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「そういえば。海底に沈んだ街なんかに、どうやって行くんですか」

「基本的に【魔造幻影都市】に行く船は出てないからね。これしかないよ」

 ライトマンはがっくりと肩を落として背中を丸め、情けない体つきを更に情けなくしてシュノーケルを取り出した。エネルのシュノーケルには花の飾りがついている。

「どうせなら、潜水艦が欲しかった………です」

「そんなもの用意する時間なかったんだよ。ほらエネル、咥えて」

 エネルは渋々シュノーケルを受け取り、口に咥える。

 と、そこへ。

「あっれー、エネルじゃん」

 少年の声。

 ふと見ると、船室に続く扉の上に、エネルと同じ制服を着た少年が立っていた。だがこちらは少年用の制服だからか、ズボンは足元まできちんと長い。

 水色の髪に紅い瞳、右耳にはピアスをはめた、少しつり上がった目と小柄な体が特徴的なその少年。にやにやと底意地の悪そうな笑みを浮かべてエネルを見下ろしている。顔は悪くはないし、むしろ黙って立っていればそこそこ男前だろうに、その表情がそれを台無しにしてしまっている。

「誰だいエネル、お友達かい?」

 というライトマンの質問に、エネルは表情を変えずに、しかし考え込むように首をひねるのだった。

「って、忘れてんじゃねえよ! クリムだ、クリム! 覚えとけよな、この陰険女! アカデミーの同期だろ!」

 少年・クリムはひとしきり怒ると、また底意地の悪そうな笑みを浮かべて、

「それにしてもお前、相変わらず食べ物選ぶセンスねーのな、なに食ってんだよ今度は」

「欲しいのなら、あげます」

「いらねーよっっ! そこのジジィにでも食わしとけっ」

「ワシもいらんのだよなぁ、これなんだ魚の餌か?」

 ライトマンは溜息を吐きだし、クリムにお菓子を差し出してみる。

「だーから、いらねえって言ってんだろおが! それよりお前、こんなトコでなにしてんだよ。城に逃げ込んだまま帰って来ないと思ったら、そんな野暮ったいジジィと旅行か? 呑気なもんだな、こっちは大変だってのに」

「ジジィジジィって、最近の子供は酷いなあ」

 ライトマンはがっくりと肩を落とし、泣きそうになるのを必死にこらえた。

「疲労とストレスと不潔さで、十歳以上は老けて見えるかも………です」

「そうだなぁ、栄養ドリンクの飲み過ぎで腹を壊して本末転倒なことにもなったしなあ」

「最近ますます骨ばってきました、です」

「ああ、気にしていることを言わないでおくれよう」

 ライトマンは自分の体をきゅうっと抱き締め、がっくりとうなだれる。

「俺を無視すんな、ぶっ殺すぞ!」

 なんて少年が怒っていると、

「ちょっとクリム、なにやってるのよ。うるさいわよ、一人で」

 少女の声。

 見るとクリムの背後、マストから少女が飛び降りてきた。

 しかも帆先から―――けれど着地寸前でふわりと滞空し、なんの抵抗も受けずに軽々と着地した。

 こちらもエネルと同じ学生服―――だが胸元には紅い大きなリボンをぶら下げ、ショートパンツはスカートに変更され、靴はレースの紐で結んだロングブーツだ。見た目も愛らしい少女だが、そんな服を着ると、ちょっと高級な人形のように見える。

「ああ、アムル。みろよ、陰険女がいるぜ」

「あら。エネルじゃない、こんなところで遊び呆けてどうしたの。アカデミーに戻る気がないのなら、とっとと退学でもなんでもしてちょうだい。例え出席してなくても、貴方みたいな陰険女が形だけでもクラスに存在してるって事実、不愉快でしかないのよね」

