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プロローグ

 そこにあるのは、幾万の屍だった。

 哀しみよりも怒りよりもただ恐怖と絶望だけがあった。

 暮れゆく空、大地を染める夕陽の紅は恐怖も絶望も全て飲み込み世界を朱に染め上げた。

 これが世界の真実なのだと。これが人の出した結論なのだと。これが人の心が掴んだ未来なのだと。眼前の光景は、言葉なく訴えていた。彼らはもう言葉を口にすることはないけれど、物言わぬ大量の亡骸は少年の心に確かにそう訴えているようだった。

 その亡骸の真中に立ち、少年に背を向ける一人の兵士。

 夕陽でその姿ははっきりせず、わずかに振り返った顔すら認識できない。けれどその背中は冷たく、今にも、この世界をも破壊してしまいそうだった。だから少年は死を覚悟した。

「少年よ―――」

 彼は何かを言った。

 けれどもう、覚えてはいない。

 忘れたのか、それとも、忘れたかったからなのか。

 その言葉はまるで不確かに、その部分だけをノイズに変えてかき消した。

 その瞬間の、その光景。

 どれだけ時が経とうとも、忘れることはない。

 街を襲う大量の兵士を、彼が一人で斬ったのだ。確かに彼らは敵だった、この街にとって彼は救いだった。けれども大量の亡骸と戦争の現実は、幼い少年の心に癒えることのない傷を刻み込んだ。痛みや苦しみという言葉は違う、その感覚すらわからなくなり気が狂いそうになるほどの絶望が彼を襲ったのだ。

「これが現実。これが戦争。これが人の歩んだ歴史の末路」

 誰の声とも知れない声が少年の耳に届く。

 それは、彼自身の心の声だったのだろうか―――少年は傍らで呼吸を止めた母にさえ恐怖を感じ、同時に激しい後悔と罪悪感に駆られ、嘔吐した。

 この現実を受け止めて理解することは、大人にだって無理だ。

 頭の中は屍のような感情に覆われ、まともな思考回路が働かない。

「これが現実。これが人の望んだ未来の、結末」

 嘔吐しながらまた少年は、誰か知れない声を聞いていた。




 二十年後―――

 空は青く澄み渡り、学園には子供達の楽しげな声が響き渡る。

 この世界に存在する【魔操】という力を扱える者達が集う巨大都市【魔操学術都市・ディオスセイバー】にある、研究所兼学園【ノートルダム】では今日も、子供達が明るく弾ける笑顔を魅せていた。誰もが自信にあふれた笑顔で、誰もが平和な今現在を信じて疑わずに声を弾ませている。

 そんな学園の片隅にある、今はもう誰も使わない教室が並ぶ静かな廊下―――少年は、ある男に手を引かれて歩いていた。

「シュヴァルツ様? どこに行くのです」

「お前も、ずっと落ちこぼれのままでいたくはないだろう」

 言われて、少年はハっと息を飲む。

 落ちこぼれ。そう言われて彼はずっと、周りの子供達に馬鹿にされてきた。彼は魔操を扱えるにも関わらず成績が悪く、実技はおろか学科すらも人並以下なのだ。

「案ずるな。お前は必ず、この世界の救世主となるのだからな」

 男は口元に冷たい微笑を浮かべ、半ば強引に少年を連れてゆく。



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