夢見の平原
気がつくと琉詩葉は、どこまでも広がる果しない平原を、一人とぼとぼと歩いていた。
「あれ……どこだっけ此処?」
目的も無く歩き続けながら、辺りを見渡す琉詩葉。
そこは不思議な場所だった。
頭上を見れば、陽も見えないのに雲ひとつ無く透き通るような蒼穹が清明と広がり、まるで目前に空が落ちて来そうな錯覚に陥る。
どうどうと吹き抜く風が琉詩葉の体を叩く。風は見渡す限り続く草原を揺らしてはその貌を深緑に、若草にと絶え間なく変えて行く。
草原のそこかしこに湛えられた巨大な水溜りは空を映して鏡のように輝き、琉詩葉には何時か何かの本で見た、外国の湖水地方のミニチュアを思わせる。
それらの淵を通るときだけは、冷たい水面を渡るためだろうか、風は氷のようになって琉詩葉の手足を打った。
だが何より琉詩葉の目を引くのは、広大な野に点々と建つ、折れた石柱や崩れた壁の一部、草間から覗く石畳といった、何か巨大な石造建築の名残りと思われる、廃墟の一群だった。
昔、都市が在ったのだろうか……広い草原全てを覆って?
もうどれくらい歩いただろう。琉詩葉は、ふと、目に映った影に違和感を感じた。
誰か、いる。
ここに来て、初めて生きて動く者を見つけたのだ。
近づくにつれ、『それ』が何なのか判った。
前方に聳える灰白色の石柱の上に腰かけて琉詩葉をまっすぐ見つめているのは、宵闇色のワンピースをなびかせた黒髪の少女だった。
「……うぅ!」
琉詩葉は思わず目をそむけた。少女の顔に、なにかとても厭な思い出があったような気がしたのだ。
「……琉詩葉ちゃん、一人でこんな所まで来るなんて、少し『血』が混ざったのかしら」
少女は石柱から軽やかに飛び降りると、滑るように琉詩葉の前に歩いてきた。
「あなたこそ……こんな所で、一人で何をしているの?」
琉詩葉は見知らぬ少女に尋ねる。
「……待っているの」
「何を?」
「嵐が来るのを、もうじき、大きな戦が始まる、たくさんたくさん血が流れて、現の世にも、紅い紅い河が流れる」
少女が嬉しそうに笑った。
琉詩葉は、うなじの産毛が逆立つのを感じた。
「……何で……笑っているの?」
「願いが叶うから……異界の間でこれだけ大きな戦があれば、『あの御方』もここにいる私達に気が付くわ」
少女が夢見るように空を仰ぎ、歌うように言った。
「その日こそ、私達が故郷に還る日、裂かれた世界が一つになって、私達の悲願が叶う時!」
少女が再び琉詩葉を見た。白くて冷たい指先が、琉詩葉の頬にそえられた。
「琉詩葉ちゃん……さっきは色々ごめんね、私、貴方には最期まで側にいてほしいの、あの人の大事な種だもの……せめてその日が来るまでは……」
つ……。少女が顔をよせて、琉詩葉に唇を重ねた。
#
「おわぁ!」
琉詩葉が汗だくで布団から跳ね起きた。憔悴した顔で周囲を見回す彼女。
琉詩葉が目覚めたのは、見馴れた冥条屋敷『猖獗の間』。彼女の寝室だった。