「やれやれ、最近の子供は実に辛辣だ」

 ライトマンは呆れて、肩をすくめた。

「って、誰よアンタ。なにエネル、アンタこんなジジィと旅行? 趣味が悪いわね」

「仕事、です」

「はあ? 仕事ってなによ、まさかアンタも魔操の原因調べにいくつもり?」

「ってことは君達も、かい」

「そうよ。アタシ達は【ノートルダム】に雇われたの、この優秀な腕を見込まれてね」

「まあけど、エネルは学校で学ばなくたって既にもう卒業試験パスしちゃってるしね。飛び級で本部に所属できるけど、本人の意向でアカデミー所属ってなってるだけだし」

 ライトマンは何気なく言いながら、相変わらず表情の変わらない助手を見下ろす。

「………大人の事情に振り回されるのは、好きではありません」

 ぽつり、エネルが言う。

 ふと見ると、アムルは何やら不機嫌極まりない様子でふるふると震え―――

「っだああああああ! 気に入らない、アンタのそーゆーとこ気に入らないのよっ」

 アムルは叫ぶと、腰に携えていた鞭を抜き取り振り上げる。バチバチと青白い光が明滅し、まるで奇妙な生物かのように蠢く。

「勝負よエネル。アンタなんか知識だけの木偶の坊、魔操の実力はアタシの方が上なんだから」

「お、おいおい君。こんな所で暴れたら船が沈んでしまうよ」

「うるさい、ジジィは黙ってなさい!」

「ジジィ、ジジィって………もー」

 ライトマンは傷ついて痛む胸を押さえ、くっと涙を堪える。

「さあ、勝負よ!」

 アムルは地面を蹴って跳躍・エネルの真上から飛びかかる―――エネルは咄嗟に身を引き、背中からチェーンソーを抜き取り身構える。

「争いは嫌い、です………が」

 表情を変えぬまま、チェーンソーのスタータを引き、エンジンを始動。

 一瞬でバーに紅い光が溢れ、溢れ返る力がエネルの髪をふわりと揺らした。

「お、おいエネル。だめだよ、しまいなさいっ」

「お仕置き、なのです」

「本当にダメだって、君が暴れたら船が沈んじゃうよっっ」

「ジジィは頭が固くていけねぇや、それとも子供に負けるのが怖いのかい」

 とクリムが立ちあがり、両手に蒼い光を握りしめる。

 彼は何も武器を持っていないので、どうやら魔操を使った肉弾戦が得意のようだ。

 魔操を扱う者の中にはアムルやエネルのように武器に力を宿して戦う者が多いが、稀に、クリムのように魔操その物を武器に戦う者もいる。というか魔操とは元々人々の生活のためにあるもので戦いの道具ではないのだが、アカデミーは独自の教育方針と称して知識や技術だけでない戦闘技術まで教え込んでいるのだ。まあこれは今に始まったことではなく、何十年も前から帝国が問題として来たことなのだが。

「なあ、本当にやめないか。他のお客さんにも迷惑だよ」

「他の客なんて知るかよ、俺は俺が楽しけりゃそれでいいんだよっ」

 クリムは跳躍し、ライトマンに飛びかかる。

 両手の魔操は彼の気持ちに同調して急激に肥大、それを彼はためらうでもなくライトマンに叩きつけようとする―――が寸でのところでそれを交わし、慌てふためきながら逃げるライトマン。

「ちょ、ちょっと本当に―――ってエネルもッ」

 しなる鞭、エネルはチェーンソーを片手に駆け出し、鞭を弾く・だが鞭は意志を持っているかのように蠢きバーに絡みついて動きを止める。してやったり、とアムルは苦笑するが、しかしエネルは表情一つ変えない。それを見てアムルはくすくすと笑い、

「なあにどうしたのエネル、やっぱり天才魔操学者さんでも知識だけじゃどうにもならないことってあるのねえ。本当、だからアンタはだめなのよ。そんなだから、嫌われるのよ。自分の才能を鼻にかけて、生意気。アンタなんかとっとと死んじゃえばいいのよ!」

 そして、力づくでエネルを引っ張る。

 だが、エネルは突然手を離し、アムルがよろめいた隙をついて駆け出し彼女の腕を蹴りあげる。

 アムルは悲鳴を上げ、思わず後ずさる。

 エネルはチェーンソーを奪うと、鞭をはぎ取り仁王立ちする。

「命令されるのは嫌い、です」

「な、なによ! アタシのママは偉いんだからね、アカデミーの幹部なのよ! 言いつけたらアンタなんかすぐに追い出されちゃうんだから!」

 さっきまでの勢いはどうしたのか、アムルは涙を溢れさせて、それでも必死に堪えながら叫んだ。

 そんな横でライトマンは、クリムの攻撃を必死によけて逃げ回っていた。

「博士。なにをしているのです」

「なにって見りゃわかるだろう、逃げてるんだよっ」

「情けない、です」

「そ、そんなこと言ったってなぁ!」

 ライトマンはトランクをぎゅっと抱え込み、甲板を逃げ回る。

 その後ろを、鶏を追いかける子供のように、クリムが楽しげに追いかけまわす。

「見ろよエネル、このジジィ逃げてばっかじゃねえか! こんなジジィと旅なんかできるもんか、やめちまいな! クケケケ、今すぐにボロボロにしてやるよ!」

 なんて楽しそうに笑うものだから、エネルは、変わらぬ表情のまま、しかし氷のように冷たい声音で一言ざっくりと言い放つのだった。

「嫌い、です」

 とうとう泣きじゃくるアムルを横に、エネルがクリムに言い放ったその言葉。

 突然、石化したようにクリムが動きを止める。そればかりか何故か彼は酷い衝撃でも受けたように目を見開いて立ちつくし、小刻みに震えだす。一体どうしたのだろう、とライトマンがきょとんとしていると、クリムは怒りを必死に堪えたように顔を引きつらせて、ゆっくりとエネルに顔を向けた。


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