建物の屋上から伸びる植物や梯子が唯一まともな道といえるかも知れない。




