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「ぜ、絶交だぁ? お前が俺に、絶交なんて言うのかよ」
震えが酷くなる。
よくわからないが、とても怒っているようだ。とりあえず状況はさらに悪化したらしいことはよくわかるし、このままだと本気で船を破壊されかねないだろうことも簡単に想像できる。
「お、お前は別にお前なんかと友達じゃないんだぜ? お前は嫌われ者で陰険で可愛げもないし、頭がよくてちょっと可愛いだけじゃねえかよ。なあエネル、勘違いすんじゃねえぞ、俺は別にお前のことなんか少しも好きじゃないんだぜ?」
「私もです」
エネルの体から魔操がふわりと溢れ、ツインテールを揺らす。
「ちょ、ちょっとエネルっ」
ライトマンは慌ててエネルに駆け寄り、落ち着かせようと両肩を掴んで体を揺する。
「エネル! 船には他のお客さんも乗ってるんだからっ………」
「それなら心配ねえよ、この船ぁノートルダムが貸し切ったんだよ、そこにテメェらが勝手に乗り込んできたんじゃねえかよ」
怒りが最高潮のクリムが、真っ赤な顔して二人を睨みつける。
「え、そうなの? ていうか、だから本当に――――!」
「だいたいな。俺はお前が嫌いなんだよ、大嫌いなんだよ、勘違いしてんじゃねえよ!」
彼女のことは、大嫌いだ。
無愛想で友達もいなくて、なのに成績は良くて可愛くて。
なんかよくわからないが、イライラする。
「お前の顔みるとイライラするんだよ! 近くに寄るともやもやするんだよ!」
ビシっと指さして、嫌いだと宣言する。だがライトマンにはそれが、自覚のない告白のようにも聞こえるのだが、気のせいなのだろうか。
クリムの中にふつふつと湧きあがった感情は徐々にに沸点に達し、それは彼の両手に凄まじい量の魔操を宿す。その力はライトマンとエネルの髪をなびかせ、ゴミを宙に浮かせ、泣きじゃくるアムルの涙を一気にさらう。
「ちょっ、待って君!」
ライトマンが慌てて叫ぶがしかし、怒りが臨界点を突破したらしい彼の耳にはもうその言葉は届かない。
獣のような雄叫びをあげ、エネルに魔操を叩きつけんばかりの勢いで襲いかかる―――が、すぐにライトマンが彼女を抱えて床に転がり難を逃れた。と、勢いの止まらないクリムはそのまま床に魔操を叩きつけた。
激しい音と共に木片が飛び散り、船が大きく揺れ動く。
「ちょ、ちょっと待って! 落ち着こう、ねっ? エネル、なんとかならないのっ?」
するとエネルはすっくと立ち上がり。
「大丈夫。私は、貴方のこと、嫌いじゃない」
その一言で。
たったその一言で。
まるで獣だったクリムが一気に熱を冷ました。
両手の魔操も消え失せて、後に残ったのは、まるで抜け殻のようなクリムだけだ。
「ほ、本当か?」
「嫌いじゃ、ない」
「ざ、残念だったな! 俺はお前が嫌いだよ、世界で一番なっ!」
クリムは勝ち誇ったように笑い、エネルをびしっと指さす。
ああ、やっぱりそうなのかな。ライトマンは確信し、凄まじい愛情表現だと苦笑する。
その時、突然、大きく船体が傾いた。
ライトマンはよろめいて船縁にしがみ付き、エネルはライトマンにしがみ付く。
「クリムのせいで、船が沈んじゃうわよっ。ばかぁ!」
アムルが泣きじゃくりながら怒る。
すると船は再び激しく揺れ動き、そうかと思うと、次の瞬間にはもう転覆まっしぐらの勢いで傾いてしまった。アムルとクリムは掴む場所もなくその場に倒れ込み、傾いた甲板を滑り落ちてゆく―――ライトマンの眼の前でアムルが船縁に体を打ちつけ、そのまま海へと投げ出された。
「危ない!」
ライトマンは慌てて身を乗り出してアムルの腕を掴む。
一瞬ほっと胸を撫で下ろしたが、しかし次の瞬間、船が更に傾き三人はとうとう海に投げ出されてしまう。
「うわああああああああああああああっ?」
悲鳴をあげるライトマン。
エネルとライトマンは海に投げ出されてしまったが、なんとか船縁にしがみ付くことのできたクリムがアムルの腕を掴んだ。しかし船はどんどん傾いてゆく―――万事休すか、そう思ったその時。グっと腕を引っ張られ、二人の体が軽々と引きあげられた。船もゆっくりと態勢を取り戻し、看板の上に無造作に転がされた二人は胸を撫で下ろしながら、ゆっくりと、二人を引きあげてくれた人物を見上げた。
「面倒を起こしてくれるな、クリム」
上質な絹のように滑らかで白い肌、銀色の髪に紅い瞳、男性でありながら女性らしい美しさと繊細さを持った、その男。彼の神秘的な雰囲気と凛とした立ち姿は、物言わずそこに立つだけで、見る者の心を惹き付ける。その彼の服装はアカデミーの象徴である黒と赤を基調とした服で、腰には、長剣が携えられている。
「シュバルツ様!」
「しゅ、しゅばるつさまぁっ」
アムルはぐしゅぐしゅ泣きながら、男の名を呼ぶ。
「それより先ほどの娘と男は何者だ」
「ただの同級生です。あの男はアイツのバイト先の神殻修理工じゃないスかね」
アムルは内心で少しエネルを心配しつつ海の方に目をやり、言った。
「そうか。しかし二人とも、あまり無茶をしてくれるな。自動補正機能がなければ今頃貴様らは海の中だぞ」
「は、はい。すみませんシュバルツ様」
「道のりは長い、あまり騒動を起こすでないぞ」
そう言い残し、シュバルツは船室へと消えてゆく。
クリムはエネルを心配して海に目をやったが、すぐに、気にしないフリをして背中を向けた。




