冥府門の立ち合い
どろどろどろどろ……
天から響くドラムの異音。
「きたきたきたきた!」
校庭に立つ琉詩葉の目が輝いた。
名門、冥条家に代々伝わる秘術体系の中でも、冥獣召喚は彼女の随一の得意技だ。いや、『唯一の』だが。
「きしゃ~~~~!」
暗雲を裂いて琉詩葉めがけて『何か』が降ってきた。
ぽとっ。
「げげっ!」
足元に落ちてきた『それ』を見た琉詩葉は、まじでがっくりきた。
そこにいたのは筆入れほどしかない、ちいさな金色の『つちのこ』。
「ぴきゅぴきゅぴきゅ~」
つちのこが、哀れっぽい声をあげて琉詩葉の足を上ってきた。
「だははは!何が『エアリアルサーバント!』だっ!」
琉詩葉を指差して大笑いの電磁郎。
「うー、うるさい、こういう時もあるの!」
琉詩葉が叫ぶ。とはいえ、つちのこはこれまで召喚した中でも一番まともな部類なのだ。
「今度は、こっちからいくぞ!」
電磁郎が笑いを堪えながら、鞭を大きく撓らせた。
「どわ~~~!」
足に巻き付いた鞭に引っ張られて宙に舞う琉詩葉。
ごちっ!
受身を取りそこねた琉詩葉が、頭から地面に墜落した。
しまった!
電磁郎が一瞬蒼ざめる。つちのこで腹がよじれて加減が利かなかった。
死んでもおかしくない衝撃だ。運が良くても脳震盪は避けられまい。
だが……
「いたたた~、もー電ちゃん、いー加減にしてよ!」
琉詩葉がすっくと立って電磁郎に言う。
「『冥条琉詩葉』……忘れておったわ、お前の成績がオールタイム学年最下位だったことを!」
少しほっとした様子の電磁郎の大声が校庭中に響いた。
ヘリウムよりも軽い琉詩葉の頭は、常人ならば只では済まない衝撃も容易に吸収して拡散させるのだ。
「ちょっ!そんな事大声で言わないで~~!!!」
顔を真っ赤にして電磁郎を睨むアホな子琉詩葉。
「問答無用!」
電磁郎が次の一撃を放った。
「くらえ冥条、裁きの疾風!」
バチン!鞭から二たび放たれるショックウェーブ。だがしかし……
どういうことだ、先程とは打って変わって琉詩葉は平然。
「なんだと?」
訝る電磁郎。疾風は彼女に達さず。
おお見ろ、いつの間にか鞭の先端を巻き取っていたのは琉詩葉の握ったアメジストの錫杖だ。
「へへ……残念、同じ技は効かないから!」
ニヤリと笑う琉詩葉。
「いくわよ電ちゃん!冥条流蠱術『ダーク・レギオン』!」
琉詩葉が叫ぶ。
ぶわぁぁぁぁああ!
錫杖から、濛々と何かが溢れた。
どういうことだ、黒い煙の様なものに覆われ、見る見るうちに、ボロボロに朽ちて行く電磁郎の鞭。
あ、良く見れば、煙は『生きていた』。
なんということ、錫杖から溢れ出たのは黒々とした羽虫の大軍団。
無数に集った虫どもが、鋭い顎で鞭を齧りとっていたのだ。
「なんだと!」
驚愕の電磁郎がボロボロの鞭を撓らせ羽虫を追い散らさんとする。
だが鞭は脆くも地面に崩れ落ちた。そして羽虫の食欲は鞭で収まらない。
わぁぁぁぁぁん!
恐るべき人喰い昆虫軍団が一斉に舞いあがると、今度は電磁郎の体に集りだした。
「うおおおお!」
全身を掻き毟り苦悶に吼える教師。
「やばっ!戻れ、戻れ~~!」
慌てて琉詩葉が錫杖を振る。だが術は及ばず。虫どもは戻ってこない。
「そんな~!電ちゃん死なないで~!」
なんてダメな子だ。
琉詩葉が泣きながら電磁郎に謝った。
だがその時だ。
ぴかっ!
電磁郎を覆った羽虫の雲霞から光が漏れた。
どういうことか、光に撃たれた虫どもが電磁郎から千々に散る。
見ろ、とび散った虫柱から姿を現した電磁郎は全くの無傷。
「くく……愚かなりヘリウムヘッド!」
電磁郎が不敵に笑いながら琉詩葉をディスった。
「俺が『裁きの教鞭』を用いるは、むしろ生徒を気遣ってのこと……だが!!」
これはいかなることか。教師の全身が金色に輝き、両手から飛び散るバチバチのスパーク。
ごろごろ……ぴしゃり!
空を覆う暗雲から放たれた稲妻が電磁郎を撃つ。
だがなんたることか。電磁郎が落ちてきた稲妻を……己が手にむんずと掴んだ。
「うそ!」
後ずさる琉詩葉。
「もう手加減はせぬ冥条琉詩葉!俺から鞭を取ったこと、後悔しながら保健室に行けぃ!」
ばりばりばりばり!
見ろ、電磁郎の手の中で、輝く妖刀へと姿を変えていく金色の稲妻!
