冬の黒蝶
「皆の者、おはよーである!」
2年C組の教室に辿りついた琉詩葉が、意気揚々と自分の机に歩いてきた。
「冥条さん、今日も遅刻ギリギリなんだから!少し気を付けたらどうなの!」
前の席に座る風紀委員の炎浄院エナが、眼鏡を光らせながら突っ慳貪に琉詩葉に言う。
琉詩葉とは正反対の几帳面な性格で、彼女の行動が何かにつけて気になるのだ。
「まま、い~ってこと、い~ってことよエナちゃん!」
琉詩葉全く意に介さず。大口で笑いながらエナの背中をバンバン叩く。
ぎりり!エナの口元から洩れる歯ぎしり。その時だ。
「やっべ~!間に合った!せ~~~ふ!」
学ランを肩に羽織らせ琉詩葉の隣に駆けこんできたのは、これまた遅刻大王の時城コータ。
聖痕十文字学園応援部の御旗を背負って立つ主将だが、学業においては琉詩葉と最下位の座を争う、学年の『双璧』だ。
「コ……コータくん、今日も遅刻ギリギリなんだから……少し気を付けてよね……!」
エナが、ツインテールを揺らしながらおずおずとコータに言う。
「まま、い~ってこと、い~ってことよエナ!」
コータ全く意に介さず。大口で笑いながらエナの背中をバンバン叩く。
「ちょっとも~、痛い……!」
エナが顔を赤らめながらコータを振り払った。
「わるいわるい、そんな事よりさエナ!4限目の数学、宿題写させてくれ!!」
エナに手を合わせながら頭を下げるコータ。
「しょ、しょうがないわね……今日だけなんだからね!」
エナが目を伏せながらスクールバッグからノートを取り出した。だがその時。
ばっ!
琉詩葉が、エナからノートをひったくった。
「やった~ラッキョ~!ありがとうエナちゃん!」
「こら!琉詩葉!俺が先だ!」
「い~ってこと、い~ってことよコーちゃん!」
ノートを取り合いながら揉み合う琉詩葉とコータ。
エナの眼鏡がギラリと光った。
ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり!
二人を見る彼女の口元から絶え間なく歯ぎしりが洩れはじめたが、それに気がつく二人ではなかった。
「いーかげんにしなさい!」
ごち!二人の頭に降ってきた拳骨。
「あたた~、おわ!まいちゃん!」
琉詩葉が驚く。
ノートの取り合いに夢中で、昏樹魔衣が教室に入って来たのに気付かなかったのだ。担任の音楽教師だ。
「『まいちゃん』じゃない! 昏 樹 先 生 で し ょ !」
まいが琉詩葉の耳をつまみあげる。
「のー!のー!体罰反対~!」
涙目の琉詩葉。電磁郎には一歩も退かない彼女も、なぜかこの若い音楽教師には頭が上がらないのだ。
「これ、炎浄院のノートじゃないの?三人ともどういうことなの?後で職員室にきなさい!」
エナのノートを取り上げて教卓に戻っていく魔衣。
「わちゃ~ついてね~」
頭を抱えるコータ。
「しょぼ~ん……」
ゲンコされた頭をなでながら席に着いた琉詩葉は、前の席から彼女を刺す殺気に気付いた。
「る~し~は~!」
ノートを没収されたエナが、ものすごい眼で琉詩葉を睨んでいるのだ。
「どひ~!ごめんなさいエナちゃん!」
琉詩葉は冷や汗をたらしながら、必死でエナから目をそらした。
「まったく、お前のせいだぞ琉詩葉!」
隣のコータが恨みがましく琉詩葉に言う。
「しょーがないじゃん、あたしだってやってないし宿題!」
琉詩葉が胸をはる。
「それよりさ琉詩葉、今日は『あいつ』が来てるらしいぜ!」
「あいつって?」
「裂花だよ、夕霞裂花!図書室で自習なんだってさ、あーたまらん!早く来い昼休み!」
興奮で息を弾ませるコータ。
「まったく応援団のくせに、超チャラいでやんの」
あきれ顔の琉詩葉。
だがコータのみならず、今日はクラスの男子の大半がなんだか色めき立っていた。
同じクラスの夕霞裂花。
廊下をすれ違ったアホ男子どもが、全員目を見張って振り返るくらい、ちょっと凄味すら感じさせる美少女だ。
ただ、体が弱いとかで、めったに学校に来なし、来ても図書室か保健室で終日『自習』。
そんな彼女が今日は登校しているというのだ。
琉詩葉は窓から図書室の方に目をやった。
図書室の窓が開け放されて、カーテンがぱたぱた風にたなびいている。
「アケッパか……寒くないのかね~?」
はじまった授業は全く耳に入らず、琉詩葉はぼんやりそんなことを考えていた。
「ん~?」
琉詩葉は目を凝らした。図書室の窓から、ひとひら、ひとひら、何かが飛んでいく。
寒空を吹き巻く風に耐えるように窓の周囲を踊っているのは、黒い翅をちらちら瞬かせた季節にそぐわぬ冬の蝶だった。