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 まったく酷い目にあったものだ。

 あの二人も心配だが、自分のことも心配である。

 この状況をどう突破して、生き残ろうか。というか隣の助手は何故、こんな状況でも平気な顔をしていられるんだろう。というかむしろ、ちょっと嬉しそうなのは気のせいだろうか。いや、気のせいに決まっている。こんな状況を、誰が楽しめようか。

 巨大な昆布に体を縛りつけられたライトマンの隣では、これまた巨大な貝に首から下を呑みこまれたエネルが小魚を頬張りながら無表情でぼーっとしている。表情はいつもと変わらないけれど、なんとなく、嬉しそうなのはわかる。

「嬉しそうだねぇ、エネル。辛くはないのかい」

「大丈夫、です。それより博士、博士こそ大丈夫ですか」

「ああ、ワシは大丈夫だよ。昆布は幸い、毒もなければ人を食うような植物でもない」

「博士。お腹がすいたら、目の前を泳いでいる魚を食べるといい、です」

「ええ? でも生魚はなぁ………て、なんでワシら水中で会話できてるんだろう」

「それは魔操の力のお陰かも、です」

「それは違うような」

 なんて話をしていると、口の中に、小魚が入って来た。

 と思うと、次々に小魚が侵入してきて、あっという間に口の中は生臭さが充満する。

 しかもなんだか、微妙に、甘い。

 ああ、そうだ。

 この味は、あれである。

 魚の餌にもなり得そうにない、あの無国籍のお菓子だ。

「っんぐふっ………?」




「んぐっふううううううううううううううううううううう!」

 生臭さと微妙な甘さのパレードに飲みこまれて、ようやく現実世界に戻ったライトマンは、やせ細った体をそれこそ魚のように跳ねあげて、口の中に押し込まれた例のお菓子を横に全て吐き出した。

「エ、エネル~。ひどいよ、こんなもので私を起こそうなんて。逆に一生目覚めないところだったよ」

「大丈夫、です。こっちが本番ですから」

 言うエネルは恐ろしいことにライトマンの両足を脇に抱えて、今まさに足を股間に押し当てようとしていた。

「うわあああああああ! エネル、頼むからその起こし方はやめておくれっ。毎朝毎朝、身が持たないよっ。普通に揺さぶり起こしてくれたら起きるのにっ」

「起きない、です。だから、電気あんまで起こすのです」

「起きるよ起きる、ちゃんと起きるよっ」

「起きない、です。ずっと夢の中、です」

「ちゃんと起きるってば。ていうか今はちゃんと起きてるだろう?」

 なんだか物騒な助手の足を掴んで横によけながら、ライトマン。

 エネルはしかし、言う。

「起きた試しがないから、いつもこの手段なのです」

「いやでも他にもっと穏やかで有効的な起こし方があると思うんだけどっ?」

 と言ってみるがエネルは無表情でじっとライトマンを見つめて、

「一番有効的で楽しい起こし方はこれしかない、です」

「って、待って今楽しいって言わなかったっ? ねえ言ったよね確かに言ったよねっ」

「気のせいかも、なのです」

 言いながら、再び股間に足を押し当てるエネル。

「うわああああ! ごめん待ってワシが悪かったよだからねえごめん本当だめ無理うわああああああ!」

「うるさい博士、なのです」

 変わらぬ表情で、エネル。

「うう。君のは冗談なのか本気なのかわからないから怖いよ」

「冗談、です」

 言うエネルの右足はしかし、何かを踏みつけるように切れ味よく上下に動く。

 相手は子供。だけど、本気でちょっと怖い時がある。

 ライトマンは股間を押さえてちょっと泣くのだった。

 だがすぐに気を取り直し、辺りを見回す。

「――――ところで、ここはどこだい?」

 ここはどうやら、どこかの洞窟らしい。

 辺りには何もなく、剥き出しの岩肌が、エネルのチェーンソーから放たれる魔操の灯りで薄気味悪い陰影を生み出して揺れている。空気も冷え切っていて、ずっと転がっていた体はすっかり体温を奪われ冷え切っていた。ライトマンは大きなくしゃみをぶっ放すと、

「あー、そうか。確か船から投げ出されて」

「博士がちゃんと抵抗しないから、です」

「そんなこと言われてもなぁ。あんな場所で暴れまわったら危険だろう………まあ、結局、沈んでしまったんだけど。それよりエネルは彼の扱いになれているんだね」

「扱い、ですか」

 エネルは少し首を傾げると、

「わかりません。昔から、嫌いだとか絶交だとか言うと暴れます。嫌いじゃない、と言うと暴れるのをやめます」

 エネルは横に置いておいたライトマンのトランクを手渡しながら言う。

 どうやら彼女にとって、あの言葉はマニュアル的な感覚らしい。

 なぜ、彼がその言葉で冷静になるのかは、わからないらしい。それがわかると、クリムが少しかわいそうになるライトマンだった。

「それより先を急ごうか。とりあえず出よう」

 ライトマンは立ち上がり、辺りを見回す。

 すぐ近くに、海への入口があった。

 だが直接外につながっているのではなく、小さな池のように地面にぽっかり口を開けてそこに在るのだ。どんな状況でここから洞窟に入ったのか理解不能だったが、入口と呼べる場所はここしかないのだから、ここから入って来たのは間違いないのだろう。

「死ななかったのは不幸中の幸いだけど、不思議だねぇ」

「まるで誰かが私達を呼んだかのように………」

「き、気味の悪い話はよしておくれよエネル」

 するとエネルは、スっと、ある方向を指さす。

 そちらを見ると、どうやら、道があるようだった。薄暗くてよくわからなかったが、少し細い、道と言うより歪に近い感じだろうか。

 とりあえず、そちらに進んでみることにした。

 その道は本当に細く、普通の大人なら通るのもひと苦労だったろう。ライトマンは、今日ほど自分の栄養不良な体に感謝したことはなかった。

「これは………」

 歪を抜けると、一気に視界が開けた。

 岩場が広がって、その向こうに海が広がっている。

 けれどここは外ではない。周りを海の壁で丸く覆われた、奇妙な空間だった。

 二人の目の前には今、もう何十年とそこにあるのだろう、船体が激しく傷んだ一隻の船がある。海賊船ではない。船の上には石造りの家が乱雑に建ち並び、高低のある階段が家々の間を縫うように続いている。更に船の後ろ半分以上を樹や植物が飲みこみ、その間からは建物の残骸のようなものが窺える。これは動く要塞―――とでも言うべきか。

 ライトマンは愕然と、立ちつくした。


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