「みたか!轟龍寺流雷光剣、受け切れるか?冥条!」
恐るべきは電磁郎の特異体質よ。
ある種のウナギは、筋肉細胞を発電器官に変化させ、電撃を捕食の武器に用いるが、
電磁郎は人の身でそれを行うのだ。両腕の発電器官から放たれる電圧が電気ウナギの数百倍に達し、羽虫どもを焼いたのだ。
彼の稲妻を自在に御する能力も、おそらくはこれを進化、発展させたものと類推できる。
「どひ~!ありえね~!」
電磁郎の気魄に押される琉詩葉。
ずさり、教師が間合いを詰めてきた。だが……
「二人とも、そこまで!」
背後から二人を制す錆声。
「待ったは聞かぬ!何や……つ……」
振り向いた電磁郎が、声を飲んだ。
「お祖父ちゃん!」
琉詩葉が声を弾ませた。
いつの間にか二人の側に立っていたのは、朽ち葉色の着流しに銀色の総髪をなびかせた眼光鋭い一人の老人。
聖痕十文字学園の理事長にして、冥条コンツェルン総帥、冥条獄閻斎その人だった。
「こ……これは獄閻斎様、お越しになられていたとは!」
電磁郎が雷光剣を収め、震えながら老人にかしずいた。
「電磁郎、わしの孫に手を焼いとるようじゃの」
老人が淡々とした口調で電磁郎に言った。
だが教師を見据える眼はまるで猛禽のそれだ。
「いや、これはその、お孫さまが、何といいますか少々……」
電磁郎の目が恐怖に宙を泳いだ。
「よいよい、電磁郎、わしはお前を買っておるのよ、質実剛健を校是とする我が聖痕十文字学園、お前のような教師あってこそ校紀も正されるというものじゃ」
獄閻斎は淡々と変わらず、優しげとも取れる声で続けた。
「だがな電磁郎、今後も学園で教鞭をとる気があるなら、これだけは肝に銘じよ……」
ぴたり。獄閻斎の歩が電磁郎の前で止まった。彼を睨む老人の眼がギラリと光った。
「 わ し の 孫 は 別 じ ゃ ~~~~~!!」
校庭に轟く獄閻斎の大喝一声。
「は、はは~~~~!!」
惨め、電磁郎は地べたに土下座した。
「電ちゃん、別だから~~!」
ずに乗る琉詩葉。だが、それを見る獄閻斎、ふにゃあ~と破顔一笑。
「よしよし琉詩葉、授業に遅れるぞ、勉強頑張れよ、ほれ、今日のお小遣いじゃ!」
懐の長財布から一万円札を琉詩葉に手渡す獄閻斎。
「ありがとー♪お祖父ちゃん!またにょ~ん(^o^)ノ~~~」
「おうおう琉詩葉、またにょ~ん(^o^)ノ~~~」
老人に見送られ、琉詩葉が笑顔で校舎に走っていく。
「ぐぬぬぬぬぬう……!」
頭上に展開される見苦しい馴れ合いに、電磁郎はひれ伏したまま無念の呻きを上げた。
あれほどの暗愚の娘が甘やかされ放題のまま、いずれは超財閥、冥条コンツェルン総帥の名を継ぐのだ。
そのような世に至らば、民の人心これ如何程に乱れようか。
彼は学園封建制度の理不尽を、身を以ってあじわっていた。
「絶対に許さんぞ冥条琉詩葉……天下万民の為、必ずや貴様を矯正してみせる!」
電磁郎は顔を伏したまま、憤怒の形相でリベンジを誓っていた。
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「あらあら轟龍寺先生、勝負なしとは情けないわね」
図書室の窓から事の顛末を見ていた少女があきれ顔で言った。
漆黒のセーラー服を身に纏い、豊かな黒髪をなびかせた美貌の少女だ。
「轟龍寺……学園の教師では一番腕の立つ男だが、奴も所詮、理事長の犬か……」
書架の陰に立つ少年が金色に燃える左眼を見開いて、吐き捨てるように言った。
「だが琉詩葉の蠱術……まだ未熟だが、さすがは大冥条家の跡取りよ……」
少年が、己が左眼を隠すように眼帯で覆いながら、誰ともなしに呟く。
「来るべき『大戦』に向けて、奴の『能力』、叩き直す必要がある……ひとつこちらから仕掛けてみるか……」
彼は顔を上げ少女の方を向いて言う。
「裂花、動いてもいいぞ!」
だがこれはいかなることか。少年が顔を向けたその先に、裂花と呼ばれた少女の姿は既にない。
開け放された窓から吹き込む寒風に、カーテンがさわさわと揺れているばかりである。
びょおお。吹き込む風が図書室を渡って少年のアホ毛を揺らす。
「ふふふ……」
図書室に鈴の音の様な笑いがこだます。
「うれしい、せつな君、久々に気晴らしできる……私の『子供』たちが、お腹を減らして、むずかっていたの」
どことも知れぬ書架の闇の奥から、少女の声が響いてきた。
「裂花、やりすぎるなよ!『吸血花』の異名をとるお前の『能力』、正気で耐えられる者など、そうはいないのだぞ!」
眼帯の少年は闇に向かってそう冷然と言い放つと、唇の片端を歪めて幽かに笑った。